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4.日記
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目の前にある日記を、俺はしばらく開けずにいた。
触れたら戻れない気がしたからだ。美咲先輩が残した「最後の声」がそこにある。ページをめくれば、きっと俺は知らなかった彼女の痛みに直面することになる。
でも――。
「読んで」
彩花の一言が、背中を押した。
俺は深呼吸をして、ゆっくりと日記を開く。
⸻
『四月十日。神宮寺崇に告白された。嫌だ。怖い。』
最初の数行だけで、心臓が冷える。
神宮寺崇――名前を見ただけで吐き気がした。地元で権力を振るう議員の息子。中学時代からスクールカーストの頂点に立ち、教師すら顔色を伺う存在。
⸻
『断った。けど、翌日から教室の空気が変わった。机の中にゴミ、ロッカーには落書き。私の知らない写真が流されて、みんなが私を見て笑ってた。』
『私は汚い女だって。遊んでるって。そんなの全部嘘なのに。』
⸻
「……っ」
ページをめくる手が震える。
そこに綴られていたのは、笑顔の裏で必死に隠されていた傷跡だった。
⸻
『誰も信じてくれなかった。先生も、友達も。みんな神宮寺の味方。
夜、ロープを首に巻いた。意識が遠のく。これで楽になれるって思った。』
次のページには震えた文字が残っていた。
『目が覚めたら病院。家族や先生が泣いてた。先生は「絶対に解決する。もう二度とこんなことするな」って言ってくれた。』
⸻
思わずページから目を離す。
胸が締めつけられるように苦しい。
でも、ここで止まるわけにはいかない。美咲先輩が残した言葉を、最後まで見届けなければ。
⸻
『でも、神宮寺は消えなかった。父親が議員だから、誰も逆らえない。先生は必死だった。だけど「不適切な指導があった」と責められて……結局、辞職させられた。』
『私が全部悪いんだ。先生を巻き込んでしまった。』
⸻
そこまで読んだ時、彩花がポツリと呟いた。
「先生……あの人、すごく優しかったの。姉を守るために全部背負って、それでも最後まで謝って……」
彩花の声が震える。彼女もまた、当時の記憶を抱えているのだろう。
⸻
『転校することになった。新しい学校では、少しだけ前を向けた。
でも、あのときのことは忘れられない。笑顔を作っても、心の奥にはずっと消えない傷がある。』
⸻
ノートの後半、日付は一年以上飛んでいた。
美咲先輩が亡くなる、ほんの二週間前の記録だ。
⸻
『神宮寺に会った。駅前で偶然。声をかけられた。笑ってた。あの頃と何も変わってない顔で。』
『逃げようとしたけど、腕を掴まれて……「やっぱりお前は俺のものだ」って。吐き気がした。』
⸻
『それだけじゃない。あの先生のことを知った。転職先が見つからず、やっと入った会社で毎日働かされて……過労で亡くなったって。』
『全部、私のせいだ。私が相談したから。私が助けを求めたから。先生は死んだ。』
『どうして私は生きてるんだろう。』
⸻
そこで、文章は途切れていた。
最後のページには、強く握ったペンの跡だけが残っていた。
俺は日記を閉じ、頭を抱えた。
喉の奥が焼けるように痛い。涙がこぼれそうになる。
「……先輩は、自分のせいだなんて思う必要なかったのに」
絞り出すように呟くと、彩花は首を振った。
「ううん。お姉ちゃんは、いつも人のことばっかり考えてた。だから……最後まで、自分を責めたの」
沈黙が落ちた。
だけど、心の奥で確かに芽生えたものがある。怒り。悔しさ。やり場のない感情が胸を焼いていた。
神宮寺崇――。
お前が、先輩を殺したんだ。
触れたら戻れない気がしたからだ。美咲先輩が残した「最後の声」がそこにある。ページをめくれば、きっと俺は知らなかった彼女の痛みに直面することになる。
でも――。
「読んで」
彩花の一言が、背中を押した。
俺は深呼吸をして、ゆっくりと日記を開く。
⸻
『四月十日。神宮寺崇に告白された。嫌だ。怖い。』
最初の数行だけで、心臓が冷える。
神宮寺崇――名前を見ただけで吐き気がした。地元で権力を振るう議員の息子。中学時代からスクールカーストの頂点に立ち、教師すら顔色を伺う存在。
⸻
『断った。けど、翌日から教室の空気が変わった。机の中にゴミ、ロッカーには落書き。私の知らない写真が流されて、みんなが私を見て笑ってた。』
『私は汚い女だって。遊んでるって。そんなの全部嘘なのに。』
⸻
「……っ」
ページをめくる手が震える。
そこに綴られていたのは、笑顔の裏で必死に隠されていた傷跡だった。
⸻
『誰も信じてくれなかった。先生も、友達も。みんな神宮寺の味方。
夜、ロープを首に巻いた。意識が遠のく。これで楽になれるって思った。』
次のページには震えた文字が残っていた。
『目が覚めたら病院。家族や先生が泣いてた。先生は「絶対に解決する。もう二度とこんなことするな」って言ってくれた。』
⸻
思わずページから目を離す。
胸が締めつけられるように苦しい。
でも、ここで止まるわけにはいかない。美咲先輩が残した言葉を、最後まで見届けなければ。
⸻
『でも、神宮寺は消えなかった。父親が議員だから、誰も逆らえない。先生は必死だった。だけど「不適切な指導があった」と責められて……結局、辞職させられた。』
『私が全部悪いんだ。先生を巻き込んでしまった。』
⸻
そこまで読んだ時、彩花がポツリと呟いた。
「先生……あの人、すごく優しかったの。姉を守るために全部背負って、それでも最後まで謝って……」
彩花の声が震える。彼女もまた、当時の記憶を抱えているのだろう。
⸻
『転校することになった。新しい学校では、少しだけ前を向けた。
でも、あのときのことは忘れられない。笑顔を作っても、心の奥にはずっと消えない傷がある。』
⸻
ノートの後半、日付は一年以上飛んでいた。
美咲先輩が亡くなる、ほんの二週間前の記録だ。
⸻
『神宮寺に会った。駅前で偶然。声をかけられた。笑ってた。あの頃と何も変わってない顔で。』
『逃げようとしたけど、腕を掴まれて……「やっぱりお前は俺のものだ」って。吐き気がした。』
⸻
『それだけじゃない。あの先生のことを知った。転職先が見つからず、やっと入った会社で毎日働かされて……過労で亡くなったって。』
『全部、私のせいだ。私が相談したから。私が助けを求めたから。先生は死んだ。』
『どうして私は生きてるんだろう。』
⸻
そこで、文章は途切れていた。
最後のページには、強く握ったペンの跡だけが残っていた。
俺は日記を閉じ、頭を抱えた。
喉の奥が焼けるように痛い。涙がこぼれそうになる。
「……先輩は、自分のせいだなんて思う必要なかったのに」
絞り出すように呟くと、彩花は首を振った。
「ううん。お姉ちゃんは、いつも人のことばっかり考えてた。だから……最後まで、自分を責めたの」
沈黙が落ちた。
だけど、心の奥で確かに芽生えたものがある。怒り。悔しさ。やり場のない感情が胸を焼いていた。
神宮寺崇――。
お前が、先輩を殺したんだ。
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