5 / 5
5.対決
しおりを挟む
日記を閉じた後も、頭の中で言葉がぐるぐると回っていた。
神宮寺崇。美咲先輩を追い詰め、笑顔の裏に傷を刻み、そして――最後には彼女を死に追いやった男。
「……許せない」
気がつくと、俺は声に出していた。
隣で同じように日記を睨んでいた彩花が、静かに頷く。
「私も。姉を殺したのは、神宮寺崇。絶対に……絶対に裁かなきゃ」
彼女の瞳は赤く充血していたが、その奥に燃える光は揺るがなかった。
⸻
翌日。俺と彩花は市内の警察署に向かった。
受け付けで事情を説明し、日記のコピーを差し出す。だが、神宮寺という名前を出した途端奥から警察官がやってきて奥の部屋へと通される。警察官の態度は冷ややかだった。結衣が差し出した分厚いファイルを、警察官は無造作に机の端へ置いた。
「お気持ちは分かりますが……証拠としては弱いですね」
抑揚のない声。目線はパソコン画面からほとんど動かない。
彩花の手が小刻みに震えている。
「でも、これは姉が――美咲が残した日記なんです! そこに全部……神宮寺崇にされたことが……!」
「ええ、読ませてもらいました。ただ、これはご本人の主観的な記録に過ぎません。加えて……」
言葉を濁す警察官の顔は、はっきりと「これ以上深入りはしたくない」と告げていた。
悠真は奥歯を噛みしめた。喉の奥から熱いものがこみ上げてくる。
「じゃあ、何を出せば動いてくれるんですか? 命を絶ってまで残した声すら届かないなら……もう、誰も救われないじゃないか!」
思わず机を叩くと、警察官は迷惑そうに眉をひそめた。
「お引き取りください。これ以上は……」
警察署を出た瞬間、冷たい夜風が二人を包んだ。
街の灯りが滲んで見えるのは、結衣が泣いているからか、それとも自分の目が潤んでいるからか。
「……やっぱり、無駄なんだね」
彩花がつぶやく。かすれた声は、まるで折れた小枝のように弱々しかった。
「学校も警察も、誰もお姉ちゃんを守ってくれなかった。今だって、誰も動かない。結局……」
彼女は声を震わせ、両手で顔を覆った。
「結局、お姉ちゃんは一人で……死んでいったんだ」
悠真は何も言えなかった。自分もまた、美咲を救えなかった一人だからだ。彼女の笑顔を、悩みを、もっと知ろうとしなかった。その罪悪感が胸を締め付ける。
気づけば拳に血がにじむほど爪を立てていた。
「彩花……」
声をかけても、彼女は首を振るばかりだった。
そのとき、不意に彩花が顔を上げた。涙で濡れた目が、夜の街灯に照らされて鋭く光る。
「ねぇ悠真。もし……もし正しいやり方で戦えないなら、別の方法を選んでもいいんじゃない?」
その声は震えていたが、奥底には確かな決意が宿っていた。
悠真の胸に、稲妻のような衝撃が走った。
正義は潰された。大人は沈黙した。なら、自分たちだけで――。
「……ネットだ」
絞り出すように言った言葉に、結衣が目を見開く。
「ネット?」
「ああ。学校も警察も黙らせる力を持ってるのは、結局あいつらの家の権力だ。でも、ネットにはそれは効かない。……美咲の声を、全国に響かせるんだ」
彩花はしばらく黙っていたが、やがて強く頷いた。
「……やろう。お姉ちゃんがどれだけ苦しんでたのか、全部暴こう。神宮寺崇も、あの父親も……絶対に逃がさない」
二人の視線が交わる。
その瞬間、胸の奥に燻っていた悔しさや怒りが、鋭い炎となって燃え上がった。
守れなかった過去は、もう変えられない。
だが――未来を変えることはできる。
「行こう、彩花。俺たちで……美咲先輩の無念を晴らすんだ」
夜空に浮かぶ月が、静かに二人を見下ろしていた。
神宮寺崇。美咲先輩を追い詰め、笑顔の裏に傷を刻み、そして――最後には彼女を死に追いやった男。
「……許せない」
気がつくと、俺は声に出していた。
隣で同じように日記を睨んでいた彩花が、静かに頷く。
「私も。姉を殺したのは、神宮寺崇。絶対に……絶対に裁かなきゃ」
彼女の瞳は赤く充血していたが、その奥に燃える光は揺るがなかった。
⸻
翌日。俺と彩花は市内の警察署に向かった。
受け付けで事情を説明し、日記のコピーを差し出す。だが、神宮寺という名前を出した途端奥から警察官がやってきて奥の部屋へと通される。警察官の態度は冷ややかだった。結衣が差し出した分厚いファイルを、警察官は無造作に机の端へ置いた。
「お気持ちは分かりますが……証拠としては弱いですね」
抑揚のない声。目線はパソコン画面からほとんど動かない。
彩花の手が小刻みに震えている。
「でも、これは姉が――美咲が残した日記なんです! そこに全部……神宮寺崇にされたことが……!」
「ええ、読ませてもらいました。ただ、これはご本人の主観的な記録に過ぎません。加えて……」
言葉を濁す警察官の顔は、はっきりと「これ以上深入りはしたくない」と告げていた。
悠真は奥歯を噛みしめた。喉の奥から熱いものがこみ上げてくる。
「じゃあ、何を出せば動いてくれるんですか? 命を絶ってまで残した声すら届かないなら……もう、誰も救われないじゃないか!」
思わず机を叩くと、警察官は迷惑そうに眉をひそめた。
「お引き取りください。これ以上は……」
警察署を出た瞬間、冷たい夜風が二人を包んだ。
街の灯りが滲んで見えるのは、結衣が泣いているからか、それとも自分の目が潤んでいるからか。
「……やっぱり、無駄なんだね」
彩花がつぶやく。かすれた声は、まるで折れた小枝のように弱々しかった。
「学校も警察も、誰もお姉ちゃんを守ってくれなかった。今だって、誰も動かない。結局……」
彼女は声を震わせ、両手で顔を覆った。
「結局、お姉ちゃんは一人で……死んでいったんだ」
悠真は何も言えなかった。自分もまた、美咲を救えなかった一人だからだ。彼女の笑顔を、悩みを、もっと知ろうとしなかった。その罪悪感が胸を締め付ける。
気づけば拳に血がにじむほど爪を立てていた。
「彩花……」
声をかけても、彼女は首を振るばかりだった。
そのとき、不意に彩花が顔を上げた。涙で濡れた目が、夜の街灯に照らされて鋭く光る。
「ねぇ悠真。もし……もし正しいやり方で戦えないなら、別の方法を選んでもいいんじゃない?」
その声は震えていたが、奥底には確かな決意が宿っていた。
悠真の胸に、稲妻のような衝撃が走った。
正義は潰された。大人は沈黙した。なら、自分たちだけで――。
「……ネットだ」
絞り出すように言った言葉に、結衣が目を見開く。
「ネット?」
「ああ。学校も警察も黙らせる力を持ってるのは、結局あいつらの家の権力だ。でも、ネットにはそれは効かない。……美咲の声を、全国に響かせるんだ」
彩花はしばらく黙っていたが、やがて強く頷いた。
「……やろう。お姉ちゃんがどれだけ苦しんでたのか、全部暴こう。神宮寺崇も、あの父親も……絶対に逃がさない」
二人の視線が交わる。
その瞬間、胸の奥に燻っていた悔しさや怒りが、鋭い炎となって燃え上がった。
守れなかった過去は、もう変えられない。
だが――未来を変えることはできる。
「行こう、彩花。俺たちで……美咲先輩の無念を晴らすんだ」
夜空に浮かぶ月が、静かに二人を見下ろしていた。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる