私の感情が行方不明になったのは、母を亡くした悲しみと別け隔てない婚約者の優しさからだと思っていましたが、ある人の殺意が強かったようです

珠宮さくら

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アデライードの食欲が戻り始めた時だった。それも、王妃がたくさん用意してくれたものでなく、ジェルメーヌが用意したものしか食べなかったのは、それ以外を美味しいと思わなかったからだ。

その辺はバスティアンが味見をして美味しいと思うものをアデライードに食べてもらうことで乳母とメイドは妥協した。同じスプーンから食べさせるのだけは、阻止したかったようだ。

だが、バスティアンは王太子となったこともあり、毎日決まった時間にはアデライードのところには来れなかったが、それでも毎日足繁く通っていた。

その日は、廊下が騒がしいと思っていたら、バスティアンではなく別の人物が現れてアデライードは、顔にでなくともびっくりはした。


「アデライード!」
「……」
「お前が、静養が必要だと仮病を使うから、こんなことになったんだぞ! どうしてくれるんだ!!」


リシャールがアデライードがどこにいるかを見つけたらしく、突撃して来て怒鳴り散らされることになった。

久しぶりに会ったリシャールは、何と言うか。以前にも増して凄くなっていた。色々と変な方向に凄くなっていて、それにはびっくりしなかった。彼らしいと思うだけだった。

乳母やメイド、護衛までもすっ飛んで来てリシャールを部屋から追い出そうとしたが、それは無理だった。それこそ、用を済ませるまではどこにも行かないとばかりに踏ん張っていた。


「父上に王太子は、私の方が相応しいと言え!」
「……嫌よ」
「何だと!」
「そんな嘘つけない」
「っ!?」


リシャールは、アデライードの言葉が気に入らなかったらしく、手を振り上げた。殴られると思っていても、アデライードはベッドから動けなかった。

ただ、真っすぐに第1王子を見つめていて、布団を握りしめていた。そんな嘘をつくくらいなら、殴られた方がマシだと思ってのことだ。

弟より、こんなのが相応しいなんて認めるくらいなら、舌を噛んだ方がマシだと思うほどだった。それは、かつてのアデライードなら、はっきりと言葉にしていたことだったが、言葉にできない代わりに睨んでいた。

これまでは、それすら朦朧とした思考でできなかったが、この時はできた。


「何してるんだ」
「っ、」
「姉上に何しようとしてるんだ!」


バスティアンが、リシャールの振り上げた手を掴まえていた。そして、怒鳴りつけているのを初めて見た。


「姉上。大丈夫ですか?」
「えぇ」


アデライードが怪我をしていないとわかるとホッとした顔をした。その顔も、見たことなかった。


「部屋に戻しておけ」
「なっ」
「部屋から絶対に出すな」


リシャールは、喚き散らしていたが、王太子の護衛がガッチリと捕まえているため、暴れることもできずにアデライードの視界から消えた。


「すぐに医者を呼べ」
「王太子殿下。怪我をなさったのですか?」
「私じゃない」
「っ、すぐに呼びます」
「姉上」


アデライードは、怖かったようだ。震え上がるアデライードにいち早く気づいたバスティアンが、姉の手を握りしめた。

必死にアデライードのことを呼び続けていたのに返事ができないまま、また眠りに落ちた。

最近は、眠っていても怖い夢は見なくなった。前は、変な夢ばかりだったが、懐かしい夢も増えた。

なのに弟が必死に呼ぶ声が切なくて、アデライードは大丈夫だと言ってやりたかったのに眠気に負けてしまった。


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