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しおりを挟むルーニア国のメテリア伯爵家には、2人の娘がいた。1人は前妻との間に生まれた娘で、もう1人は後妻の連れ子で、数年前から義理の娘となった。
だが、ある程度大きくなってからの連れ子ということもあり、メテリア伯爵の浮気の末にできた娘ではないことも知れ渡っていた。そもそも、メテリア伯爵は亡くなった妻一筋の人だったが、再婚することに誰もが驚いたが、あることを知っていて貴族の多くは亡くなった妻が心配しないようにしたかったと思う者も多かった。
だからといって、義理の娘。メテリア伯爵家の跡継ぎにする気はなかった。メテリア伯爵家の跡を継ぐのは、前妻の娘の方だということを変えるそとはなかった。それを知らない者の方が少なかった。
この家の事情を知っていれば後妻の連れ子に後を継がせようとは思っていないことはわかりきったことだったが、それが理解できない者もそれなりにいたようだ。
メテリア伯爵が再婚してから、数年が経っていた。この日、後妻はどこかに出かけていて、戻って来るなり騒がしかった。いてもそうだが、外に出てもメテリア伯爵夫人として動くなとメテリア伯爵に言われているのも何のその。後妻となった女性は、招待状が来ているのだからと出かけて行ってしまうのだから困ってしまう。
それは、この家を正式に女主人として引き継ぐ娘を招待しているものだというのに。その女性にはその辺のことがわからないのだ。それこそ、平民出身ならまだわかるが、彼女は元々貴族なのだ。それで、通じないのだから困ってしまうでは済まされない。
そのせいで、そういった招待状があまり届かなくなっていたが、時折やって来ていた。それに今日はどうやら行っていたようだ。
その意味をこの女性も、その娘もまるでわかってはいない。それこそ、わざと呼ばれているのだ。馬鹿にするつもりか。何か広めてほしいことを話して、歩く宣伝カーというか。スピーカーのように使われることもよくあった。
今回は何に使われたのかが気にならないわけではないが、どうせろくてないことだろうと思ったのは彼女の実の娘以外の人たちだ。
「セザリナ! あなたの婚約の話がきているわよ!」
「っ、本当?!」
「えぇ、ラカトゥシュ侯爵家のご子息だそうよ」
「やったわ!」
継母が実の娘にそんな話をして、ドタバタと盛り上がってはしゃいでいた。年頃の貴族令嬢がすることではない。
それを耳にしたのは、メテリア伯爵家の前妻との間に生まれた娘のサヴァスティンカ・メテリアだ。彼女は、そんな義母のアレクサンドリーナと義妹のセザリナに今日も煩いなと思う程度で大した反応もしなかった。まぁ、若干婚約と聞こえて眉を顰めたが、すぐに元に戻した。
あとは、そんなことを言われるのに呼ばれたのかと思う程度でしかなかった。セザリナに婚約者ができようとも、サヴァスティンカにはどうでもよかった。煩くしなければ、それでよかったが、そんな風に大人しくしていてくれることなど、ほとんどなかった。
「あら、サヴァスティンカ。こんなところで、本を読んでいるの? いつもなら、自室で本を読んでいるのに。珍しいわね」
「……」
サヴァスティンカは、嫌味ったらしく話す義母を冷めた目で見る気にもなれず、本を読み続けていた。
使用人たちは、そんなやり取りを静かに見守っていた。前はよくサヴァスティンカのことを助けようとしていたが、それをすると更に喧しくなるのだ。そのため、サヴァスティンカがどうにかするということになっているが、一々相手にしていられない。埒が明かないのだ。話が通じたことすらない。
「聞いていたのでしょ? 義姉さんより、先に婚約したわ」
「……」
「何かないの?」
「……」
そのため、サヴァスティンカは面倒くさいと無視することにしていた。それでもしつこくされると2人をようやく見た。
義母が義母なら、義妹も義妹だ。ふんぞり返っている姿を見ても大した反応はなかった。あるとしたら、今日もへんてこな格好で外に出ていたのと家の中にいるだけなのに派手な格好をしていると思うくらいだった。来客もないのに張り切りすぎだ。突然の来客があっても、かなりおかしい。
それを何度か言ったメテリア伯爵家の面々は伝えたが、この親子には理解できないようだ。大して難しいことではないはずなのだが、この2人には変なこだわりが強くて、とにかく疲れる。疲れない日などない。
「ふん。相変わらず、可愛げがないわね」
「こんなのを相手にするより、お母様。婚約したのなら、ドレスを新調しなきゃ」
「そうね。明日にでも、商人を呼びましょう」
それが耳に入って、買い物のし過ぎだと最近怒られた事も忘れているように思えて、サヴァスティンカは頭を抱えたくなった。サヴァスティンカの何倍も浪費しているのだ。特に公式の場には出なくていいと言われているのに金のかかるものを買ってばかりいる。
流石に請求書を見て、父が物凄く怒ったというのにこの親子はそれを忘れたというのか。あれだけ買っているのにそれを着ずに新しいのを買おうとしている。それにも理解できるものなどいなかった。
もっとも、まともな物がないから買おうとしているのなら、まだわからなくはない。この感じではそんなことを考えてはいないだろう。サヴァスティンカにとっては、止めるべきところなのだろうが、それすら面倒くさい。
執事とメイド長が、本気で呼びつけるように言ったら、丁寧に説明するだろう。あまりにしつこければ、父は部屋に閉じ込めてもいいと言っていたから、そうするだろう。
その話も聞いていたはずだが、この分だと覚えてはいない気がする。どうやって、あれだけ言われたことを忘れられるのか。何を言われてもへこたれない変なポジティブさは見習いたくないが、変でないポジティブさは見習いたい。サヴァスティンカにはできそうもないが。
そんな風にサヴァスティンカや他の者も思い始めた頃、そんなことをそこにいる者たちが各々思っていることなど気付きもせずに親子は大盛り上がりをしていた。そこにメテリア伯爵家の当主であり、サヴァスティンカの父がやって来た。
その後ろに執事も控えていた。入ってくるなり、メイド長とアイコンタクトを取っていた。それだけで通じ合える2人をサヴァスティンカは尊敬していた。義母と義妹は、煩わしくて頭が硬いとか、何とか言っているが、サヴァスティンカだけではどうにも上手くできないところをフォローしてくれているからこそ、サヴァスティンカでも差配できている。とても頼もしくてありがたい存在だ。
父は、ざっと部屋の中を見てこう言った。
「集まっているな。サヴァスティンカ、話があるから、本を読むのを少しやめてくれ」
「はい。お父様」
父に言われるなり、栞を挟んで閉じた。義母と義妹が話しかけてきても、そんなことをする気にもならないが、父に言われてすんなりと従った。それが気にいらない2人は眉を顰めて思いっきり睨んできていたようだが、サヴァスティンカは全く気にすることはなかった。この2人の言うことをわざわざ聞く理由などない。
いつもなら、ここで義母と義妹は色々と言ってくるところだが、2人とも父が言いたいことがあると言うのを聞いていて、婚約の話だと思っているようだ。何やら、そわそわし始めていた。明らかに挙動不審になったという方が正しいかも知れない。
そんな2人に怪訝な顔をしたのは、メテリア伯爵だ。先ほどまで何があったかを知らないのもあるようだ。だが、執事は後から来ても表情を変えることはなかった。メテリア伯爵は、よくわからない顔をしながら告げることにしたようだ。この2人に話を振ると埒が明かないのをよく知っているから、見なかったことや気づかなかったことにしたようだ。みんな、やることは無視するのが一番だと思っていた。
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