8 / 42
第1章
8
しおりを挟む琉斗の母親は仕事ができる人のようだが、家事が全くできない人だった。全くのレベルが、ここまで幅広いのかと思うほど、あり得ないほど本当にできなさすぎる人だった。もっとも、琉斗の比べるレベルは、父と自分しかいないが圧倒的に比べる相手が少なくとも、他と比べても駄目なものは駄目だと諦めるというか。悟るしかないものだった。
それを周りに伝えたところで冗談だと思われるだろうが、それを目の当たりにすれば言葉を失うほど明白だった。そう、見たままなのだが、それすら信じられないほどに不思議なくらい、おかしいくらいできないというか。失敗するのだ。
(あれは、もはや呪いレベルだよな。呪いというか。厄災……? 仕事はできてるみたいだから、そこも不思議なんだよな)
琉斗は、そんなことを思って首を傾げたことは、一度や二度ではなかった。
琉斗ですら、目玉焼きやウィンナーを焼くことが幼稚園の頃からできたが、母にはそれすらなぜか難しかったのだ。焼くだけの何がそんなに難しいのかと思うだろうが、その工程を側でじっと注意深く見ていても摩訶不思議でしかなかった。
(なんで……??)
もはや呪われてるレベルで、酷かった。そう、きっと母は呪われていたのだ。息子の琉斗は成長してから、そこだけは母に似なくて良かったとつくづく思っていた。
あのレベルが似ていたら、一人暮らしなんて外食か。買ってくるしかない選択しかなくなっていたはずだ。
最初に母親のできなさっぷりを目の当たりにして、琉斗が思ったことといえば……。
(ぼくよりできないんだ。……それは、ぎゃくにすごいきがする。どうやって、いきてきたんだろ? ママって、おじょうさまとかだったのかな?)
何もできなくとも、それなら問題なかったはずだ。あまりにもできなさ過ぎるのを見て、テレビで見たお嬢様育ちというのが、琉斗の頭に思い浮かんだ瞬間だった。それも、幼稚園児としては、心配どころと想像力溢れる斜め上な考え方にそれを聞いている者がいたら、突っ込まれていたに違いないが、誰にもそう思ったことは話していないことで、琉斗の誤解はしばらく続くことになった。
どこかのお嬢様で、結婚を反対されて駆け落ちしたのだと琉斗は思っていたのだが、それも本当にしばらくの間のことだった。つかの間だけ、深窓の令嬢みたく母を見ていたが、本当に僅かな期間だった。まぁ、何があったかは詳しく語らないでおく。お嬢様なわけがないと思うようなことがあっただけだ。
そんな風に束の間でも息子の琉斗が勘違いしているなんて知りもしない母は、琉斗にもできるならと料理をしようとして、大惨事が起こったのを目撃することになった。
琉斗が母を台所に立たせてはならないのだと思ったのは、小学生になる前のことだった。
そもそも、できないとわかっていたら、息子ができるからといって台所に立ったりしないはずだ。……いや、対抗心を燃やしたりするタイプなら、あるのかも知れないが、壊滅的なできなさっぷりを認めていないと大変な目に合うのは、それをよく知る側になるようだ。
「あ~、ダメダメ。君は、台所は鬼門なんだから」
「鬼門って、大袈裟なこと言わないでよ。琉斗にもできるんだから、私にだってできるわよ。使い勝手がいいものいっぱい出てるんだから」
琉斗にだってできると言われて、そういう次元ではない気がすると思っていたら、結局は母が台所をめちゃくちゃにしただけだった。それに本人が落ち込むことになった。
琉斗は、そんな母を必死で慰め、父はその間、とんでもないことになった台所を綺麗にしながら、四苦八苦していた。
(ぼくができるとママも、できるとおもっちゃうのか。なら、ぼくができたのをみせたのがいけなかったんだ)
父の手伝いをしようとして、更に仕事を増やしてしまう事になった原因が、自分にある気がして母を慰めていたが、琉斗が落ち込んでしまったのだ。
それを見て、母は不思議そうにして息子を見た。
「琉斗? どうしたの?」
「……ごめんなさい。ほくが、おてつだいしようとしたから、パパのしごと、ふやしちゃった」
「え? やだ。そんなことないわよ。あれは、ママが悪いんだもの」
「でも、ママ。ぼくにもできるっていってた。ぼくができるとだめなんでしょ?」
「あ、あれは、ママの言い方が悪かったわ。ごめんね。琉斗、ママは家事はからっきしなのよ。パパのお手伝いしてくれるととても助かるわ。ね? パパ?」
「ほんとう?」
「本当だよ」
こうして、琉斗は父に教わりながら家事を手伝っていたが、母はそれをそわそわして見ていても、そわそわして近くをうろちょろしようとも、やろうとすることはなかった。
そんな母に話をふることも、父と琉斗は決してしなかった。その辺を父子で話したことはないが、どんなに忙しくとも、猫の手を借りたいと思っても、母にだけは頼み事をしなかった。
それが、この家の暗黙のルールとなった。
0
あなたにおすすめの小説
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる