世界で一番『催眠アプリ』を使いこなせない男

gulu

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第8話:ダブルフラッグレースの始まりと人の終わり

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 事件のあった翌日、学校に来てからというもの、神小は周囲からの視線に晒されていた。

「……なんで俺、こんなに珍獣扱いされてんのさ。別クラスどころか別学年の人まで来てるじゃん」
「そりゃあ、オメーが不良をワンパンでのしたって噂が広まってるし」
「ほわぁぃ!?」

 クラスの悪友から聞きたくない答えが返ってきたせいで、目に見えるくらい動揺しだした。

「なにそのデマ!? いや確かに殴ったけどさ! そのまま走って逃げたよ!!」
「それはそれでスゲーな。ってか何したんだよ」
「え……別に、何にも……」
「何もしてないのに殴って逃げるってヤベー奴じゃん」

 "クラスメイトが無理やり連れ去られそうだから助けた"と言って少し話を盛れば女子からの評価も上がるものだが、学校からは言いふらさないでほしいと言われているので律儀にそのお願いを守っていた。

 ちなみに事件についてだが、警察は事情聴取から犯人を捕まえようとするも、既に逃亡して見つかっていないらしい。
 その際、"警察としては暴力は行使しないように注意するが、クラスメイトを助けられたのは素直に喜ばしい出来事だ"というお言葉を貰っている。
 "警察という立場からは注意するしかないが、個人的には褒めている"と、遠まわしに言っているわけだ。

 そんなわけで好機の目に晒されている神小だったが、ここでさらに爆発物が投下される。

「うわ、なんすかこの人だかり。みんな、おはよ~っす!」

 教室の扉から事件の中心人物である、ゆかりが大きな声で挨拶して入ってきた。

「ゆかりちゃーん! 大丈夫だった?」「大変なことに巻き込まれたって聞いたよ」

 クラスメイトの女子が押し寄せ、ゆかりは質問攻めにあう。

「へーき、へーきっす! 怪我とかもしてないし、運がよかったっすよ」

 まるで昨日、事件など最初から起きていなかったかのように振舞っていた。
 トラウマにでもなったらどうしよかと神小は不安だったのだが、何でもなさそうで一先ず安堵する。

 だが、彼女がそれを許すとは限らなかった。

「あっ、神小くーん! ちょっと、ちょっと!」
「え? へ? ほああぁっ!?」

 まるで昨日やったように、ゆかりが神小の手を掴んで教室の隅へと引っ張っていく。
 そして顔を急接近させてきた。

「ぉぁっ……!?!?」
「昨日のこと、シーっすよ……あんな所に行ったことバレたら、不良だって思われちゃうっすからね……」

 彼女の匂いどころか、吐息まで感じられる距離。
 これまで一度もラブコメなイベントに出会わなかった彼には刺激が強すぎた。

「むぅ、ちゃんと聞いてるっすか? もぉ~!」

 顔を掴まれ、優しく揺さぶられる。
 まさしく人生の絶頂期だと感じる神小は、首振り人形のように頷いた。
 天真爛漫で人当りも良い人気の女子に急接近され、骨抜きにならない男子はいないだろう。

 しかし、その絶頂期も長くは続かなかった。

「………ねぇ、もうすぐで先生くるんだけど」

 いつの間にか、背後に野亥が立っていた。
 しかも極寒のツララのような冷たさと鋭さを言葉にじませており、神小の身体は震え上がることしかできなかった。

「おっと、もうそんな時間っすか。それじゃあ、またあとで~!」

 野亥は駆け足で去るゆかりを視線で見送り……残った神小を、まるで食肉工場へ送られる豚を見るかのような目で見降ろしていた。

「い、命だけは……どうか命だけは……!」

 もはや彼のできることは命乞いしかなく、それすらも手遅れだと諦めていた。

「……………ありがと」
「…………ぇ?」

 だが、野亥の口から出た言葉は死刑執行の合図ではなく、感謝の言葉だった。

「あの子から聞いた。誘拐されそうなところを助けてくれたって」
「は……へぇ?」

 神小の頭は急激な温度差についていけず、気の抜けた返事しかできなかった。

「なに、その顔……意外? 友達を助けてくれたんだから、私だってお礼くらい……」

 不機嫌そうに呟きながら、彼女も自分の席へと戻る。
 その後ろ姿から、不思議とネガティブな感情は感じられなかった。

「………え~と、もしかして…………?」

 ここでようやく、初めて野亥と会話できたことに気付き、小さくガッツポーズする。
 ≪催眠アプリ≫を使わずに彼女とまともに喋ることができたのは、大きな一歩だった。

 問題があるとするならば、その踏み出した一歩の先が地獄の大穴だったことだろう。

「神小くん、ちょっと話がある」「ちなみにこれは男子生徒の総意だ」
「逃亡は銃殺刑とする」「貴様は我々を裏切った」

 そうして地獄の底から這い出た亡者……もといモテない男子たちは、神小を奈落の底へと引きずり込むのであった。
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