世界で一番『催眠アプリ』を使いこなせない男

gulu

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第12話:愛と刺し合い

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 制裁の内容については秘匿するとして、運命の時がやってきた。
 いつもならさっさと帰る男子達も、今は全員がソワソワとしながら、こちらの様子をうかがっている。
 まるでバレンタインの放課後に、悪あがきとして最後まで学校に残っている男子達のようであった。

 そして女子達も女子達で、帰りのホームルームが終わった瞬間に野亥さんを取り囲みだした。

「いくら何でもアレは止めた方がいいって!」「一緒に警察行くよ? あ、先に病院か」「もう出されたあとなの!?」「出されたって何が!? 手だよね!?」
「あの…………帰りたいんだけど………」

 普段は話しかけない女子達も、思春期ブーストをかけてわいのわいのと騒いでいる。

 そんな野亥が助けを求めるように、神小の方へ視線を向けるのだが、その仕草は余計に女子達の燃え上がるテンションに火を点けた。

 なお、神小の周囲にも徐々に男子達が集まってきている。

「どうする……どうするよ……」「代打、おれ! いっきまーす!」「うるせぇ打率0割!」「なんだとぉ……コモノの頭でバッティングするかこらぁ……」

 神小の方も助けてほしい気持ちでいっぱいだったが、誰も助けてくれない。
 もう自分で覚悟を決めるしかなかった。

「野亥さーん! あれだよね! お父さんの遺品運びを手伝ったのに、俺の存在を認識してなかったお詫びだよねー! 深夜まで働いたのに、一言も会話しなかったもんねー!」

 しばらくの静寂、そして―――――。

「はーい、みんな解散ー!」「よかった、まだムショに入らなくてすみそうだ」「お前は別件で予約入ってるぞ」「ファッ!?」

 男子達は神小包囲殲滅陣を解除し、野亥を取り囲む女子達の囲いも散らせる。
 流石の異端審問官たちも、存在すら認められなかったことに同情したのであった。

「えーっと………それじゃ、行こうか」
「んっ……」

 その隙にガヤガヤと騒ぐ教室から二人は抜けだす。
 二人は下駄箱で靴を履き、学校の外へ出たあとも、一言も喋らなかった。

 神小は沈黙に耐え切れず、何度かふざけようかとも思ったが、≪催眠アプリ≫を使った時に言われた言葉を思い出してぐっと堪えていた。

"本当の自分を曝け出すのが怖いから、嫌われて拒絶されるのが怖いから、笑っておどけて誤魔化してる卑怯者"
"好きでもない、興味もない、人の身の上話を聞かされても苦痛なだけ"

 この言葉が磔刑の如く心に突き刺さったからこその、沈黙であった。

「(あー……ふざけて距離を置かれるって、楽なことだったんだなぁ)」

 しみじみとそんなことを思いながら、神小は野亥の意志を尊重して沈黙を守る。

 そうして野亥に案内された場所は、何の変哲もないキッチンカーで、ようやく野亥が口を開いた。

「前に、ゆかりが教えてくれたお店です。オススメはいちごスムージーだとか」

 そう言って野亥は手早く注文を済ませるが、こういった所に慣れていない神小は慌ててしまっていた。

「じ、じゃあ俺、バナナ好きだからバナナスムージー!」

 店員は何かを我慢するかのように肩を震わせ、野亥はもの言いたげな視線で刺してくる。
 それもそうだろう、オススメを紹介したというのにそれを無視して自分の好きなものを注文したのだから。

「ぁっ………やっち……まった?」

 神小は不安そうな顔を向けるが、野亥は無表情で答える。

「いいんじゃないですか。人の顔色をうかがわず、自分の好きなものを好きって言っても」

 彼女をよく知る者が見たならば野亥が怒っていないということが分かるのだが、今の神小は自分の失敗をどう挽回するしか考えておらず、全く気づけなかった。

「おまたせしました~!」
「あぁっ! ありがとうございます!」

 弁明する言葉が全く思いつかなかった神小は、天の助けのように出されたスムージーを受け取り、料金をささっと支払った。

 もちろん、野亥の視線が先ほどよりも鋭くなって突き刺さる。

「…………私、お礼をするって言いましたよね? なんで勝手に支払うんですか」
「えぇっ!? ここまで一緒に歩いてくれたのがご褒美じゃないんですか!?」

 野亥の表情は変わらなかったが、体中から不機嫌なオーラが漏れ出る。
 神小は≪催眠アプリ≫で全てをなかったことにしようとした。
 しかし、人目があるせいで使えなかった。

「ぶふっ……! ごゆっくり、どうぞ」

 二人のやり取りを見ていたが店員が、つい吹き出してしまう。
 どうやら付き合ったばかりでギクシャクしているカップルだと思われたようだ。

「はぁ………もういいです、行きましょう」

 毒気を抜かれた野亥が歩き出し、神小もそれに続く。
 少し離れた街頭の下で、二人は一言も発さないままスムージーを味わって飲む。

 半分ほどまで飲んだところで、野亥がゆっくりと口を開いた。

「そっちのお父さんって、どんな人なんですか」
「(ここで両親へのご挨拶ですか!?……ってボケたらダメだよな)」

 実際には、遺品の整理を手伝ったのなら野亥の父親について知っているはずだと野亥は考えていた。
 自分のことだけ知られているのはなんだか不平等だと思い、聞いてみることにしたのであった。

「あー……ぶっちゃけ全然知らない。ずーっとトラックで荷物運んでるから、家に帰ってくるのも半年に一回とか二回だし」
「…………複雑な理由があったりするの?」
「えっ? いや、全然。むしろスッキリしてる。家は俺一人だし」

 それを聞き、野亥はぎょっとした声色で質問を重ねる。

「待って。そしたらお母さんは……?」
「俺が生まれた時に死んだって。だから遺影でしか顔見たことないんだよねー」

 あっけらかんとしている神小と反比例して、野亥はひどく落ち込んだ顔をする。

「………ごめん、聞くべきじゃなかった……」
「えぇっ!? いやいやいや! 全然! 何でもないからこんなの!!」

 自分で自分の地雷を踏み抜いたが、その本人はあっけらかんとしている。
 むしろそれを目撃した側が言葉を失ったおり、それを心配している歪な状態であった。

「お手伝いさんは毎日きてくれるから掃除とかしなくていいし! 家で好き勝手してても怒られ……いや壁とか壊さなきゃ怒られないし! ほんと、恵まれてるから!」

 嘘偽りのない本心である。
 むしろテレビで見るような喧嘩別れや離婚騒動、そして浮気騒ぎからの殺人事件……そういったものと縁がないことに安心していたくらいだ。

「……帰ってこないお父さんのことを、恨んだりしたことは?」
「別に恨む理由ないしなぁ。今の家……かーちゃんとの思い出の家を売ったら家に帰れる時間は増えるらしいけど、とーちゃんが好きでやってることだし」

 むしろ、不自由なく生活と学校に通えていることから感謝しているくらいであった。

 これ以上は踏み込むべきではない。
 そう思いながらも、野亥は尋ねずにはいられなかった。

「じゃあ………あなたのお父さんは、あなたことを愛していると思いますか?」

 ある意味、それは彼女自身への問いであり、その答えを求めて神小に尋ねてしまった。
 彼に、そんなことを尋ねて良い理由などないと自覚していながら。

「さぁ……? 全然会わないし、話したりもしないしなぁ。そもそも、何をどうしたら愛してるって判定になるかも分かんないし……」
「そうですか…………」

 野亥の求める答えではなかった。
 わずかに残念だったが、ほっとした気持ちの方が勝っていた。

「でも、別にどうでもよくない? 俺もとーちゃんも適当に家族してるし、帰ってきた時は普通に暮らしてるし」
「ッ………!」

 それは野亥にとって最も残酷な答えだった。
 彼女の母親と父親は愛を感じ取れなくなったせいで離婚し、家族はバラバラとなってしまった。
 それに対して神小は"愛など感じ取れなくとも家族で有り続けられるし、一緒に暮らせる"と証明してしまったのだから。

 最初、野亥は神小を弱い人間だと思っていた。
 恵まれた家庭と友人に囲まれ、何不自由なく能天気に暮らしている人間なのだと。

 だが、実際には違った。
 母からも、父からも愛を感じられず、それでいて不満は言わない。
 人との関わりを絶つ人間であればそれでも不思議はないが、彼は身体を張ってクラスメイトを助けている。
 人並みの感性と善性を持ちながらも、彼はまっすぐに立って歩いている。

 その強さが、悔しいくらいに眩しかった。
 それに対して、自分はどうなのか?
 その問いは自身の弱さを曝け出し、自分で抉りだすかのような痛みを伴っていた。

 歯を食いしばり耐える野亥に気付かぬまま、神小が言葉を続ける。
 
「でもさ、野亥さんのところもちょっと羨ましいんだよね」
「……………あんなのの、どこが………」

 むしろ嫉妬で狂いそうなのは自分の方だという言葉を必死に飲み込み、別の言葉を絞り出す。

「だってさ、部屋中に思い出があったじゃん? 愛されてる証拠だよ。愛がなきゃできないって、あんなこと」
「…………ぁっ………」

 その言葉で彼女は気付いた。
 確かに自分の家庭は最悪の結末を迎えてしまった。
 取り返しのつかない過去だ。

 だが、ここで全てから目を背けてしまえば本当に何もなくなってしまう。
 だからもう一度……もう一度だけ向き合おうと決心した。

「父さんの遺品……未練がましく引き取ったけど、今度は母さんと一緒に見てみる。ツライかもしれないけど、父さんが母さんのこと愛してたって教えてあげないと」

 そうじゃないと、本当に誰も救われないから――――。
 そう心で呟き、家族のもとへと歩き出した。

「――――ありがとう。次は、私がお金だすから。じゃっ」

 振り向いた彼女の顔は、今まで誰も……家族ですら見たことのない表情をしていた。
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