短編・完結【人魚の卵】【時計屋『永遠時間』】

m.sei

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時計屋『永遠時間』【完結】

1-4 挫折と絶望

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 ひしゃげた蓋を裏から慎重に少しずつ叩き出し、元の膨らみを取り戻させてやる。

 少しずつ形を取り戻していく懐中時計と同じように、セルビクスの中でも何かが呼び覚まされていくようだった。そして、不意に思う。

(こんなところで、一体、何をしているのだろう……。自分はどこかへ、行くつもりだったのではないのか?)

 こんな深夜に客も来ないカウンターで、黙々と小さな懐中時計を直している自分が、滑稽に思えてきた。

 だがその思いとは裏腹に、確実に時計は原形を取り戻していた。まるで、パズルを組み立てているかのように。

 ずっと、走馬灯のように目まぐるしく記憶がオーバーラップしている。

『大人になったら、父ちゃんみたいになりたい。時計屋つぐ!』

 あの日以来、よくそう言っていた。

 そういうときは決まって、父親は寡黙になった。だが、背中はかすかに笑っているようだった。



 中身の細かい部分を一つ一つ確かめながら、慎重にはめ込んでいく作業が終わり、セルビクスは詰めていた息を大きく吐き出した。

 心臓が徐々に高鳴るのが自分でも分かった。体の芯がほのかに燃えるように熱くなっていく。震える手で最後の仕上げに、新しいガラスをはめ込み、見た目はなんとか完成した。

「……でき、た」

 安堵と達成感が体の中を駆け巡り、自然とその顔に笑みがこぼれた。

 とても長い時間を掛けた気もするし、短かったような気もした。没頭していたせいなのか、時間の感覚がなかった。

 後は、正確に針が動くかどうか。

(駄目なら、調整を……)

 まるで生命を吹き込む儀式のように、大切に、丁寧に竜頭を回し、ゼンマイを巻き上げる。目をつぶり、意識を集中させた。

 零時に合わせていた針が、時間を刻みだす刹那の音を、祈るように待った。

 次の瞬間、店内の時計とは違う音がかすかに響く。それと同時に、鼓動が呼応するように脈打ち始めた。

 一分一秒を刻む針を取り戻した時計が、カウンターの上で歓喜にその身を震わせ、歌うように鳴っていた。

 目を開け、しばらく動く秒針を眺めた。

 自分の手で直した時計を改めて見たセルビクスは、懐かしさが胸に込み上げてきていた。そして頭の中の濃い霧が、すっと晴れていくようだった―――


  * * *


 ずっと、父親の後ろ姿を見てきた。自分もいつか、父親と共に店を守り、継いでいくのだと信じていた。

 けれど、あまりに不器用すぎた手が、夢を阻んだ。あっけないほどの挫折と絶望。修理もできない時計屋なんて必要ないと思った。だから潔くあきらめて、家を出た。

『セルビー。お父さん、倒れたの』

 家を出てから、数年経っていた。

 電話口で静かに語る母親の声に一瞬凍りつき、受話器を落としそうになった。

『大したことはないのよ? あなたには、知らせるなって言われたんだけど……。一度、こっちに戻って来られないかしら?
 本当は、お父さんも言わないだけで、あなたに戻ってきて欲しいと思っているのよ。セルビー?』
『まだ、帰れない。そのうち、必ず帰るから。それまで待って欲しいんだ、母さん』

 まだ言えない。やりかけたままでは帰れない。

『そうね、あなたにも都合があるでしょうし……。体には十分、気をつけるのよ。あなた、すぐ風邪を引くんだから。薄着で出歩いては絶対だめよ?』
『分かってるよ。母さんも気をつけて』

 受話器を置いた後、何年も会っていない父親の顔を脳裏に思い浮かべた。

 太くごつごつした指で細かい部品を器用に扱う手が好きだった。仕事をしている後ろ姿を見るのが、好きだった。かすかに笑う、背中が好きだった……。

 夢をあきらめたつもりだった。けれど、時が流れるにつれ、あきらめ切れていない自分に気付いてしまった。

 手の器用さは父親には似なかったが、不器用で頑固な性格は似たらしいと、セルビクスは苦笑した。

 もう一度、喜ばせたかった。誰よりも尊敬する父親を。だから、新たな地で再び、夢を追いかけていた。

 その手に、父親からもらった時計を握りしめて―――


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