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人魚の卵【完結】
三、幼馴染
しおりを挟む「ねぇ、シド。明日は休みだし、一緒に遊びに行かない?」
幼馴染でクラスメイトのキャシーが、不意に声をかけてきた。今は休み時間だったのだと気づいて、シドはまだ机の上に広げていた教科書を閉じた。
「また、ぼーっとしてたのか? とろいんだよ、お前は」
今度はカーマンが呆れた顔で言った。彼は高等学校に入ってからの友達だ。
「そんなことないわ。シドはあんたより頭は良いし、なんでもできるんだから」
カーマンの言うことなんて聞かなくてもいいのよシドと、真面目な顔でキャシーが言うものだから、カーマンも負けじと嫌味っぽくまくし立てた。
「へぇ~、そうだな。誰かさんと違ってこいつのほうがよっぽど女みたいだしな。その誰かさんも、もっとおしとやかに振る舞えないもんかね。男以上に荒っぽいから彼氏の一人もできね―んだよっ」
「なんですってっ」
二人の言い争いが本格的に始まってしまいそうになり、シドは割って入った。
「いいんだよキャシー、確かにぼうっとしてたのは事実だし。それからカーマンも、キャシーはいつも頼りない僕を心配してくれているだけだから。二人がケンカする必要はないよ?」
ね? と緩く微笑んだシドに曖昧にうなずいた二人は、それ以上の口論をやめたが、お互いに目配せを始めた。
そんな二人をシドが不思議そうに見ていると、キャシーがしびれを切らしたのか、ようやく口を開いた。
「あぁ、もうっ……。自分で言いなさいよね」
カーマンを見ながらぶつぶつ文句を言ったキャシーは、シドのほうに顔を向けると声色を変えた。
「あのね、シド。次の休みに、クラスのみんなで遊びに行こうかって話してたの。シドも一緒に……どうかなって」
キャシーはライトブラウンのクセのある長い髪をかき上げながら、ためらいがちにそう言った。シドはその会話の間が少し気になったが、かまわずうなずいた。
「いいよ。どこに行くんだい?」
即答かと思われた答えは、やはり彼女にしては歯切れの悪い、遠慮がちなものだった。
「……泳ぎに、行こうかって。……海に」
「海……? 海は……――」
戸惑っていると、隣で腕を組んで大人しくしていたカーマンが口を挟んできた。
「お前、泳げないんだっけ、そういえば。眺めてんのは好きなのに、変な奴だな」
「そんなんじゃないわ。シドはプールや湖なら泳げるのよ」
「プール? じゃあ、なんで海は駄目なんだよ。おかしいだろ?」
イライラしたように、カーマンの語尾が荒くなった。
「駄目なものは駄目なのよ」
「だから、それはどうしてなのかって聞いて――」
「そういう約束だからよっ」
最後まで言い終わらないうちに、キャシーに会話を遮られたカーマンは眉をひそめた。
「――約束?」
「ごめんなさいシド。やっぱり、少し遠出になるけど湖に変更しましょう。そのほうが、おじさんも安心するでしょ?」
カーマンの問いかけを無視して、キャシーはシドにそう言った。
「おい待てよ。勝手に変更するなって。海に行くって言ったら行くんだよっ」
「ちょっと、子供みたいなこと言わないでよ」
「うるさい。絶対お前も行くんだからな、シド。分かったか? 絶対だぞっ」
ぶっきらぼうに言い捨てると、カーマンはどかどかと足音を立てながらほかのクラスメイトと共に教室を出て行ってしまった。
「まったく、もっと静かにできないのかしら」
呆れたように呟くキャシーを、シドはクスクスと笑った。
「なに?」
「いや、君たちって、本当によく似てるなと思って」
「冗談じゃないわ。どこがどう似てるっていうのよ」
キャシーは心外だとでもいうように怒ったが、シドの思いは変わらなかった。
確かにカーマンは口が悪く荒っぽいところがあったが、シドは彼の優しさを知っていた。
高等学校に入学して早々、たまたまキャシーと離れて一人でいたところ、上級生に女の子と間違われて絡まれ、困っていたシドを助けてくれたのはカーマンだった。
ただその時、戻ってきたキャシーが勘違いをして、カーマンを殴ってしまったという経緯もあり、二人はいつもこんな感じだった。
キャシーは怒るかもしれないけれどと、シドは心の中でいつも思っていた。二人が、付き合ってくれればいいのにと。
(言いたいことを言い合える二人は、とってもお似合いだと、僕は思うんだけどな……)
あの診療所の、医師夫妻のように。
「シド。次は移動教室だから急ぎましょう」
「あ、そうだった。ごめん、ちょっと待って……」
机の中から、次の授業の教科書を取り出し、シドは慌てて立ち上がった。
キャシーと廊下を走っていると、ちょうど階段に差し掛かったとき、学校の中で一番口うるさいと言われている教師に出くわした。
怒られないように素知らぬ振りでやり過ごし、いなくなるとどちらともなく顔を見合わせ、二人で笑い合った。
再び走り出し、階段を駆け下りながら、こんな何気ない日常が、ずっと続けばいいのにと、シドは思った。
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