短編・完結【人魚の卵】【時計屋『永遠時間』】

m.sei

文字の大きさ
4 / 16
人魚の卵【完結】

三、幼馴染

しおりを挟む

「ねぇ、シド。明日は休みだし、一緒に遊びに行かない?」

 幼馴染でクラスメイトのキャシーが、不意に声をかけてきた。今は休み時間だったのだと気づいて、シドはまだ机の上に広げていた教科書を閉じた。

「また、ぼーっとしてたのか? とろいんだよ、お前は」

 今度はカーマンが呆れた顔で言った。彼は高等学校に入ってからの友達だ。

「そんなことないわ。シドはあんたより頭は良いし、なんでもできるんだから」

 カーマンの言うことなんて聞かなくてもいいのよシドと、真面目な顔でキャシーが言うものだから、カーマンも負けじと嫌味っぽくまくし立てた。

「へぇ~、そうだな。誰かさんと違ってこいつのほうがよっぽど女みたいだしな。その誰かさんも、もっとおしとやかに振る舞えないもんかね。男以上に荒っぽいから彼氏の一人もできね―んだよっ」
「なんですってっ」

 二人の言い争いが本格的に始まってしまいそうになり、シドは割って入った。

「いいんだよキャシー、確かにぼうっとしてたのは事実だし。それからカーマンも、キャシーはいつも頼りない僕を心配してくれているだけだから。二人がケンカする必要はないよ?」

 ね? と緩く微笑んだシドに曖昧にうなずいた二人は、それ以上の口論をやめたが、お互いに目配せを始めた。

 そんな二人をシドが不思議そうに見ていると、キャシーがしびれを切らしたのか、ようやく口を開いた。

「あぁ、もうっ……。自分で言いなさいよね」

 カーマンを見ながらぶつぶつ文句を言ったキャシーは、シドのほうに顔を向けると声色を変えた。

「あのね、シド。次の休みに、クラスのみんなで遊びに行こうかって話してたの。シドも一緒に……どうかなって」

 キャシーはライトブラウンのクセのある長い髪をかき上げながら、ためらいがちにそう言った。シドはその会話の間が少し気になったが、かまわずうなずいた。

「いいよ。どこに行くんだい?」

 即答かと思われた答えは、やはり彼女にしては歯切れの悪い、遠慮がちなものだった。

「……泳ぎに、行こうかって。……海に」
「海……? 海は……――」

 戸惑っていると、隣で腕を組んで大人しくしていたカーマンが口を挟んできた。

「お前、泳げないんだっけ、そういえば。眺めてんのは好きなのに、変な奴だな」
「そんなんじゃないわ。シドはプールや湖なら泳げるのよ」
「プール? じゃあ、なんで海は駄目なんだよ。おかしいだろ?」

 イライラしたように、カーマンの語尾が荒くなった。

「駄目なものは駄目なのよ」
「だから、それはどうしてなのかって聞いて――」
「そういう約束だからよっ」

 最後まで言い終わらないうちに、キャシーに会話を遮られたカーマンは眉をひそめた。

「――約束?」
「ごめんなさいシド。やっぱり、少し遠出になるけど湖に変更しましょう。そのほうが、おじさんも安心するでしょ?」

 カーマンの問いかけを無視して、キャシーはシドにそう言った。

「おい待てよ。勝手に変更するなって。海に行くって言ったら行くんだよっ」
「ちょっと、子供みたいなこと言わないでよ」
「うるさい。絶対お前も行くんだからな、シド。分かったか? 絶対だぞっ」

 ぶっきらぼうに言い捨てると、カーマンはどかどかと足音を立てながらほかのクラスメイトと共に教室を出て行ってしまった。

「まったく、もっと静かにできないのかしら」

 呆れたように呟くキャシーを、シドはクスクスと笑った。

「なに?」
「いや、君たちって、本当によく似てるなと思って」
「冗談じゃないわ。どこがどう似てるっていうのよ」

 キャシーは心外だとでもいうように怒ったが、シドの思いは変わらなかった。

 確かにカーマンは口が悪く荒っぽいところがあったが、シドは彼の優しさを知っていた。

 高等学校に入学して早々、たまたまキャシーと離れて一人でいたところ、上級生に女の子と間違われて絡まれ、困っていたシドを助けてくれたのはカーマンだった。

 ただその時、戻ってきたキャシーが勘違いをして、カーマンを殴ってしまったという経緯もあり、二人はいつもこんな感じだった。

 キャシーは怒るかもしれないけれどと、シドは心の中でいつも思っていた。二人が、付き合ってくれればいいのにと。

(言いたいことを言い合える二人は、とってもお似合いだと、僕は思うんだけどな……)

 あの診療所の、医師夫妻のように。

「シド。次は移動教室だから急ぎましょう」
「あ、そうだった。ごめん、ちょっと待って……」

 机の中から、次の授業の教科書を取り出し、シドは慌てて立ち上がった。




 キャシーと廊下を走っていると、ちょうど階段に差し掛かったとき、学校の中で一番口うるさいと言われている教師に出くわした。

 怒られないように素知らぬ振りでやり過ごし、いなくなるとどちらともなく顔を見合わせ、二人で笑い合った。

 再び走り出し、階段を駆け下りながら、こんな何気ない日常が、ずっと続けばいいのにと、シドは思った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

処理中です...