私は仕事がしたいのです!

渡 幸美

文字の大きさ
62 / 92
番外編

あの日あの時と後日談 リーゼ=レコット1

しおりを挟む
「旦那様!奥様!た、大変です!リーゼお嬢様が!」


私、リーゼ=レコットは、グリーク王国の筆頭伯爵家の長女だ。長女と言っても、3つ上に兄がいるけれど。更に3つ下に、妹もおります。


レコット家は、伯爵家の筆頭と言えば聞こえがいいが、今や歴史が長いだけの、形だけの筆頭になりつつある。無駄遣いであるとか、そういったことはないが、領地にめぼしい産業などもないのだ。


そんな時、私つきの侍女エリーが、お父様とお母様に大声で報告をする。


「リーゼお嬢様は、光魔法の素養があるようです!!」


……と。私の将来が、(一時的に)縛られた瞬間だった。


◇◇◇


ーーーそう、あれは、もうすぐ8歳になる頃の話。


「自宅の庭の散歩中に巣から落ちた雛鳥を見つけて、無意識に治癒魔法を使っちゃったのよね」

もうすぐ学園に入学する私は、自分の部屋で一人言る。

なぜ、そんな昔を思い出しているのかというと。

婚約者がなせいで、面倒そうだなとか思ってしまうのだ。

「はあ……うちからは解消できないしなあ……」


お相手は、魔法省長官のご子息だ。しかも侯爵家。落ち目の筆頭伯爵家が、どうこうできる訳もなく……と言うより、親戚一同含めての祝賀事状態だ。


「まあ、無理もないけれど……」

私の光魔法は、一族からすれば、降って湧いたような幸運だ。

……私も始めは嬉しかったのだ、光魔法。残念ながら聖女様ではなかったけれど(聖女だと、水晶から七色の光が溢れるらしい)、魔力量も上の中くらいはあるし、水魔法の適性もあったし、もし、聖女様が現れたりしたら。


「お手伝いとか出来るかしらって、夢を見たのよね……」


儚く散った。

せっかく、聖女様が現れたのに。


駄目だ、気分が落ちていってしまう。こういう時は、無理をしても上がって来られないものだ。とことん落ちて、お茶の時間になったらエリーに甘えよう。


「うん、そうしよう!そもそも、他に好きな子がいる婚約者って、キッツいわよね」

不思議と周りは気付いていないようだけど。……きっと本人も。

そう、彼はセレナ様が好きなのだ。いつも無意識に、彼女を目で追っている。だからだろう、トーマス様にちょっかいをかけるのは。あの二人が壊れたら自分が、とでも考えているのだろうか。無理だと思うけど。

セレナ様には申し訳なくも思う。彼が少しでも私を視界に入れてくれたら。興味を持ってもらえたら。迷惑をかけずに済んだかもしれない。とも、思う。


けれど、現状、無理!!


私はただ、光魔法が使える、アクセサリーのような婚約者で。たまに話せば、「セレナは…セレナが…」だし。

婚約者に好きな人が、という話も珍しくない。ないけれど、気持ちの消化には時間がかかる。

でも、結婚は避けられない。


エトルも思っているでしょうけれど、避けられないから仕方ないと思っているのは、お互い様なのよ。


「結婚すれば……少しは信頼関係くらいは築けるかしら……」


聖女様との夢よりも、夢物語のような気がする。


「駄目だ……浮き上がる要素がない……」


結局その日は、もうすぐ入寮なのだからとワガママを言って、エリーに散々と甘えながらお茶をして、大量のスイーツを消費した。



学園に入学後は、まあ、想定通りでしたね。想定通り過ぎて、笑いたくなるくらいだ。他の女性に絡んで来られるのも、勝ち誇ったような顔をされるのも、気を使われるのさえ煩わしい。好きで婚約をした訳ではなくても、自分で思う以上に疲れていたのだろう。


そんな頃にお会いした聖女さまは、本当に聖女らしい人だった。

そして、とても可愛い人。外見だけじゃなくて、人柄が。あっという間に虜になった。


そして何と、彼女と共同事業を起こすことになったのだ。急に、夢が叶った瞬間だった。

エマ呼びも許され、友達にもなれて。私達の事を私達以上に心配して、怒ってくれて、一人一人を認めてくれて。エマ曰くの『魔力の質』とやらを誉めてもらえた時なんて、どうにかなるかと思うくらい嬉しかった。ギリギリ、淑女として耐えられた…と、思う。たぶん。



エマとの出会いは、私達の運命を大きく変えてくれた。


「お父様、エトル様との婚約を解消したいの」


やっと言えた。父は、わざわざ週末に家に帰って来た娘が、執務室に乗り込んできて言い出した事に、目を白黒させている。


「リ、リーゼ?急にどうしたんだい?ま、まあ、いろいろあるとは思うが、しかし……」

噂は認識していても、家の事を考えると難しかったのでしょう。理解はしますわ。

でも。

「お父様。私、先日から聖女であられるエマ様と懇意にさせて頂いているの」

マナー違反だが、父の言葉に被せて話す。

ここは譲れない。

「そして彼女から、有り難くも共同事業を進めないかとお話を頂きました。私は、そちらに参加をしたいのです」

父が、「ほう?」と興味を示す。


「しかも、陛下からのお墨付きも頂いているようで」

「更に、利益分は当家ごとの参加でしたら、ほぼ当家に入れてしまっても良いと」

ここで、やはり驚いた顔をする父。

「なんと……それは、本気でなのかね」

「私達も何度も確認しましたわ。もう……ご本人は、驚く程に当たり前のようにおっしゃって……国が、民が過ごしやすくて元気でいてくれたら、それでいいのですって。本当に聖女様よ」

「……なんと……確かに清廉とされた印象のある方だったが……そうか……」

「そうよ。本当に素敵な方。だからね、利益はきっちり働いてくれる人に還元してね、って。皆で幸せになりましょうと」

「……そうか……」


父は目を閉じる。何か考えているようだ。


「……すまない、リーゼ」

えっ、感動していたようなのに、駄目なの?

「あ、ああ、違うよ。その、エマ様の事業には、是非とも参加させていただこう。レコット家として」

私のがっかりした顔を見て、父が続けて訂正してくれる。

「本当?良かった!ありがとう、お父様!!私も今以上に頑張りますわ!エマ様に恥をかかせられないもの!」


視界が開けるって、すごく明るい!いろいろな所が!

久し振りに、人生が楽しくなってきた。


「ああ、そうだね。頑張ろう。……リーゼ、私が謝ったのは、エトル君との婚約だ」

「あっ」

「なんだい、もう忘れているくらいなのか」

「も、申し訳ございません……」

しまったですわ。少々、浮かれすぎました。


そんな私の様子を、父は愛おしそうに微笑んで見てくれている。

「いや、謝らないでいいよ。……本当に、謝るのはこちらだ……お前のそんな楽しそうな顔、久し振りに見たよ」

「お父様……」

「すまんな。噂は……聞いていたんだ。先日は、とうとう王太子殿下に叱責されたのだろう?」

「………………」

沈黙で肯定してしまう。父は苦笑しながら続ける。

「その後、先方からも謝罪があった。そして婚約続行を願い出てきた。……私は、家の為にそれを受け入れた」


「リーゼが……きちんと笑えなくなっていることに気付いていたのに……すまない、情けない父親で」

父が、泣いている。私のことで。ずっと、心配をしてくれていたのだ。きっと、家族の心配は、私の心に届いていた。だからエマに誉めて貰えた『魔力の質』を持ち続けられたんじゃないかな。……うん、きっと。


「お父様!謝らないで下さいませ!領地や領民を考えたら、我が家が潰れる訳には参りませんもの!当然のことですわ!」

私は背中から父に抱き付く。

「私、魔力のをエマ様に誉められたのよ!」

「質?初めて聞くな」

「そうでしょう?エマ様しか分からないみたいなの!魔力の性格みたいなものっておっしゃっていたわ」

「ほう」

「私ね、水魔法は美しい生命力を感じて、光魔法もとても優しくて大好きと言われたの、もう、嬉しくて。お父様とお母様と、家の皆がそう育ててくれたからよ。だからこそ、エマ様に見つけて貰えた」

「リーゼ……」

「うちの家族、使用人も皆優しいもの。だから、ありがとう、お父様」

「~~リー、ゼ……っ」

「もう泣かないでよ~!お母様に私が怒られるじゃない~!」


結局その後、二人でしばらく泣いた。


少しして、出来る私のエリーが、そっとお茶の準備をして執務室に運んでくれた。タイミング、さすがだ。



……そしてお父様は、婚約解消に向けて話し合いをすると約束してくれた。


道が拓けた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

処理中です...