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番外編
春、う・ら・ら? その2
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「へぇ。確かによく出来てるね、この案」
「私もそう思います。もちろん細部は手直しの余地はありますが」
「うん。凄いね、カリンの子どもたちは」
「本当に」
ミルが城から辞した後、エトルはすぐさま皇帝陛下の元を訪れた。ミルが持参した、魔道具輸出の為の規制草案の出来がかなり良かったと言うのが一番だが、何よりも彼らの故国に対しての思いも汲んでのことだった。
彼の国……デザルト国は、ミルたちがカリンに保護されてから四年後にクーデターが起きた。前皇帝は戦好き過ぎたのだ。皇弟と軍部に裏切られた形だ。無理もない、と思う。
そして、新皇帝は穏やかな人物で新しい施策を次々と発令し頑張っているが、いかんせん、先代が酷すぎた。最弱層まで完全に手が届くのは、まだまだ先だろう。そんな現実を知っている者ならば、少しでも手を伸ばしたいに違いない。現政権が、ずっと続く保証も無いわけであるし。
「この草案は、次の会議でかけよう。魔法省の方でも必要な所は訂正しておいてくれ」
「賜りました」
エトルは、これでほぼ輸出案は通るだろうと安堵する。
「ではこれで……」
と、そのまま退室しようとすると、ジークに呼び止めらた。
「まあ、急ぐな。難しい話はここまでとして。休憩がてらに茶でもしよう。幼馴染みとして付き合え」
「ジークと、茶」
「何だ不満か?生徒会時代を思い出して、懐かしいだろう?」
「大変過ぎて、仔細が思い出せないほど懐かしいです」
エトルは遠い目をして、ぼやくように答えた。最初のバタついた感は、自分たちのやらかしが引き起こした自覚があるが。後半は『ルピナスシリーズ』の対応の補助もやる羽目……いや、助力させていただきまして、かなりのハードスケジュールだったのだ。
「あの頃の方が仕事をしたような気がする……」
「そうかもしれんな。俺達の式の準備も重なったし、皆にはかなり苦労をかけたと思う」
エトルのぼやきに、ジークが殊勝な顔をしてしみじみと同意する。そんなジークを、エトルは胡乱げに見る。
「……何だ、その目は」
「何だじゃないですわ。今度は何を企んでやがるんですか」
「失敬だな。謀ごとなど無いぞ。……ほら、この菓子はレイチェルの差し入れだ。食え」
「はあ……」
普段は甘い物はあまり食べないが、レイチェルの所の……『ファータ・マレッサ』の菓子は、甘さ控えめで食べやすく、エトルも時々買いに行っていたりする。特に胡麻のお菓子がエトルのお気に入り。
企みは分からないが、せっかくなので手を伸ばしていただくことにする。
「エトルは結婚しないのか?」
「な、急に、っ、ゴホッ」
突然の直球の質問に、大好きなごま団子を喉に詰まらせる。お茶を飲んで慌てて喉に流し、ジト目でジークを見た。
「やっぱり、企んでたじゃないか!」
「人聞きの悪い。幼馴染みとして気になっていただけだ」
歳を重ねても美丈夫で優美な笑顔で、ジークがしれっと返してくる。
「まあ、各方面から問い合わせが多いのも確かだが」
「絶対そっちが理由でしょーが」
「オルガーノ家に問い合わせてもなしのつぶてだし、前侯爵まで話を持って行っても、自分たちは引退したからととりつく島もないとな。『最後の大物独身』らしいぞ」
「ハハハ。それは光栄デスネー」
「棒読みだな」
グリーク王国は、実は重婚が禁止ではない。王家に子どもが出来にくい時は側妃が迎えられるし、同じ理由で貴族にも認められている。のであるが、ここ何代かの王家が嫁ラブで側妃のその字もないし、平民との垣根が低くなりそちらの価値観にも影響を受け、形骸化している法律だ。ジークは、そろそろ無くしてもいい法律かなと思っている。
そんな訳で、誰が御歳36歳の独身の魔法省長官の心を射止めるのか、世間は興味津々なのだ。
「俺じゃなくても、たくさん出世株はいるでしょうに。しかもわざわざ皇帝陛下にまでお伺いしなくとも……全く……」
エトルは呆れたように溜め息を吐く。ジークはそれを、苦笑いしながら見つつ、ティーカップに手を伸ばす。
「いろいろあって、周りはどうなるかを興味本位で見ていたのであろうが、俺達とも変わらず懇意にしているし、何よりも実力での長官スピード出世が大きいのだろうよ」
「……お褒めに預かり、光栄です」
「だからさっきから、光栄って顔じゃないな。……余計なお世話だが。本当の所はどうなんだ?結婚をする気はないのか?」
「何ですか、ジークまで。また余計なことをするとローズに怒られますよ」
「うっ」
そう、先の魔道具侯爵夫妻の結婚、結果的には纏まったが、父たちの心配が長じて、子どもたちが迷惑を被った側面もあったのだ。「理解できる部分もあるけれど、大人としてどうなの!!」と、それぞれの大切な嫁さんから長時間説教を受けた。なぜ知ってるかって、エトルも関わっていたもんで、ジークと一緒に怒られたからだ。
「学生の時も思ったけど、ローズ怒ると怖いよね。笑顔が余計に……」
「そうだろう?普段が優しい、癒しの微笑みだから、余計に感じるだろう?」
「……しれっと惚気るの、止めて頂けます?部下だけでお腹いっぱいなんで」
「狭量だなあ」
「何とでも」
穏やかな時間が流れる。こんな時間は嫌いではない。こういう時に本当に思う。あの時に気付けて良かったと。……本音は、もっと前に気付きたかったけど。
(違う違う、今日久しぶりにミル嬢から二人の名前を聞いたもんだから、感傷に浸っただけだ)
エトルは軽く首を横に振る。
「エトル?どうした?」
そんなエトルを見て、ジークが不思議そうに尋ねて来る。
「何でも。じゃあ、そろそろお暇しますね。部下達も帰してあげないと」
エトルは慌てて笑顔を張り付け、席を立つ。何だか居たたまれないような気持ちになったせいもあるが、部下を帰す時間なのも本当だ。
「ああ、もうそんな時間か。ではまたな」
「ご馳走さまでした。失礼します」
エトルは魔法省長官の顔に戻って去って行く。
「まあ、結婚だけが全てではないが……」
幼馴染みが去った後、ソファーに深く沈み込んで、ジークは一人言る。
エトルが時々見せる、あの表情。簡単な感情ではないのであろうが……いつか話してくれるだろうか。エトルにとって、彼女たちは……。
「俺では役に立たないか。何かしても確かにまたローズに怒られそうだし」
でも心配なのだ。最近あの表情が増えた気がして。何だかんだ、大事な友人なのだ。
「ちらっとローズにも相談しようかな……うん、そうしよう」
情けないなと思いつつ、また奥さんに怒られそうだと気付いた皇帝陛下は、そうすることに決めた。
「私もそう思います。もちろん細部は手直しの余地はありますが」
「うん。凄いね、カリンの子どもたちは」
「本当に」
ミルが城から辞した後、エトルはすぐさま皇帝陛下の元を訪れた。ミルが持参した、魔道具輸出の為の規制草案の出来がかなり良かったと言うのが一番だが、何よりも彼らの故国に対しての思いも汲んでのことだった。
彼の国……デザルト国は、ミルたちがカリンに保護されてから四年後にクーデターが起きた。前皇帝は戦好き過ぎたのだ。皇弟と軍部に裏切られた形だ。無理もない、と思う。
そして、新皇帝は穏やかな人物で新しい施策を次々と発令し頑張っているが、いかんせん、先代が酷すぎた。最弱層まで完全に手が届くのは、まだまだ先だろう。そんな現実を知っている者ならば、少しでも手を伸ばしたいに違いない。現政権が、ずっと続く保証も無いわけであるし。
「この草案は、次の会議でかけよう。魔法省の方でも必要な所は訂正しておいてくれ」
「賜りました」
エトルは、これでほぼ輸出案は通るだろうと安堵する。
「ではこれで……」
と、そのまま退室しようとすると、ジークに呼び止めらた。
「まあ、急ぐな。難しい話はここまでとして。休憩がてらに茶でもしよう。幼馴染みとして付き合え」
「ジークと、茶」
「何だ不満か?生徒会時代を思い出して、懐かしいだろう?」
「大変過ぎて、仔細が思い出せないほど懐かしいです」
エトルは遠い目をして、ぼやくように答えた。最初のバタついた感は、自分たちのやらかしが引き起こした自覚があるが。後半は『ルピナスシリーズ』の対応の補助もやる羽目……いや、助力させていただきまして、かなりのハードスケジュールだったのだ。
「あの頃の方が仕事をしたような気がする……」
「そうかもしれんな。俺達の式の準備も重なったし、皆にはかなり苦労をかけたと思う」
エトルのぼやきに、ジークが殊勝な顔をしてしみじみと同意する。そんなジークを、エトルは胡乱げに見る。
「……何だ、その目は」
「何だじゃないですわ。今度は何を企んでやがるんですか」
「失敬だな。謀ごとなど無いぞ。……ほら、この菓子はレイチェルの差し入れだ。食え」
「はあ……」
普段は甘い物はあまり食べないが、レイチェルの所の……『ファータ・マレッサ』の菓子は、甘さ控えめで食べやすく、エトルも時々買いに行っていたりする。特に胡麻のお菓子がエトルのお気に入り。
企みは分からないが、せっかくなので手を伸ばしていただくことにする。
「エトルは結婚しないのか?」
「な、急に、っ、ゴホッ」
突然の直球の質問に、大好きなごま団子を喉に詰まらせる。お茶を飲んで慌てて喉に流し、ジト目でジークを見た。
「やっぱり、企んでたじゃないか!」
「人聞きの悪い。幼馴染みとして気になっていただけだ」
歳を重ねても美丈夫で優美な笑顔で、ジークがしれっと返してくる。
「まあ、各方面から問い合わせが多いのも確かだが」
「絶対そっちが理由でしょーが」
「オルガーノ家に問い合わせてもなしのつぶてだし、前侯爵まで話を持って行っても、自分たちは引退したからととりつく島もないとな。『最後の大物独身』らしいぞ」
「ハハハ。それは光栄デスネー」
「棒読みだな」
グリーク王国は、実は重婚が禁止ではない。王家に子どもが出来にくい時は側妃が迎えられるし、同じ理由で貴族にも認められている。のであるが、ここ何代かの王家が嫁ラブで側妃のその字もないし、平民との垣根が低くなりそちらの価値観にも影響を受け、形骸化している法律だ。ジークは、そろそろ無くしてもいい法律かなと思っている。
そんな訳で、誰が御歳36歳の独身の魔法省長官の心を射止めるのか、世間は興味津々なのだ。
「俺じゃなくても、たくさん出世株はいるでしょうに。しかもわざわざ皇帝陛下にまでお伺いしなくとも……全く……」
エトルは呆れたように溜め息を吐く。ジークはそれを、苦笑いしながら見つつ、ティーカップに手を伸ばす。
「いろいろあって、周りはどうなるかを興味本位で見ていたのであろうが、俺達とも変わらず懇意にしているし、何よりも実力での長官スピード出世が大きいのだろうよ」
「……お褒めに預かり、光栄です」
「だからさっきから、光栄って顔じゃないな。……余計なお世話だが。本当の所はどうなんだ?結婚をする気はないのか?」
「何ですか、ジークまで。また余計なことをするとローズに怒られますよ」
「うっ」
そう、先の魔道具侯爵夫妻の結婚、結果的には纏まったが、父たちの心配が長じて、子どもたちが迷惑を被った側面もあったのだ。「理解できる部分もあるけれど、大人としてどうなの!!」と、それぞれの大切な嫁さんから長時間説教を受けた。なぜ知ってるかって、エトルも関わっていたもんで、ジークと一緒に怒られたからだ。
「学生の時も思ったけど、ローズ怒ると怖いよね。笑顔が余計に……」
「そうだろう?普段が優しい、癒しの微笑みだから、余計に感じるだろう?」
「……しれっと惚気るの、止めて頂けます?部下だけでお腹いっぱいなんで」
「狭量だなあ」
「何とでも」
穏やかな時間が流れる。こんな時間は嫌いではない。こういう時に本当に思う。あの時に気付けて良かったと。……本音は、もっと前に気付きたかったけど。
(違う違う、今日久しぶりにミル嬢から二人の名前を聞いたもんだから、感傷に浸っただけだ)
エトルは軽く首を横に振る。
「エトル?どうした?」
そんなエトルを見て、ジークが不思議そうに尋ねて来る。
「何でも。じゃあ、そろそろお暇しますね。部下達も帰してあげないと」
エトルは慌てて笑顔を張り付け、席を立つ。何だか居たたまれないような気持ちになったせいもあるが、部下を帰す時間なのも本当だ。
「ああ、もうそんな時間か。ではまたな」
「ご馳走さまでした。失礼します」
エトルは魔法省長官の顔に戻って去って行く。
「まあ、結婚だけが全てではないが……」
幼馴染みが去った後、ソファーに深く沈み込んで、ジークは一人言る。
エトルが時々見せる、あの表情。簡単な感情ではないのであろうが……いつか話してくれるだろうか。エトルにとって、彼女たちは……。
「俺では役に立たないか。何かしても確かにまたローズに怒られそうだし」
でも心配なのだ。最近あの表情が増えた気がして。何だかんだ、大事な友人なのだ。
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