私は仕事がしたいのです!

渡 幸美

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番外編

春、う・ら・ら?

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グリーク王国は今日も平和だ。


季節は、春。今日も今日とて、春らしい暖かな日差しが優しく国中を照らし、柔らかな新緑がキラキラ輝いている。畑の作物の新芽も、聖女様と侯爵夫人が筆頭に研究して育てた水田の稲の緑も美しい。


先だっては、社交界で『バイオレットの君』と呼ばれていた公爵令息が家督を弟に譲り、『お転婆令嬢』『無駄美人』と様々な思惑で呼ばれていた侯爵令嬢に入り婿し盛大な結婚式を挙げ、その領地だけでなく、国中が盛り上がった。まだまだその余韻が残っている頃。


しかし何故、大貴族同士の結婚とはいえ、そこまで盛り上がったのかってね。


「本日はお時間を頂き、ありがとう存じます。オルガーノ魔法省長官。ミル=マーシルでございます」

「堅苦しい挨拶はいいよ。ルーエンとダリシアが世話になったしね。って、これからもかな?マーシルだとややこしいし、ミル嬢でいいかい?私もエトルで構わないよ」

「私のことはそのように。しかし……」

「気にせず呼んでよ。長い付き合いになりそうだし。の魔石やら魔道具の話でしょ?」

「では、遠慮なく。エトル様」


穏やかな笑顔で挨拶をする二人。


ここは王宮の魔法省長官室。そう、ミルは先日結婚した、親友の侯爵夫妻の魔法研究成果の商品の、商談のためにエトルと会っていた。


元々、目指した分野は異なれど、それぞれに魔法研究において天才肌だった侯爵夫妻。


そんな二人が1年程前に婚約したのだが、そこからがまあ凄かった。天才が二人は×2ではなかったのだ。それこそ、累乗。次々にたくさんの魔道具が開発された。国民の生活はますます便利に潤った。取り締まりの方の魔道具も増え、治安も更に安定。いいこと尽くしだ。そんな二人の結婚式。そりゃあ、国を上げて盛り上がりますわな。と、ミルは思った。


「それで?その魔道具のデザルト国への輸出についてだっけ」


エトルはミルをテーブルを挟んで向かいに座らせ、早速話を始めた。

そう、二人の作った凄すぎる魔道具は、今のところ国外に持ち出し禁止なのだ。便利すぎて、凄すぎて、軍事転用が大好きな国に渡したら大変なことになるくらいに。

だから仕方がないことではあるのだが。

でも、真っ当に使えば、たくさんの人が助かるのだ。


「はい。もちろんデザルト以外の国々にもですが。これだけの……何と申しますか、力のある道具たちです。現在の規制も理解しております」

「そうだね。実はそもそも論として、このまま永久に輸出禁止にしてはとの話も出ているんだ。……想像はつくだろう?」

「はい」


眉を下げて話すエトルに、ミルは頷きながら答える。


でも。


ここで折れる訳には行かない。自分は運良く救い上げてもらえた。けれど昔自分のような子ども達が、あの国にはまだまだいるのだ。ミルは改めて背筋を伸ばす。


「重臣の方々の、ご心配はごもっともです。しかし」

「うん、分かるよ。デザルトは何とかしたいよね。特に水の魔石あたりとかね」

「……はい」


気合いが空回ってしまった感もあるが、エトルは認識してくれているようだ。ミルは少しホッとする。


「マーシル商会の方で考えていることがあるのかな?」

「はい!」

「うん、さすがだね。では、それを聞かせてもらおうかな」

「ありがとうございます!こちら書面に纏めましたので、ご覧ください!」


ミルは概要を纏めた書類を取り出し、エトルに差し出す。


「よろしくお願い致します!」


そして、元気いっぱいに説明を始めた。

そんなミルに目を細めるエトル。自分の黒歴史を含め、人生のあれこれを経験してきた彼には、眩しい真っ直ぐさだった。





「……うん、よく纏められているね。マーシル商会は大丈夫だろう。魔法省からも陛下と他の大臣たちにも推薦しておくよ」

「!!ありがとうございます!!」

「ふふ、礼はこれが通ってからでいいよ。それにしても大したもんだね。これはミル嬢一人で考えたの?」

「粗方、そうです。もちろんカリ……母や祖父母たちにもアドバイスを貰いながらですが。どうしても、やり遂げたいことですので」

「そうか。こんな大仕事を任されて、本当に大したもんだよ。ダリシアといい……これだけの若手が育っているなら、ますます我が国は安泰だなあ」


エトルが嬉しそうな笑顔で話す。ミルは恐縮しきりで、自分はまだまだですと謙遜しているが、学園在学中からも、彼女は立派なマーシル商会のホープだ。


「今さらだけど、ミル嬢にはが世話になったよね。結婚式の時も挨拶程度の時間しか無くてここまで来てしまったけれど、改めてありがとう」

「いえいえ!私など、何もしておりませんわ。大事な親友がますます幸せになって、嬉しい限りです」


まあ、貴方たちのせいで(陛下が主犯だけれど)いろいろありましたけどね、と思いつつ、結果収まるところに収まったので良しとしようとミルは結論付けた。


「そうだね。私も大事な部下と娘のように思っていた子が落ち着いて、嬉しいよ。……失礼だけれど、ミル嬢は婚約者などは……」

「おりません、今は全く考えておりません。やるべきこと、やりたいことが多すぎて、無理です」


前のめりな否定に、エトルが楽しそうに笑う。


「さすが、お義母上ははうえ似だね!そうだ、そちらのお二人もお元気かな?」

義父ちち義母ははですか?もちろんですよ、ラブラブですよ」

「幸せなんだね」

「お陰さまで……見ている方が恥ずかしいですけどね」

「はは、いいじゃないか」

「そうですけど。先日セレナ様とリーゼ様が出産お祝いで二人で遊びにいらした時も大変だったんですよ~!それぞれに惚気て……まあ、幸せそうだから、いいんですけれど。…………あの、エトル様?」


途中まで楽しそうに話を聞いていたエトルの表情が何だか急に泣きそうに見えたミルは、不安そうに声を掛ける。

エトルは刹那、遠くを見ていたように見えたが、すぐにまた先ほどまでの笑顔に戻った。


「いやごめん、部下の惚気だけでもなかなかなのに、大変そうだなあと」

「本当ですよ!親の惚気とか、ますます恥ずかしくありません?」

「ああ、確かに!頑張れ、ミル嬢!」

「酷い!他人事ですね?!あっ、エトル様も義母ははと同期生なんですよね?ぜひご一緒に被害者になりませんか?!」

「え~っ!それは勘弁して!!」


もちろんミルは、昔の彼らの事なんか知らなくて。心の底から楽しそうに話に乗ってくれるエトルの心の奥深くには、まだ、気づけずにいた。

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