私は仕事がしたいのです!

渡 幸美

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番外編

春、う・ら・ら? その10

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「……今、振り返るとね、本当に自分でも分からないんだよ」

「……へっ?」


ミルがダリシアに時を戻す魔道具を作ってもらおうかとか、どうにもならない現実逃避をしていると、エトルが口を開いた。ミルはそれに少し驚いて、ちょっと間抜けな返事をしてしまう。

「カリンから、どこまで聞いたかは分からないけれど、事実ってことは俺が婚約者がいたのに好き勝手していた話は聞いたよね?」

「……はい」

エトルのストレートな質問に、誤魔化しても仕方ないと思い、ミルは素直に頷く。

「そうだよなあ。まあ、本当のことだし、仕方ないなあ」

エトルはどこか道化のように肩を竦めて話す。……そして、ミルと目が、合わない。

「……でも、ご自分でも分からないって」

ミルにはそんなエトルがとても辛そうに見えて。余計な事なのは理解しているのに、聞かずにはいられなかった。


「うん、分からない、と言うかね。まあ、誰でもひとつやふたつはあるかなあ?ああしておけば良かったって」

「そう、ですね」

「俺は卑怯者でね。俺と、トーマスとセレナは、かなり幼い頃からの幼馴染みなのは……」

「知ってます」

「うん。元々ジークの遊び相手で……ローズもさ。で、ローズが早々にジークの婚約者って決まって。さて他はってなった時に、リーゼの光魔法が判明して……うちは魔法省家系だからね。俺との婚約が決まったんだ。そして、セレナとトーマスも」

「……はい」

うん、そこまではカリンに聞いた。認識していると、頷く。

「俺はね、それが気に入らなかったんだよ。……セレナの事が好きだったからね」

「!」

「しかも無自覚でさあ、厄介な奴だろ?その後ジークの側近候補って、アレンとビルも加わって。何だか張り合うようになったんだよなあ、くだらないことで。この中で一番人気者は誰だ!みたいに……馬鹿だよなあ」

「……」

「お互いに、乗せられた部分もあったのだろうけど。俺はどこかで、トーマス達がケンカにでもなったらいい、とかそんなことを考えていたんだよ……無意識に」

「無自覚って……」

「そうなんだよね、いろいろあってリーゼと婚約解消が決まって……その最後の話し合いの時にリーゼに言われた。最初からセレナしか見ていなかったって」

「それは……」

「情けないよね。自分で気づかないとか。周りも巻き込んで、迷惑、本当に」

ははは、と乾いた笑いを漏らす。また、あの顔だ。遠くを見て、泣きそうな。

「……リーゼにも、本当に申し訳ないことをした。無自覚にセレナが好きで、魔法属性を理由に急に親からの婚約指示が納得行かなくて、婚約期間は一度も彼女を正面から見たことがなかったんだ。親から勝手に決められたのは相手だって同じなのに、俺は自分ばっかりで」

エトルは、はあっ、と大きくため息を吐く。

「彼女の……リーゼの魅力に全く気づけなくて。婚約解消する頃に気づいたんだよ。その、強さと優しさに」

「でも、解消前なら、その、もう一度とか……」

「……後の祭りだって言われた」

き、厳しい……!けど、それもそうだよなあ。全然自分を見ない婚約者と10年くらい?うわ、キツイわ。しかもあちこちで浮き名を流して。


「しかも他の女性を見てるとか……ないかあ」

「……うん、言われて当たり前だと思うけど、抉ってくるね、ミル嬢」

「はっ!すみません、本当のことを!」

「……うん、いい、分かってる……」


エトルはテーブルに顔を突っ伏している。

しまった、フォローするつもりが、とミルは思いつつも、ちょっと仕方ないわよね、とも思う。けれど、かなりのダメージを受けているエトルを放っておく訳にもいかず。

「で、でも、今は皆さんまた仲良くて羨ましいです!なかなか出来ないと思います!」

ミルは何とか言葉をかける。でもこれはフォローでもあるけれど、ミルが常々思っている本心でもある。


「そこだよね……本当に皆には感謝してる。本当は、自分でもっと早くに気づくべきだったと思うけど、ギリギリ踏み留まれた。セレナとトーマスにも本当の事を話して、許してもらえた。大事な友人を失わずに済んだ」

「エトル様……」

「何か、せっかくのお祝いの席でごめんな?こんな話を」

「いえ、そんな。元はと言えば、私が……すみません」

「いや、いいよ。寧ろちょっとスッキリしたかな。……そういえば、初めてだ。こんな、自分で誰かに話したの。ミル嬢には悪いけど……」

「!!そんなことないです!嬉しいです!ん?あ、いえ、嬉しいって何か失礼ですよね、あの……」

「いいや?……ありがとう」


そのエトルの微笑みは、今までミルが見た中でも一番優しい笑顔で。何だかこちらが泣きたくなった。

誰かに話すことで、少し心が軽くなることもある。今日のミルは何も気の利いたことは言えないけれでど、それでいいのだろう。


「今は二人とも幸せで、本当に良かったと思う」


そしてまた、あの顔をする。そうか、この表情は、お二人を想って。……未練とか、そんな一言では済ませられないいろいろな想いが、残っているのだろう。……20年も。

分かってる。ミルだって分かってる。そりゃあ、全部を理解しているとは言わない。けれど、エトルの優しさとが、無性に悔しくなってきた。また、余計な一言が出てしまう。


「……エトル様はいいんですか、幸せにならなくて」


「俺?充分幸せだよ。友人もいるし、仕事も順調だし。ミル嬢みたいな仕事仲間もいるし。結婚第一主義じゃないのは、ミル嬢も同じだろう?」

「そうですけれど。でも、エトル様は時々寂しそうです」

「寂しそう?かい?きっと気のせいーー」

「セレナ様とリーゼ様のお話が出ると、そんな顔をなさってます」


エトルの言葉に、ミルが被せるように捲し立てる。
エトルは一瞬目を見開いたものの、すぐに表情を戻す。


「きっとミル嬢の気のせいだよ」

「気のせいじゃないです。だって……!」

「気のせいだよ。もう20年も経ってる。未練もないよ」


エトルが努めて明るい話す姿が余計に辛い。認めていないくせに、表情はやっぱり泣きそうで。

これ以上踏み込んではいけない。そうでしたかと流すべきだ。そもそもミルの失態から始まった話だ。しなくてもいい話をしてくれて、少し心が軽くなったと言ってくれた。充分じゃないか。また落とす必要なんてない。


なのに、このぐちゃぐちゃした気持ちは何。


悔しい。何に?エトルにそんな顔をさせる二人に?だって仕方ない、想い人に婚約者だ。ミルには関係のない話だ。関係のないのも悔しい。だって。


「……ミル嬢?ごめん、何かーー」


下を向いて押し黙るミルに、エトルが困ったように声をかける。

違う。謝って欲しいわけじゃない。困らせたいわけじゃない。だからこれはミルの、勝手な、自分本位の、気持ちだ。


「エトル様。私じゃ駄目ですか」

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