花が散る、その夜に。

花の巫女

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相容れない二人

『提案』

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「千里、酒を注いでくれたまえ」

「承りました」

三船に言われ、千里は順番に酒を注いでいく。
軍人の階級は陰間の教養のひとつとして頭に入っていたので、胸の紋章を見れば誰がどの階級の人間なのかは明らかだ。恐らくこの集団の中で最も地位が高いであろう少将の三船から御子著に酌んでいき、最後はあの千里を睨み付けていた中尉の男だった。
注いでいる時もじっと見つめてくるので、何か言いたいことがあるのではないかと思った千里はあくまで善意を込めて彼に話しかける。

「あの、なにか?」

まさか話し掛けられると思っていなかった男は驚いた様子でこちらを見ると、慌てた様子ですぐに目を逸らした。

「いや、なんでもない。千里と言ったか、とても綺麗な踊りであった。」

とても本音とは言えない不器用なお世辞をしどろもどろに紡ぐ中尉。軍人─ましてや将校となれば、嘘や欺瞞で出来ていると言っても過言では無い職業なのにも関わらず、この男はそれらの頭文字を知らぬほどに真っ直ぐな瞳をしていた。逆に自分が軍人であることに結構なプライドを持っているのであろう。

「左様でございますか。誠に嬉しゅうございます。」

千里がそう丁寧に返すと「あ、いや、どうも…」と動揺しながら、何を照れているのか顔を紅潮させる。その姿があまりにも外見とギャップがあり、千里は思わず笑いそうになる衝動を必死に抑え込んだ。

─なんて可愛らしいお人なのだろう。

別に彼を馬鹿にしたわけでも見下したわけでもない。ただ、純粋な感想としてその言葉が出てしまったまでのことだ。しかしながら今まで誰かに興味を持つこと自体無いに等しかった千里は、どことなく胸中がざわつき始めたのを敏感にも感じ取ってしまった。

─やはり、この男は不思議じゃ。何故だが心を揺さぶられている感じがする。

初めて人への興味を知ってしまい戸惑いを隠せない千里は、打開策として兎にも角にもこの中尉から離れようと試みたものの──


「おぉ、そうだ。千里、今夜は空いているかね?」

三船の卑俗な質問によってその試みは破られた。

「はい、空いていますよ。」

しかし相手が三船だと分かった千里は、ほっと安堵の表情を浮かべる。今夜の相手があの男だとしたらたまったものではない、と内心危惧していたのだ。
正直三船と夜を過ごすのもあまり気が進まないのだが、今となっては明日のことについて心配している心の余裕など千里にはない。


ところが──。

次の三船の言葉で、千里の視界はぐるっと反転する。

「せっかくの機会だ。斑鳩いかるがたすく中尉、千里と床入りしたらどうだ?そもそも今日は君の昇進祝いでここに来たんだ。不本意だが、千里は譲ってやる」

「……ッ!?」

三船の提案に驚いたのは千里だけではない。
目をぱちぱちさせて信じられないというような顔をしたあと、先程よりも林檎に近しい色合いになっていく丞。その反応を見る限り、どうやら男どころか女の経験すらないことは至極明らかだった。
案の定、丞は恥ずかしいのか怒っているのかどちらともとれるような大声を出して三船の提案を断固拒否する。

「何を仰っているのですか!そのようなは、はしたないこと、出来るわけ無いでしょう!」

「そう言わんな、中尉殿。我々将校は日頃、鬱憤が溜まるだろう。その捌け口にこんな上等なオメガを使えるなど、なかなか容易に出来ることではないぞ?」

「使うって…」

「実際、そうだろう。世の中我々アルファが世を支配し、オメガはその捌け口として存在する。それが今の世だ。…さぁ、私がこんなに言っても君は断るつもりかい」

最後の一言に全ての権力を集めたような威圧を込めて丞に向かって尋ねた。それは最早尋ねるというより上司からの命令ともとれる言い方だったのでこれ以上反論することなど出来るはずもなく、ただただ沈黙するしか方法はなかった。沈黙するということはつまり肯定するも同然なわけで、三船は満足そうな表情で頷く。……その目が本当に笑っていたはずも無いのだが。

「よし、話は決まりだな。斑鳩中尉、くれぐれも番の関係になるのではないぞ」

その言葉にガハハハ、と他の軍部の面々の下品な笑いが部屋に響く。

「こんな堅物でも夢見蝶には叶わんのだなぁ」
「流石は誰をも魅了するこの街一番の美女だ」

酔いが完全に回っている将校たちは事の成り行きを見て、半分面白がりながら好き勝手様々なことを口にする。
半面、散々なことを言ってくれる、と丞は憂鬱な気分に陥っていた。いくら酒の付き合いといえどまさか陰間と夜を共にするとは彼の予定には無かったのだ。適当に言い包めて別々の布団を用意してもらおうとそう固く決意したのだった。


♂♀

「それじゃあ、わしらはここらでお暇しますかねぇ」

一区切りついた所で、三船が切り出す。
皆十分に飲み明かしたので、火照った体からは近くに寄らなくとも強い酒の匂いがあたりに漂っている。
丞はあまり酒が強くないのか、ほとんど口をつけずにつまみを食いながらこの時間を過ごしていた。というよりはこれからどう陰間との夜を対処しようかと悶々と悩んでいたのが大半だったのだが。
 
「本日は楽しゅう時間を過ごせたこと、誠に感謝しています。またのご来店を心待ちにしております。」

千里のその言葉を合図として丞以外の将校たちは続々と部屋から退出し、騒がしかった部屋は一気に沈黙に包まれる。

現在、この部屋には丞と千里のみ。
互いにどうしたらいいのか分からず、こういう雰囲気に慣れているはずの千里でさえ、この男を目の前にして行動を移せずにいた。

─服を脱いで押し倒せば、それでいい。そしたらどんな客でも抱いてくれる。

簡単なことなのに、どうしてもその場から離れることができない。

─怖い、のかもしれない。

そんなことを考えながら、ただ時間が過ぎるのを月明かりを眺めながら祈った。





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