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消えて現れてまた消えた娘(問題編)
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まだ人力車もあまり走っていない、明治初め頃の話です。
呉服屋の娘お藤が、女中のお松を連れて買い物に出かけました。
それから一刻余りの後、お松が血相を変えて戻ってまいりました。
「お嬢様はお帰りでないですか!お嬢様はいらっしゃいませんか!」
と客が店内にいるのにも構わず、お松は大声で店の者たちに叫びました。
「いいえ、まだお戻りじゃないですよ。お松さん、あんたお嬢さんとはぐれたのかい?」
お松は若番頭の善次郎の応えを無視して、大急ぎで家の奥へと入っていきました。
奥の間では、女主人のお虎が帳簿を見ながら煙管を吸っておりました。
お松はお虎に駆け寄り、尋ねました。
「お嬢様はお戻りじゃないですか。」
「何言ってんだい。あんたがお藤のお供をして行ったんだろ。しっかりしてなきゃ駄目じゃないか。」
とお虎は、突き放すように言いました。
「あの子だって、もう十八だ。一人で帰って来られるよ。」
とお虎は平気の風を装いましたが、お松はたまらなくなって、「わーん」と泣きじゃくってしまいました。
「何だい、大げさだね。それともお藤に何かあったのかい。」
お虎が、「なにかあったのかい。」と何度聞いても、お松は、
「私が目を離したばっかりに!」
と泣きじゃくるばかりです。
『しようのない女中だね。』とお虎は、また帳簿に目をやって、お松をうっちゃっておきました。
お虎の亭主は、もう何年も前に亡くなっています。
お虎は女主人として、この店を長く切り盛りしてきました。
元々男勝りの性格なうえに、商売の駆け引きで修羅場をくぐり続けていますから、肝が据わっています。
お松は泣いていても仕方がないので、台所で仕事を始めました。
もう夕暮れ時となり、さすがのお虎も、
『ちょっと遅いねえ。』
と心配しておりましたところへ、
「あ、お嬢様、お帰りなさい。」
と店の者のあいさつとともに、お藤が帰ってまいりました。
お藤は、娘らしい桃色の着物で藤色の頭巾を被っており、出かけるときと同じ装いでした。
お藤は、草履を揃えもせずにつかつかと上がり込んで、ずんずん廊下を通って奥の間に入っていこうとしました。
その後ろ姿を見てお松は、「良かった。」と、安堵しました。
「おや、遅かったね。」
と、お藤がふすまを開けて入ってきて、お虎がちょうど立ち上がったところに、いきなりお藤はお虎のみぞおちに当身を食らわせました。
お虎は苦しくて、息ができません。
その間にお藤は、たんすの一番下の引き出しの奥にしまってあった手箱をあけて、大金をつかんで懐にしまいこみました。
何となく様子がおかしいのに気付いたお松が奥の間に行ってみると、お虎が仰向けになって息ができないで、のたうち回っておりました。
「おかみさん!」
あわててお松が、お虎の背中に両腕を回してぐいぐいと引き上げたので、お虎はようやく息ができるようになりました。
「あー、助かった。死ぬかと思った。あんた、意外に役に立つね。」
とお虎はお松に、礼とも何とも言えない言葉をかけました。
お松も、何とも言えない顔をしました。
「で、お嬢様は?」
と気になったお松がお虎に尋ねると、
「あ、大変だ!もうあの子はなんて真似を!これ、お藤!」
とお虎は怒鳴りましたが、お藤の姿はどこにもありません。
「あんた見ただろう、お藤を。」
とお虎が、お松を問い詰めましたが、
「いいえ、お嬢様は奥に行ったきりこっちには来られてませんよ。」
とお松が答えるので、お虎はむきになって、
「そんなはずはない。お藤は出ていったはずだ。」
と言い張りました。
そこでお松は、この部屋の中をくまなく探したり、奥の間に面した小庭を探しましたが、誰もいません。
この小庭は周りを塀で囲まれており、その塀は非常に高くおまけに忍び返しが付いておりますので、小柄なお藤がこの庭から飛び出ていくことは無理です。
『おかしいねえ。』とお虎は、台所にいるもう一人の女中や店の者に聞いてみましたが、誰もお藤が出ていくのを見なかったと証言しています。その中で、若番頭の善次郎がちょっと困った顔をしておりました。
玄関の土間を見ると、お藤の草履が脱げ捨てられたままでした。
お藤は店の金を持ち逃げして、忽然と姿をくらましてしまったのでした。
呉服屋の娘お藤が、女中のお松を連れて買い物に出かけました。
それから一刻余りの後、お松が血相を変えて戻ってまいりました。
「お嬢様はお帰りでないですか!お嬢様はいらっしゃいませんか!」
と客が店内にいるのにも構わず、お松は大声で店の者たちに叫びました。
「いいえ、まだお戻りじゃないですよ。お松さん、あんたお嬢さんとはぐれたのかい?」
お松は若番頭の善次郎の応えを無視して、大急ぎで家の奥へと入っていきました。
奥の間では、女主人のお虎が帳簿を見ながら煙管を吸っておりました。
お松はお虎に駆け寄り、尋ねました。
「お嬢様はお戻りじゃないですか。」
「何言ってんだい。あんたがお藤のお供をして行ったんだろ。しっかりしてなきゃ駄目じゃないか。」
とお虎は、突き放すように言いました。
「あの子だって、もう十八だ。一人で帰って来られるよ。」
とお虎は平気の風を装いましたが、お松はたまらなくなって、「わーん」と泣きじゃくってしまいました。
「何だい、大げさだね。それともお藤に何かあったのかい。」
お虎が、「なにかあったのかい。」と何度聞いても、お松は、
「私が目を離したばっかりに!」
と泣きじゃくるばかりです。
『しようのない女中だね。』とお虎は、また帳簿に目をやって、お松をうっちゃっておきました。
お虎の亭主は、もう何年も前に亡くなっています。
お虎は女主人として、この店を長く切り盛りしてきました。
元々男勝りの性格なうえに、商売の駆け引きで修羅場をくぐり続けていますから、肝が据わっています。
お松は泣いていても仕方がないので、台所で仕事を始めました。
もう夕暮れ時となり、さすがのお虎も、
『ちょっと遅いねえ。』
と心配しておりましたところへ、
「あ、お嬢様、お帰りなさい。」
と店の者のあいさつとともに、お藤が帰ってまいりました。
お藤は、娘らしい桃色の着物で藤色の頭巾を被っており、出かけるときと同じ装いでした。
お藤は、草履を揃えもせずにつかつかと上がり込んで、ずんずん廊下を通って奥の間に入っていこうとしました。
その後ろ姿を見てお松は、「良かった。」と、安堵しました。
「おや、遅かったね。」
と、お藤がふすまを開けて入ってきて、お虎がちょうど立ち上がったところに、いきなりお藤はお虎のみぞおちに当身を食らわせました。
お虎は苦しくて、息ができません。
その間にお藤は、たんすの一番下の引き出しの奥にしまってあった手箱をあけて、大金をつかんで懐にしまいこみました。
何となく様子がおかしいのに気付いたお松が奥の間に行ってみると、お虎が仰向けになって息ができないで、のたうち回っておりました。
「おかみさん!」
あわててお松が、お虎の背中に両腕を回してぐいぐいと引き上げたので、お虎はようやく息ができるようになりました。
「あー、助かった。死ぬかと思った。あんた、意外に役に立つね。」
とお虎はお松に、礼とも何とも言えない言葉をかけました。
お松も、何とも言えない顔をしました。
「で、お嬢様は?」
と気になったお松がお虎に尋ねると、
「あ、大変だ!もうあの子はなんて真似を!これ、お藤!」
とお虎は怒鳴りましたが、お藤の姿はどこにもありません。
「あんた見ただろう、お藤を。」
とお虎が、お松を問い詰めましたが、
「いいえ、お嬢様は奥に行ったきりこっちには来られてませんよ。」
とお松が答えるので、お虎はむきになって、
「そんなはずはない。お藤は出ていったはずだ。」
と言い張りました。
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