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第3章
5話 S級リバイアサン 4
いま、レティリアの目の前には巨大なカラスがいる。
開いた腹の中に力無く横たわるカラスは、ゆっくりと目を開ける。
キョロキョロと眼球を動かすその瞳は、レティリアと同じ紫色だった。
まるで吸い込まれるようなガラス玉みたいな紫色の瞳。
急激に目に入る光に涙を浮かべながらも、周りを見るカラスは、スっ……とレティリアを捉える。
そしてヨロヨロとリバイアサンの体内から出てきて、ゆっくりと羽を広げた。
ぽたぽたと落ちる半透明の粘液は、羽を重くしているのかダラリと畳む。
そして、太く大きな足を踏みしめてレティリアに近付いてくる。
外ではドンドンと殴りレティリアに叫ぶ先輩たち。
すぐに人を呼びに行っているのか解体場から慌てて出ていく人もいるが、レティリアは視線を向けることすら出来なかった。
深海に住んでいると言われている巨大な魔鳥、ハルピュイア。
特S級の魔物の中では小さめの固体ではあるのだが、その強さは計り知れない。
出現率はリバイアサンよりも少ないく、現れたとしても、沢山の騎士や回復術師、冒険者を海の藻屑にする凶暴さだ。
そんなハルピュイアが、今、よろけながらもレティリアの傍に向かってくる。
すでに瀕死なのに、威圧感が凄まじい。
指先をほんの少しでも動かしたら首筋を噛みちぎられそうだ。
ドクドクと心臓がなり、体全体が脈打つ。
例え騎士だろうとも、今この状態になったら恐怖に慄くだろう。
ピンと張り詰めたような雰囲気は解体場全体に伝わり、レティリアの窮地を救うかのように周りは動き回っている。
そんな雰囲気を感じ取りながらも、レティリアは、このハルピュイアから視線をそらせない。
だが、太く頑丈なハルピュイアの足が、まるで崩れるかのようにガクンと力をなくして倒れ込む。
リバイアサンが乗る作業台にいたレティリアは、ハルピュイアに巻き込まれるように落ちて床に身体を強かに叩きつけた。
「うっ……いっ……」
痛みに呼吸が一瞬止まった。
全身を打ち付ける痛みに、体にのしかかる重みと、殺されるかもしれない恐怖に体を固くした時だった。
ピュルルルル……ピュルル……ビュルルル……ルル……
か弱くも可愛らしい鳴き声が耳元で聞こえた。
苦しいのか途切れ途切れなそれに、レティリアは目を丸くする。
そっと視線を向けると、どうにか足に力を入れて起き上がろうとしてる。
だが、上手くいかずレティリアに体重をかけた。
数トンはあるだろう体重に、身体強化をしていてもぐっ……と苦しさに声が漏れる。
ピュル……ピュルル……
まるで謝っているかのような小さく弱々しい声に、レティリアは眉を下げた。
「………………君……は……」
レティリアの声に合わせて視線を合わせるハルピュイア。
それに目を見開いた。
「…………まさか、特殊個体なの?」
ハルピュイアも深海の魔物で視力が退化している。
ガラス玉のような瞳は光の下に現れると反射して他人の目を焼くのだが、このハルピュイアはハイライトが入っていて、……レティリアとしっかり目が合っていた。
目撃情報が極端に少ないハルピュイアは、通常盲目と思われている。視力がある特殊個体かと思ったが、そう判別する材料すら少ない状況だから判別もつけにくい。
ソッと手を伸ばすと、ハルピュイアは頭を擦り付けるようにその手に擦り寄り目を瞑る。
その時、バキッと壁を破壊する音が響き、体が振動でブルリと震える。
「レティ!!」
「え……なに……」
爆音と共に、まるで怒鳴るような声。
ハルピュイアを支えながら顔だけ向けると、息を切らし、青ざめたヴェルクレアがそこにいた。
「っ! レティ……!」
走ってくると、壁を破壊した振動でリバイアサンの体が反応し、巨大な足が振り下ろされる。
それを難なくヴェルクレアが片腕で払うと、足が吹き飛び壁に当たった。
「わー!! リバイアサン!! 素材がっ!!」
「素材がじゃないでしょ! レティ、怪我は?!」
大丈夫なの?! とハルピュイアをレティリアの上から避けて抱き起こすと、キョトンとヴェルクレアを見上げる。
「………………なんでここに?」
「解体中の魔物の腹から生きてる魔物が現れたって緊急連絡が入ったの! だから……」
「…………あっ! 時間!!」
バッ! と壁にかかっている時計を見ると、解体開始からすでに25分を超えていた。
ひぇ……と声を漏らして、レティリアはウィリアムを見る。
「先輩やばい! 30分なる!! とりあえずハルピュイア……あー」
チラッと見ると、フルフルしている魔鳥がレティリアを見ている。その悲しげな姿に、ぐっ……と顔を歪ませる。
「っ……ひ、控え室、に……」
「なぁんで控え室なのよ?!」
思わず叫ぶヴェルクレアに嫌そうな顔をする。
レティリアだって、この瀕死のハルピュイアをどうすればいいか分からない。
あまりにも感情表現豊かにレティリアを見るのだ。
「………………うぅ、ヴェルさん……端で、回復してあげて……」
「……………………魔物、を?」
「…………うん」
二人の間で微妙な空気が漂い、静まり返るが、周りは相変わらず騒がしい。
ウィリアムは数人の解体班をいち早く作って、吹き飛ばされたリバイアサンの状態を確認。
中には振動による反射の攻撃に吹き飛ばされ、回復術師が慌てて処置に回る姿がある。
回復術師は、何やらおかしい事になっているぞ? と首を傾げて回復をしていた。
その傍ら、駆けつけた騎士達はリバイアサン、レティリアとヴェルクレア、ハルピュイアを見比べて困惑している。
「…………なんだぁ? こりゃ」
「あ、ギルバート」
外で現役の古株騎士とギルバートが顔を突合せて手を上げ挨拶。
緊急事態のはずなのに、緊張感の欠片も無かった。
ゆったりと歩いてきて、惨状を見ると腕を組み眉をひそめた。
ギルバートがリバイアサンとその隣にいる魔鳥を見る。
そして一歩、ハルピュイアに近づき、頭を掴んで顔をあげさせる。
あまりに乱暴な行動だが、彼は元魔物討伐隊の体長だ。
魔物を見る目は長けている。
「……こいつぁ……」
キャルキュルと鳴くハルピュイアはチラチラとレティリアを見ていた。
殺されてもおかしくない状況なのに、心配そうに目を細めている。
「………………自我があるのか?」
全員の心臓がドクンと跳ねた。
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