『魔物解体と奢られ飯』 今日も回復術師のおっさんに奢られる。

くみたろう

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第3章

6話 S級リバイアサン 5


「レティ!」
 
 ウィリアムの声が飛んで、レティリアはハッと顔を上げた。
 端では回復術師たちが吹き飛ばされている先輩達の応急処置をしている。

 
 いつの間に吹き飛ばされていたのだろうかと目を丸くしていると、騎士たちは反射の攻撃に備えて持ち場につきはじめている。ギルバートは全体を見渡して、的確に指示を出していた。

  リバイアサンの巨大な体の周囲に、急ぎで解体の体制が整っていく。
 レティリアは、よし、とひとつ息を吸って前に出ようとした。

 そのとき、不意に腕を掴まれた。
 びくりと肩が跳ねて、振り向いた先には、ヴェルクレアの顔。
 やわらかいのに、どこか切実な目をしていた。


「……レティ、本当に、大丈夫なんだろうね?」


 その手は、ふだんの彼からは考えられないほど強く握られていた。
 それだけで、ヴェルクレアの不安が全部伝わってくるようで、レティリアは息を呑む。

 ただでさえ、ハルピュイアに押しつぶされかけたばかりで、それを目の前で見ている。
 リバイアサンは振動に反応して反射攻撃を放つから余計だろう。危険が隣り合わせ。
 解体が、そんなに危ないと思っていなかったヴェルクレアは、今の状況に酷く困惑していた
 その壮絶な解体現場に、ヴェルクレアの顔は不安に染まる。

 こんな状況でレティリアが解体をする。
 まだ腕が治ったばかりだし、戦場に出ているヴェルクレアは、それがどれだけ危険なことか一番よくわかっている。

「……怒ってるわけじゃない。けど……心配してるんだ。すぐに怪我をするし、怒る理由があるくらい、きみが危なっかしい」

  ゆっくり、静かに、それでも真っすぐな声だった。
 レティリアは何も言えなくて、ただ見つめ返す。


 でも、ここで止まってはいけない。
 誰よりも、自分がリバイアサンの構造を知っている。
 自分がやらなければ、誰も安全に終わらせることはできない。

 レティリアはそっと、掴まれたヴェルクレアの手の上に、自分の手を重ねた。

 「……やるよ。終わったらちゃんと、怒られてあげる」

 その言葉に、ヴェルクレアは目を伏せ、ふっと小さく笑った。
 そして、ぽん、とレティリアの肩を軽く叩いた。

 「じゃあ……絶対に無理だけはしないで。無事に終わらせること。いいね?」

 レティリアは頷いた。
 リバイアサンの足のほうは、ウィリアムが既に始めている。騎士たちも前に出て、リバイアサンの振動に備えて武器を構えていた。

 レティリアは深く息を吸い込むと、作業台の上に向き直り、手を上げて叫んだ。


 「腹の解体から始めるよ、振動たてるから……みんな何とかしてね」

 この緊迫した現場の中、レティリアの声が響く。
 あまりにも危機感なく日常的な言い方は、聞く人の無駄に入っていた力を抜いた。

 「なんとかって……」と困惑する視線がレティリアに集まる中、解体中のおじさんたちは豪快に笑う。

 「おー、ほら、こっちからも行くぞ」

 そう、笑いながらナイフを入れるサンダーイ。
 その振動に、また尾が揺れて騎士が押さえつける。

 「わざと振動たてないでよ、下手くそなの?」

 「S級解体師相手に下手くそってお前ー」

 相変わらずの軽い調子でギャハギャハ笑うおじさんたち。
 だが、その指先は繊細で、刻一刻とすぎる時間の中で、出来るだけ素材を切り離していく。


 煌めく鱗に取り掛かろうと、数人の解体師がナイフを寝かせて皮膚から取り除き、その振動で吹き飛ばされる。
 何が楽しいのか、またすぐに笑いながら、鱗を剥がす姿に、部外者の騎士や回復術師は化け物を見るような目付きで背中に張り付く解体師をみていた。

「くるよ」

 全員が一気に飛び跳ね、後ろに避ける。
 いちばん近い場所には、ハルピュイアがいて、ハッ! と目を見開いた。
 だが、すぐ側にはヴェルクレアがいる。

 また、腕一本で飛んできた腕を跳ね除けたが、今回は服が破れた。
 現れる鍛え抜かれた筋肉に、レティリアの視線が一瞬奪われる。


 コクン…………


 喉がなったのが、自分でもわかった。

 
 「………………あれはいい筋肉」


 理想的な筋肉を前にして、欲望がむき出しになったが、視線を逸らしすぐに作業に集中し直す。
 あがりすぎた筋肉愛を無理やり押し込み、目の前の魔物、リバイアサンに向き合おうと意識を向けた。

 見られていたなど知らないヴェルクレアは、騎士数人に力を借りてハルピュイアを端に寄せてじ状態を見る。
 討伐対象である魔物を回復するとはねぇ……と苦笑しながらも少しねばっとした羽を触った。

 キュルキュル……と喉からなる痛々しい声と、潤む紫の瞳。
 それは、レティリアの瞳を見ているみたいな錯覚が起きそうで、ため息を吐く。


 「…………さぁ、治そうかね」
 
  優しく頭を撫でてから、呻くハルピュイアに手をかざした。
 魔力の流れと共に、魔鳥の傷が僅かずつ癒えていく様子が、魔力の揺れで感じ取れた。


---

 (あと……三十分……)


 気付けば、解体場はとんでもない有様だった。
 振動の反射で跳ね上がった肉塊、倒れた器材、吹き飛ばされた人間たち。

 ウィリアムが必死で回復班と連携しながら下半身の処理を進め、ギルバートが重々しい声で指示を飛ばしている。

 レティリアは、ぐっと拳を握った。

 「まだ間に合う……大丈夫、大丈夫。先輩、足の血管切り終わってる?」

 「あと少し!腹は終わったか?上からの解体かなり進んでるから、全体重が内蔵を圧迫すんぞ」

 「ん、了解。内蔵優先で処理する」

 解体用の長剣をベルトから引き抜き、躊躇なくレティリアはリバイアサンの腹に踏み込んだ。


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