56 / 122
第3章
6話 S級リバイアサン 5
「レティ!」
ウィリアムの声が飛んで、レティリアはハッと顔を上げた。
端では回復術師たちが吹き飛ばされている先輩達の応急処置をしている。
いつの間に吹き飛ばされていたのだろうかと目を丸くしていると、騎士たちは反射の攻撃に備えて持ち場につきはじめている。ギルバートは全体を見渡して、的確に指示を出していた。
リバイアサンの巨大な体の周囲に、急ぎで解体の体制が整っていく。
レティリアは、よし、とひとつ息を吸って前に出ようとした。
そのとき、不意に腕を掴まれた。
びくりと肩が跳ねて、振り向いた先には、ヴェルクレアの顔。
やわらかいのに、どこか切実な目をしていた。
「……レティ、本当に、大丈夫なんだろうね?」
その手は、ふだんの彼からは考えられないほど強く握られていた。
それだけで、ヴェルクレアの不安が全部伝わってくるようで、レティリアは息を呑む。
ただでさえ、ハルピュイアに押しつぶされかけたばかりで、それを目の前で見ている。
リバイアサンは振動に反応して反射攻撃を放つから余計だろう。危険が隣り合わせ。
解体が、そんなに危ないと思っていなかったヴェルクレアは、今の状況に酷く困惑していた
その壮絶な解体現場に、ヴェルクレアの顔は不安に染まる。
こんな状況でレティリアが解体をする。
まだ腕が治ったばかりだし、戦場に出ているヴェルクレアは、それがどれだけ危険なことか一番よくわかっている。
「……怒ってるわけじゃない。けど……心配してるんだ。すぐに怪我をするし、怒る理由があるくらい、きみが危なっかしい」
ゆっくり、静かに、それでも真っすぐな声だった。
レティリアは何も言えなくて、ただ見つめ返す。
でも、ここで止まってはいけない。
誰よりも、自分がリバイアサンの構造を知っている。
自分がやらなければ、誰も安全に終わらせることはできない。
レティリアはそっと、掴まれたヴェルクレアの手の上に、自分の手を重ねた。
「……やるよ。終わったらちゃんと、怒られてあげる」
その言葉に、ヴェルクレアは目を伏せ、ふっと小さく笑った。
そして、ぽん、とレティリアの肩を軽く叩いた。
「じゃあ……絶対に無理だけはしないで。無事に終わらせること。いいね?」
レティリアは頷いた。
リバイアサンの足のほうは、ウィリアムが既に始めている。騎士たちも前に出て、リバイアサンの振動に備えて武器を構えていた。
レティリアは深く息を吸い込むと、作業台の上に向き直り、手を上げて叫んだ。
「腹の解体から始めるよ、振動たてるから……みんな何とかしてね」
この緊迫した現場の中、レティリアの声が響く。
あまりにも危機感なく日常的な言い方は、聞く人の無駄に入っていた力を抜いた。
「なんとかって……」と困惑する視線がレティリアに集まる中、解体中のおじさんたちは豪快に笑う。
「おー、ほら、こっちからも行くぞ」
そう、笑いながらナイフを入れるサンダーイ。
その振動に、また尾が揺れて騎士が押さえつける。
「わざと振動たてないでよ、下手くそなの?」
「S級解体師相手に下手くそってお前ー」
相変わらずの軽い調子でギャハギャハ笑うおじさんたち。
だが、その指先は繊細で、刻一刻とすぎる時間の中で、出来るだけ素材を切り離していく。
煌めく鱗に取り掛かろうと、数人の解体師がナイフを寝かせて皮膚から取り除き、その振動で吹き飛ばされる。
何が楽しいのか、またすぐに笑いながら、鱗を剥がす姿に、部外者の騎士や回復術師は化け物を見るような目付きで背中に張り付く解体師をみていた。
「くるよ」
全員が一気に飛び跳ね、後ろに避ける。
いちばん近い場所には、ハルピュイアがいて、ハッ! と目を見開いた。
だが、すぐ側にはヴェルクレアがいる。
また、腕一本で飛んできた腕を跳ね除けたが、今回は服が破れた。
現れる鍛え抜かれた筋肉に、レティリアの視線が一瞬奪われる。
コクン…………
喉がなったのが、自分でもわかった。
「………………あれはいい筋肉」
理想的な筋肉を前にして、欲望がむき出しになったが、視線を逸らしすぐに作業に集中し直す。
あがりすぎた筋肉愛を無理やり押し込み、目の前の魔物、リバイアサンに向き合おうと意識を向けた。
見られていたなど知らないヴェルクレアは、騎士数人に力を借りてハルピュイアを端に寄せてじ状態を見る。
討伐対象である魔物を回復するとはねぇ……と苦笑しながらも少しねばっとした羽を触った。
キュルキュル……と喉からなる痛々しい声と、潤む紫の瞳。
それは、レティリアの瞳を見ているみたいな錯覚が起きそうで、ため息を吐く。
「…………さぁ、治そうかね」
優しく頭を撫でてから、呻くハルピュイアに手をかざした。
魔力の流れと共に、魔鳥の傷が僅かずつ癒えていく様子が、魔力の揺れで感じ取れた。
---
(あと……三十分……)
気付けば、解体場はとんでもない有様だった。
振動の反射で跳ね上がった肉塊、倒れた器材、吹き飛ばされた人間たち。
ウィリアムが必死で回復班と連携しながら下半身の処理を進め、ギルバートが重々しい声で指示を飛ばしている。
レティリアは、ぐっと拳を握った。
「まだ間に合う……大丈夫、大丈夫。先輩、足の血管切り終わってる?」
「あと少し!腹は終わったか?上からの解体かなり進んでるから、全体重が内蔵を圧迫すんぞ」
「ん、了解。内蔵優先で処理する」
解体用の長剣をベルトから引き抜き、躊躇なくレティリアはリバイアサンの腹に踏み込んだ。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
空港清掃員58歳、転生先の王宮でも床を磨いたら双子に懐かれ、国王に溺愛される
木風
恋愛
羽田空港で十五年、黙々と床を磨いてきた清掃員・田中幸子(58)は事故死し、没落寸前の子爵令嬢エルシアとして転生する。
婚約破棄の末に家を追われた彼女が選んだのは、王宮の清掃員――前世の技で空気まで変わるほど磨き上げていく仕事だった。
やがて母を亡くした双子王子王女に懐かれ、荒れた執務室の主である喪中の国王とも距離が縮まり……。
「泣くなら俺の胸で」――床も心も磨き直す、清掃令嬢の溺愛成り上がり。
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした
こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】
伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。
しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。
そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。
運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた――
けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった――
※「小説家になろう」にも投稿しています。
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
「妾の子だから」と呑気に構えていたら、次期公爵に選ばれました
木山楽斗
恋愛
父親であるオルガント公爵が大病を患った、その知らせを聞いた妾の子のヘレーナは、いい気味であるとさえ思っていた。
自分と母を捨てた父のことなど、彼女にとっては忌むべき存在でしかなかったのだ。ただ同時にヘレーナは、多くの子がいるオルガント公爵家で後継者争いが起こることを予感していた。
ただヘレーナは、それは自分には関係がないことだと思っていた。
そもそも興味もなかったし、妾の子の中でも特に存在感もない自分にはそんな話も回ってこないだろうと考えていたのだ。
他の兄弟達も、わざわざ自分に声をかけることもない。そう考えていたヘレーナは、後継者争いを気にせず暮らすことにした。
しかしヘレーナは、オルガント公爵家の次期当主として据えられることになった。
彼の兄姉、その他兄弟達が彼女を祭り上げたのだ。
ヘレーナはそれに困惑していた。何故自分が、そう思いながらも彼女は次期当主として務めることになったのだった。
※タイトルを変更しました(旧題:「どうせ私は妾の子だから」と呑気にしていたら、何故か公爵家次期当主として据えられることになりました。)
平凡な令嬢と平凡じゃない友人たち
ぺきぺき
恋愛
身分問わず優秀な学生が通う、王立学園。その中で目立たない茶髪にハシバミ色の瞳を持ち、真ん中よりちょっと下くらいの成績の、平凡な伯爵令嬢であるはずのセイディ・ヘインズはなぜか学園の人気者たちに囲まれて平凡ではない学園生活を送っていた。
ーーーー
(当社比)平凡なヒロインと平凡じゃない友人たちが織り成す恋愛群像劇を目指しました。
カップル大量投入でじれもだラブラブしてます。お気に召すカップルがいれば幸いです。
完結まで執筆済み。
一日三話更新。4/16完結予定。