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6.橋の上のコロウ
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しおりを挟む顔を上げた直後に、ずいっと鼻先へ何かを突きつけられる。近すぎて焦点が合わないけど、どうやら手のひらに乗るほどの白い球体のようだった。
「え? これって……?」
「猫又の卵」
「ねこまたのたまご?」
猫又というのは、妖怪の一種だったはず。ヒノモトにも存在することは知らなかった。たしか尻尾の先が二つに分かれた猫だと思うけど、それと卵という言葉が結びつかない。猫は哺乳類だから、卵からは生まれないはずだ。
「全部のエリアでランダムに出現するって話、知らないのか? 要はペットだな、ペット。陰陽師が使ってる式神みたいなやつ」
「ああ」
陰陽師という職業のアバターには、たまに街ですれ違ったり、戦闘しているところを見掛けたりする。たしかに、半透明の鳥や狐や鎧武者のようなものが肩のあたりにへばりついていたような気がした。
「で、どうしてそれを僕に?」
「……ん? ん、ああ。そいつ、アンタが助けたから」
「え?」
どういうことだろう。まったく身に覚えがない。目をぱちぱちさせる僕に「月蝕の泉でのときだよ」と、卵を持たないほうの手を首の後ろに回して髪をわしゃわしゃしながら、鬼面が説明してくれる。
「ちょうど泉の真ん中の底のほうで、猫又の卵が出現したのを見たんだ。放置してるとそのうち消える仕様だから、誰か欲しいやつがいるなら教えてやろうと思ったんだけど、しばらく待っても誰もこねぇから……仕方なく、俺が泉に飛び込んで。そんで、まあ、あとはアンタが見たとおり」
「ああ、そういうことだったんだ。どうしてあんなところにひとりで突っ立ってたんだろうって、ずっと気になってたんだ……ですよ」
うっかり敬語が抜けてしまったことに気づいて、おかしな語尾をつけてしまった。「いいよ、普通で」と、鬼面が吹き出す。見た目が年上の人に対して友人のように話すのは少し抵抗があるけど、相手がいいと言うのならと、お言葉に甘えることにした。
「えっと、でも、それだと猫又を助けたのは僕じゃなくて君じゃない?」
泉で彼が胸元になにかを抱えていることには気づいたけど、きっとあれが猫又の卵だったんだろう。そうなると、その時点で卵は彼の所有物――つまり所持アイテムになっているはず。仮にそのあとで鬼面が毒によって死んだとしても、卵が所持品から消えるようなことはない。
だから僕が鬼面の体力を回復したことが、猫又の救いになるとは思えなかった。そんな僕の疑問に、鬼面が首を振る。
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