戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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禁欲だな@ウェストコースト

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「いやー、近間さんに来てもらえて、ほんっと助かりました」
 日本大使館広報文化班の牧田慎吾は、近間を拝むように合掌した。
 近間と牧田を乗せた大使館車は、シンガポール日本人学校中学部ウェストコースト校の駐車場を出て、車道へ入る。
 シンガポール日本人学校では、生徒に将来の目標を考えさせるため、様々な職業の在留邦人を招いて職業紹介をしてもらうという特別授業を行っている。
 日本大使館からは、近間の他に、大使、国土交通省のキャリア官僚である三宅里奈、警備班で勤務する山梨県警の警察官が既に講演を実施していた。
 牧田は一連の講演の日本人学校との調整役である。 
「役に立てたなら良かったです」
「大助かりでしたよ。近間さんって話上手いし。自衛隊のエピソードって笑いあり涙ありだし。正直、大使の講演の時より盛り上がってましたから!」
「それ、大使に言っちゃだめですよ」
「口が裂けても言えませんよー。特に女の子達、きゃーきゃー言いっぱなしでしたからね」
「はは。自衛官に会う機会なんて滅多にないだろうからね」
「違いますよ。近間さんがイケメンだからです! 制服姿だと更にイケメンだし。イケメンのパイロットなんて、騒がれて当然です!」
 何を力説しているのか。イケメンイケメンとうるさい。
 容姿を褒められるのが嫌いな近間は、内心うんざりする。
 牧田の専門はドイツ語だが、お喋り好きなためか語学能力に長け、中国語やマレー語も堪能な外交官だ。20代後半だが、軽薄と言ってもいいほどノリが軽いので、下手をすれば大学生に見える。
 そういえば、こいつって直樹と同い年だよな。
 直樹も子供っぽいところはあるが、牧田に比べると随分落ち着いているし、大人の男だ。
 あいつ、スーツ似合うし、いかにも仕事のできる商社マンって感じだからな。
 帰国子女だけあって、自分の要求は遠慮せず口に出すし。高級なレストランやバーでも堂々としているし。
 近間はそっとため息をつく。
 考えていると、会いたくなってきた。

 最後に会ったのは先週の月曜日の夜だ。
 デートの後、愛車のBMWで直樹をアパートまで送って行った。赤信号で車を一時停車させた瞬間、シフトレバーを握る手を取られ、掠めるようにキスをされた。
 サプライズだったその柔らかい感触を思い出し、無意識に唇に手をやる。
 火曜日以降は仕事がばたついていて、週末は直樹がマレーシアに出張していたので、近間は一人でトレーニングをして過ごした。
 週が明けて今日は火曜日。会いたいが、今夜は大使館の送別会がある。
 明日は米国大使館との会食があるし、明後日は大使公邸の会食に出席しなければならない。
 週末までお預けか。考えていると暗い気分になってきた。

「いやー、しかし日本の中学生に比べてやっぱり大人びてましたよね。みんな顔つきも大人っぽいし、発育も早いし。俺が中学の時とか、いがぐり頭で鼻水垂らしてましたよ。あはは」
 どんな田舎の中学生だ、それ。
 喋り続けている牧田に内心でつっこみを入れながら、仕事でもしようとiPadを開いた。
 メールボックスを開いて、溜まっているメールをチェックしていると、ポップアップが新着メールの受信を告げた。その件名を見て、近間の心臓がどくんと跳ねた。
「Schedule for Your Flight Training」 
 興奮しながらメールを読んでいると、スマホが着信を告げた。
 メールの差出人、シンガポール空軍司令部渉外部のマーティン中佐からだ。
「牧田さん、電話、出てもいいですか?」
「勿論、どうぞどうぞ」

「Hi, Martin! How are you doing?」
「Hi, Jo, I’m OK. I know you were really waiting for my mail, ya?」
 陽気なシングリッシュが流れ込んでくる。
 近間も軽快に返した。
「勿論! いつだって飛びたくてうずうずしてるんだ」
「だろうね。うちの連中も、君と飛ぶのを心待ちにしているよ」
「シンガポール空軍の協力に心から感謝するよ」
「お互い様だ。日本に赴任中のこちらのパイロットも、空自で飛行訓練をさせてもらっているんだから」
「ああ、すごくわくわくする。楽しみで待ちきれないよ」
「日程は、メールで送った通りで問題ないかな?」
「すぐに上司の了解を取る」
「OK了。日本のイーグルドライバーはナイスガイだって、部隊は今から盛り上がってるよ」
「はは。ご期待に沿えるよう頑張るよ」
「じゃあ、詳細はまた連絡するから」
「OK、ありがとう」
「バイ」
 電話を切ってからも、興奮が冷めやらない。
 嬉しすぎる。なにせ、半年ぶりのフライトだ。
「近間さんって、英語話してる時ちょっと人格変わりますよね。なんか海外ドラマ見てるみたいでした」
 牧田がおかしそうに言う。
「牧田さんだって、ドイツ語話してる時は、頑固な親方って感じになってますよ」
「はは。ドイツ語って、胸逸らして喋りたくなる言語なんですよね。近間さんはイケメンだし、フランス語とか似合いそうです」
 直樹に会えないことで落ち込んでいた気分が上昇気流に乗り、牧田の軽薄な会話も気に障らない。現金なものだ。

 パイロットは継続した錬成が必要な職種だが、海外赴任中は航空自衛隊の航空機を操縦することはできない。
 職務の性質上、防衛駐在官が任地を長期間離れることはできないため、飛行訓練のために日本に帰国するという制度もない。
 その事情はシンガポール国軍も同様である。
 現在、日本とシンガポールは、戦闘機パイロットのスキルを維持するために、パイロットの相互訓練プログラムを組んでいる。このプログラムにより、戦闘機パイロットである近間は、シンガポール空軍で飛行訓練を受けられるのだ。
 同じF-15戦闘機を運用している航空自衛隊とシンガポール空軍だからこそできる協力だ。
 飛行訓練は四半期に1回のみ。
 近間にとっては、赴任後初めての飛行訓練だ。

 車窓からシンガポールの青空を眺め、その空を切り裂く戦闘機のフォルムを想像する。
 飛べる。この空を。
 胸をどきどきさせながら、近間ははたと気づく。
 上昇していた気分バロメーターが、降下を始める。
 訓練は2週間。少なくとも開始日の1週間前からは。
「禁欲だな」
 声に出てしまっていたらしい。
 隣で牧田がふえっ?と変な声を出した。
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