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馬に乗ってそう@ヤクン・カヤトースト
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直樹は近間と並んで、パラゴンの地下に入っている飲食店を見て歩く。
「ヤクンにしましょうか。小腹も空いたし」
「いいね。トースト食べたい」
ポップな赤い看板を掲げるヤクン・カヤトースト(Ya Kun Kaya Toast)の店内へ入り、カウンターに並んだ。
「近間さんは何にします?」
「コーヒーとシュガーバタートースト」
「あ、いいですね。どうしようかな、シュガーバターもいいけど、フレンチトーストも美味いんですよね」
「おまえ、こういうとき優柔不断だよな」
「近間さんは決めるの早いですよね。うー迷う」
「フレンチにして、半分こすればいいだろ」
「あ、そっか」
近間といると、メニューを決めるだけでも楽しい。
店内は混雑していて、二人席は空いてなさそうだ。直樹は、6人用テーブルに座っている2人組の女の子に英語で声をかけた。
「相席いいですか?」
「あ、はい、どうぞ!」
高校生くらいだろうか。アジア人らしい長い黒髪を垂らした女の子は、すぐに椅子に乗せていたバッグをどけてくれる。
丁寧に礼を述べて、直樹は近間と向かい合わせに座った。
「やっぱここのトースト美味いよな」
近間は香ばしく焼かれたトーストを美味しそうに食べている。
「定番の味ですよね。日本だとおやつにトーストなんて食べないですけど、結構ハマります」
「確かに。こっち来てからよくパン食うようになったな」
トーストとコーヒーを楽しんでいると、隣の女の子の会話が聞こえてきた。
それまで英語でおしゃべりしていたのが、突然中国語になったと思ったら、密談でもするように顔を寄せ合っている。
ひそひそ声だが、相席なのでどうしても耳に入ってしまう。
「隣、二人とも日本人だよね」
「うん、日本語喋ってる」
「エマの隣の人、すごくオシャレでいい感じ」
「背高いしね。めっちゃ高そうな時計してる。ていうか、メイメイの隣の人も、ありえないくらいカッコいいんだけど」
「そんなに? さっき一瞬しか見てなかった。見たいけど、横から顔見たら失礼だよね」
「それは失礼だよ。でも本当かっこいい。馬に乗ってそう」
「馬?」
「白馬。リアル王子様」
直樹は吹き出しそうになる。
まさか、隣の日本人が中国語を理解するとは思っていないのだろう。盛り上がりの女子トークである。
「えー、余計見たい。帰る時絶対見る」
「そうしな。ほんと王子だから。写真撮りたいくらい」
「盗撮禁止」
「分かってるって。じゃあ一緒に撮ってって頼んでみる?」
「引かれるからやめなって」
自分が話題になっているとは思っていないのだろう。近間はもぐもぐとシュガーバタートーストを食べている。
悪いことは言われていないし、面白い掛け合いなのだが、これ以上盗み聞きする気もなかった。
「ごめん、写真はやめてね」
直樹が中国語で口を挟むと、二人は目を真ん丸にした。
「え、やだ、あたし、てっきり」
「うそ、全部聞かれてた? 恥ずかしすぎ」
二人はあたふたと言い合ったあと、揃って頭を下げた。
「对不起(ドゥイブチー)!」
挨拶程度の中国語は知っている近間は、突然の「ごめんなさい!」に驚いて女の子二人を見ている。
「この子たち、何かしたのか?」
「何もしてませんよ」
「なんで急に俺らに謝ってんの」
「後で説明します」
直樹は、恐縮しきっている二人に向き合った。
「もういいから、顔上げて。この人、こんなことで怒ったりしないし。でも、誰がどの言語を喋れるか分からないから、今度から気をつけな」
「はい。すみませんでした。あたしたち、先に失礼します」
立ち上がる二人に、直樹は片目をつぶってみせた。
「でも、王子様っていうのは納得。乗馬してそうだよね、この人」
いたずらっぽく言うと、二人は赤面してきゃあきゃあ言いながら、店を出て行った。
軽食を終えた直樹と近間は、店を出てパラゴンの駐車場に向かう。
「で、さっきのはなんだったんだ?」
「んー内緒です」
直樹は首を傾げてみせる。細かく説明するような話でもない。
「なんだよそれ」
近間は不服そうだが、しつこくは訊いていなかった。
人の心を読むのに長けている人だ。言葉は解さずとも、雰囲気や仕草で大体のところは分かっているのだろう。
「そういえば近間さん、馬って乗ったことあります?」
「なんだよ急に。家族で信州旅行した時、乗馬体験したことあるけど」
歩きながら、近間は数メートル先にある愛車のドアロックを解除する。ネイビーのBMWは返事をするようにヘッドライトを光らせた。
「白馬でした?」
「色なんか覚えてない。母親と末の弟が、王子だ王子だって騒いでうるさいから、すぐやめたし」
それを聞いて、直樹は今度こそ噴き出した。
「笑うなよ、そういうノリなんだよ、うちの家族」
「いや分かります。近間さん確かに王子様っぽいですから」
「30超えたおっさんに王子様はないだろ」
「ウィリアム王子は35歳ですよ」
「本物の王子と比べてどうするよ」
トランクに荷物を入れてから、直樹は、近間のために運転席の扉を開いた。腰を折って、どうぞという仕草をする。
「何歳になっても、近間さんは俺の王子様ですよ」
近間は微笑むと、直樹の頬に素早くキスをした。
「おまえもな」
キスはバターと砂糖の甘い香りがした。
「ヤクンにしましょうか。小腹も空いたし」
「いいね。トースト食べたい」
ポップな赤い看板を掲げるヤクン・カヤトースト(Ya Kun Kaya Toast)の店内へ入り、カウンターに並んだ。
「近間さんは何にします?」
「コーヒーとシュガーバタートースト」
「あ、いいですね。どうしようかな、シュガーバターもいいけど、フレンチトーストも美味いんですよね」
「おまえ、こういうとき優柔不断だよな」
「近間さんは決めるの早いですよね。うー迷う」
「フレンチにして、半分こすればいいだろ」
「あ、そっか」
近間といると、メニューを決めるだけでも楽しい。
店内は混雑していて、二人席は空いてなさそうだ。直樹は、6人用テーブルに座っている2人組の女の子に英語で声をかけた。
「相席いいですか?」
「あ、はい、どうぞ!」
高校生くらいだろうか。アジア人らしい長い黒髪を垂らした女の子は、すぐに椅子に乗せていたバッグをどけてくれる。
丁寧に礼を述べて、直樹は近間と向かい合わせに座った。
「やっぱここのトースト美味いよな」
近間は香ばしく焼かれたトーストを美味しそうに食べている。
「定番の味ですよね。日本だとおやつにトーストなんて食べないですけど、結構ハマります」
「確かに。こっち来てからよくパン食うようになったな」
トーストとコーヒーを楽しんでいると、隣の女の子の会話が聞こえてきた。
それまで英語でおしゃべりしていたのが、突然中国語になったと思ったら、密談でもするように顔を寄せ合っている。
ひそひそ声だが、相席なのでどうしても耳に入ってしまう。
「隣、二人とも日本人だよね」
「うん、日本語喋ってる」
「エマの隣の人、すごくオシャレでいい感じ」
「背高いしね。めっちゃ高そうな時計してる。ていうか、メイメイの隣の人も、ありえないくらいカッコいいんだけど」
「そんなに? さっき一瞬しか見てなかった。見たいけど、横から顔見たら失礼だよね」
「それは失礼だよ。でも本当かっこいい。馬に乗ってそう」
「馬?」
「白馬。リアル王子様」
直樹は吹き出しそうになる。
まさか、隣の日本人が中国語を理解するとは思っていないのだろう。盛り上がりの女子トークである。
「えー、余計見たい。帰る時絶対見る」
「そうしな。ほんと王子だから。写真撮りたいくらい」
「盗撮禁止」
「分かってるって。じゃあ一緒に撮ってって頼んでみる?」
「引かれるからやめなって」
自分が話題になっているとは思っていないのだろう。近間はもぐもぐとシュガーバタートーストを食べている。
悪いことは言われていないし、面白い掛け合いなのだが、これ以上盗み聞きする気もなかった。
「ごめん、写真はやめてね」
直樹が中国語で口を挟むと、二人は目を真ん丸にした。
「え、やだ、あたし、てっきり」
「うそ、全部聞かれてた? 恥ずかしすぎ」
二人はあたふたと言い合ったあと、揃って頭を下げた。
「对不起(ドゥイブチー)!」
挨拶程度の中国語は知っている近間は、突然の「ごめんなさい!」に驚いて女の子二人を見ている。
「この子たち、何かしたのか?」
「何もしてませんよ」
「なんで急に俺らに謝ってんの」
「後で説明します」
直樹は、恐縮しきっている二人に向き合った。
「もういいから、顔上げて。この人、こんなことで怒ったりしないし。でも、誰がどの言語を喋れるか分からないから、今度から気をつけな」
「はい。すみませんでした。あたしたち、先に失礼します」
立ち上がる二人に、直樹は片目をつぶってみせた。
「でも、王子様っていうのは納得。乗馬してそうだよね、この人」
いたずらっぽく言うと、二人は赤面してきゃあきゃあ言いながら、店を出て行った。
軽食を終えた直樹と近間は、店を出てパラゴンの駐車場に向かう。
「で、さっきのはなんだったんだ?」
「んー内緒です」
直樹は首を傾げてみせる。細かく説明するような話でもない。
「なんだよそれ」
近間は不服そうだが、しつこくは訊いていなかった。
人の心を読むのに長けている人だ。言葉は解さずとも、雰囲気や仕草で大体のところは分かっているのだろう。
「そういえば近間さん、馬って乗ったことあります?」
「なんだよ急に。家族で信州旅行した時、乗馬体験したことあるけど」
歩きながら、近間は数メートル先にある愛車のドアロックを解除する。ネイビーのBMWは返事をするようにヘッドライトを光らせた。
「白馬でした?」
「色なんか覚えてない。母親と末の弟が、王子だ王子だって騒いでうるさいから、すぐやめたし」
それを聞いて、直樹は今度こそ噴き出した。
「笑うなよ、そういうノリなんだよ、うちの家族」
「いや分かります。近間さん確かに王子様っぽいですから」
「30超えたおっさんに王子様はないだろ」
「ウィリアム王子は35歳ですよ」
「本物の王子と比べてどうするよ」
トランクに荷物を入れてから、直樹は、近間のために運転席の扉を開いた。腰を折って、どうぞという仕草をする。
「何歳になっても、近間さんは俺の王子様ですよ」
近間は微笑むと、直樹の頬に素早くキスをした。
「おまえもな」
キスはバターと砂糖の甘い香りがした。
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