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1章 追放と受け入れ
14話② 【Side】街に魔物の群れが接近。
しおりを挟むハイネがマルテシティを出ていってから数週間後が経過した頃。
『剣聖』の称号を手にし、広く大衆から、賞賛と期待の目を向けられた少女、ナタリア・マルテはしかし、一人苦悩の日々を送っていた。
ハイネ・ウォーレンという、元底辺聖職者を思ってのことだ。
彼にもらった銀の腕輪を見つめて、ナタリアはため息をついた。
彼が追放されたのは自分のせいかもしれない、と今さら後悔をしてしまう。
そもそも自らの父であるマルテ伯爵が、彼を快く思っていないことをナタリアは知っていた。
「あんな底辺男に入れ込んで、なにになる?」
などと、仲睦まじげに接したせいで、何度も苦言を呈された。
それでも、とことん彼の人柄に惹かれていたナタリアは、彼との時間を諦めなかった。
その結果が、こうだ。
魔力付与がなされなかったこともあろうが、彼を自分から切り離すためだとも、ナタリアは感じていた。
魔力付与式は、ただ魔法を使えるようになるのみでなく、成人の儀式にもあたる。
最近では、公務を任されることも出てきたが、どれも手につかない。
(…………ちゃんとご飯食べられてるかしら)
なんて、静かな執務室で物思いに耽って、毛先までしっとり輝かしいブロンドヘアを指でとく。
「……そんなわけがないだろう!」
そこへ怒声が聞こえてきたのは、急のことだった。
声の主は、父であるマルテ伯爵だ。
どうかしたのかしら、とナタリアは耳をそば立てる。
「街に魔物が接近している? なぜだ? ここ十年、そんなことはなかったではないか。魔物に狙われぬ安全な街。それこそがマルテシティの良きところだろう」
「残念ながら……事実でございます。今日も、守衛のものが総出で、魔物の対処にあたったくらいですから。
現場のものは、特段変わったことはしていないと申しておりますが…………、あるとするなら一つだけ」
「なんだ、申してみよ」
「…………街を囲っている防御柵についていた護符が変わったと、教会の者が申していました」
「ははっ、笑わせるな。聖職者風情が作った護符に、魔物を払う力などあるまい」
マルテ伯爵の言い分に、違いはなかった。
聖職者になるものは一般に、あまり魔力適正を持たない。
そのため、護符は単なる形式的なもので、魔物を祓う実効果はない。
……あくまで、一般的には。
だが、ハイネの願ったそれは違った。
ハイネ本人すら知覚していなかったが、女神の加護が、たしかに乗っていたのだ。
「…………ハイネの作ってた護符だ。ハイネが、街を守ってくれてた……?」
いちはやく、その事実に気づいたのら、ナタリアただ一人だった。
彼女は、知っていた。
夜寝る時間さえ削って、ハイネが真摯に祈りねがってきた事実を、その姿を。
どくどくと鳴り出す胸をひっそりと抑える。
「そんなもん関係あるわけない!」
と、父たるマルテ伯爵が吠える声が、壁の奥からするが、ナタリアはもう確信に至っていた。
たまらなくなって、隣の部屋へと乗り込む。
「なんだ、ナタリア。突然入ってきて」
「……話、聞こえてきてたわ。その護符、ハイネ・ウォーレンが作っていたものに違いありません、お父さま」
「そんなわけがなかろう! お前はまだ、あの呪われた底辺野郎に固執しているのか!」
忌々しい、娘をたぶらかすだけのカスが、などと吐き捨てられる。
それが、ナタリアが必死に隠してきた心の鍵を壊してしまった。
「ハイネはそんな人じゃないわ!! 保身ばっかり、汚い商売ばっかりのお父さまに、否定される筋合いはないっ!!!」
我慢の限界になり、ナタリアは売り言葉を買ってしまう。
その場は周りにいた部下たちにより収められたが、親子の深い禍根が露わになったのだった。
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