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1章 追放と受け入れ

14話③ 【Side】ナタリア嬢は父に愛想を尽かして、家を出る。

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さらに数日、マルテ邸にもたらされた報告は、伯爵にとって実に気に入らないものだった。

蓄えた髭をしきりに触り、報告に上がった部下へ、尊大に顎を振り促す。

「……あの呪われた男の作った護符が、魔物を避けていた可能性が高い。…………貴様、それは本当か」
「はい……、あれから総力を上げて調査を行いましたが、もうそれ以外に理由が考えられません…………」


普通、街は山あいの場所では、大きく発展できない。

山には、魔物が巣食っていることが多いため、侵入され、破壊されることがまま起こるためだ。

だが、マルテシティは、すぐ両脇を山が囲う盆地の上にあるにもかかわらず、なぜか(・・・)魔物の脅威を避けられていた。

自然の豊かな恵みを享受しつつも、安全であった。
だからこそ、街は天災を乗り越えたのち、10年で急速な発展を遂げられたのだ。

いわばハイネの祈りが作り出す安全が、街の基礎を、根幹を成していた。

なんの打算もない、ただ他人の幸福を祈る想いが。

「……不快な話だ、まったく」

けれど、マルテ伯爵はその可能性に気づこうともしない。
自らが積み上げた実績だとばかり思い込み、自分の懐に利益を溜め込んでいる。

「日を追うごとに、魔物の活動圏は、マルテシティに近づいております。このままでは、警備が難しくなるかと…………」
「仕方ない。ならば、しばらくだけ増員して対処せよ。むろん、おのおのの給金は引き下げる」
「…………なんと。それでは、警備隊の士気が下がるのでは」
「ワシに意見をするな!!」

真っ当な意見を述べた部下だったが、その一喝で、すっかり怯んでしまった。

背を伸ばし、ただ黙して頭を下げる。

この街においては、マルテ伯爵は絶対の存在だ。
青空を見ても、彼が赤といえば赤になる。

「警備にかけられる金は決まっておる。決して超えるでない。マルテ家の収入に関わるからな」
「……かしこまりました」
「ふん。次はないぞ、バカものが」

マルテ伯爵は、自らの権益をどうやって守ろうかと、それで頭がいっぱいだった。

自らの街を、「金のなる木」かのごとく考えているのだ。
どちらにせよ大切であることには違いないため、万一にも破壊されては困る。

果たして、このまま警備を増やすだけで、対応できるかどうか。

もっとも金がかからず、富を得られる方法はーーーー

マルテ伯爵はにやりと笑って、その部下へ告げた。

「……それから、あの呪われた男、ハイネ・ウォーレンを探して連れ戻せ。元の教会に突っ込んで、奴隷のように護符を作らせろ」
「か、かしこまりましたっ!!」
「ふん。分かったら、早急にここを立ち去れ」





聞くに堪えない、ひどいやりとりだった。

その一幕を、マルテ伯爵の一人娘・ナタリアはまたしても耳に入れていた。

今度は、部下からの報告があると知り、意図的に傍聴していたのだ。


(……やはりお父さまは、間違っている)


父の姿勢には、前々から疑問を持ってきた。

母が早くに亡くなっていることもあり、幼い頃こそ、父を信用し頼りきっていた。

けれど、まじめに勉学に励み大人になっていくにつれ、父への見方は悪いものへと変化していった。


だが、魔法のひとつも使えない自分になにか口出しをすることは火に油を注ぐことになりかねない。

そう思って堪えてきたが、それももうここまでだ。

(ハイネを捕まえて、またあの酷い環境に戻す……? 奴隷みたいに働かせる……? 絶対にさせないっ!)


ナタリアはもうこれ以上、間違えたくなかった。

ハイネが狙われているのに、自分の立場に囚われて、動けないようではいけない。

今度こそ、自分の心に正しく従おう。

彼との日々が嘘でなかった、と証明するために、それは必要なことだ。



ナタリアは、その決意をさっそく行動に移すことにした。



金目のものを手当たり次第かばんに突っ込んで、こっそり屋敷を後にする。


身分を隠すため、変装をしていたから、まさか本人に聞こえているとは知らずだろう。

「もともと横暴だとは思っていたがここまでとは……」
「はやくナタリア様に代替わりしてほしいなぁ」

なんて、配下の者たちが会話していたが、今は聞かなかったことにさせてもらう。


(……ずっと耐えてきたけど。私にだって、したいことがあるのよ)


ナタリアは、そのままマルテシティを後にした。

出奔したのだ。
地位をすべて捨てても大事な人である、ハイネ・ウォーレンを探すために。
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