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三章 火野カブ漬け
三章 火野カブ漬け(3)
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二
まさか、母が嫌がらせの容疑者とは思いもしなかった。
けれど、二人は仲が悪いのだから、ありえない話ではない。むしろ二十年以上も反目し続けていることを踏まえれば、真実味が増す。
二人の間に、昔なにがあったかは知らない。物心ついた頃には、疎遠な関係だったから私にはそれが当たり前のものだった。尋ねてみたことは何度かあったが、答えはその度はぐらかされてきた。
だからといって、こんな悪質な行為に走るまでとは思っていなかった。母の悪事を信じたくない気持ちが、私を駆り立てた。
「今日は、お先に失礼します」
土曜日、それなりにお客様も入って、忙しかったバイト終わり。お腹は空いていたけれど賄いは断って、私はすぐ帰路に着く。
もし母が犯人なら、家に同じようなカナカブ漬けがあるかもしれないと思ったのだ。
母が漬物を作っている姿は、中学生の頃だったかに見て、おぼろげに覚えていた。たしか、私のおばぁちゃんから教えて貰った方法だ、と硬くおっかない顔をして野菜を揉み洗っていた。おばぁちゃんのことが嫌いならば作らなければいいのに。こう正直に言ってしまいゲンコツを落とされた苦い記憶が蘇る。
というのも、母は祖母とも常に仲が悪かった。これも私にとっては普通のことだ。うんと背の低い頃から祖母の家に行く時は、一人で行かされた。
のちに叔母に聞いたところによれば、私の父と結婚する時に、大きく仲違いして家を出たきりだそうだ。同じ台東区内、目と鼻の先でも母は頑なに実家へ寄り付かなかったらしい。
それは祖父母が他界して、叔母が一人で住むようになった今も継続しているそう。
全く頑固にもほどがある。せめて父と離婚をしたあとに仲直りをすればよかったものを。
もしそれもしたくないほど忌々しかったのなら、なぜわざわざ直伝の漬物を作っていたのか。
全くもって分からない。中学生の頃よりはいくらか賢くなったつもりだけれど、今考えても同じ感想しかわかなかった。
「……漬物って言ったら普通はキッチンだよね」
家へ帰りついた、夜の十一時。母はもう寝室に下がっていて、リビングはしんと静かだった。
私は、音のカモフラージュとしてテレビのチャンネルをバラエティ番組に合わせてから、調査に乗り出す。
まず探ったのは、私にとっての大本命。冷蔵庫からだった。まるで業者がやるかのように、一つ一つ物を除いては精査していく。しかし、やってもやっても
「漬物は……ないか」
成果は、副産物として発掘した賞味期限間近のクロワッサンくらいだった。
見るからに詫びしい晩ご飯だ。衝動的に帰ってきたけれど、思えば三十分遅くなったところで変わらない。こんなことなら、賄いを食べて帰ればよかったかなと思う。
湿気たパンを唇に挟んだまま、お次はシンク下のキャビネットを開けやっていく。しかし、どうしてもどこにも漬物は見つからなかった。
もしかすると母ではない誰かだったのかもしれない。
そう安心しかけた時、口からクロワッサンのかけらが床へ落ちた。衣が一帯に散らばる。
「あー、もうほんとついてない」
ティッシュを片手にしゃがみ込んで、ため息をつく。そこで、まだ調べていない場所があったことに気付いた。床下収納だ。
周りの留め金を外して、板を引き上げる。ぎぃぎぃと、嫌な音を立てつつもなんとか床板は開いた。
そこに、見つけた。ガラス瓶に詰められた、カナカブ漬けを。
私はその重たい瓶を歯を食いしばって引き上げる。固い蓋をこじ開けると、漂ったのは店で匂ったものと同じく、つんとした香りだった。
「……じゃあやっぱりお母さんが」
至りたくない真相に、手が届かんとしていた。
確固たるものにするには、味見してみるほかない。数時間前を思い出してだろう。胃が苦しそうにきゅると鳴るのを無視して、一本を小さく切る。
舌にちょんと当てたところで、
「あんた、キッチンでなにやってるの。バイトかじってるぐらいで変な料理して火事起こさないでよね」
お母さんの声がした。
まだ寝ていなかったようだ。私はとっさに瓶を膝下に隠す。カブは、一本丸ごと口に詰めた。
店で一撃でやられたものと全く同じ味だった、大辛だ。
「それと、テレビの音がうるさいからもう少し下げて。それだけ言いにきたの」
おやすみの一言もなく、廊下へ消えていこうとする母へ、私はひりひり痛む唇を開いて声をかける。
「お母さん、おばさんになにか贈り物した?」
母は、物を言わぬまま扉を閉めた。
彼女はいつも遠回しに伝えてくる。娘なので、それがなにを意味するかは分かった。
実行犯は、間違いなく母だ。
まさか、母が嫌がらせの容疑者とは思いもしなかった。
けれど、二人は仲が悪いのだから、ありえない話ではない。むしろ二十年以上も反目し続けていることを踏まえれば、真実味が増す。
二人の間に、昔なにがあったかは知らない。物心ついた頃には、疎遠な関係だったから私にはそれが当たり前のものだった。尋ねてみたことは何度かあったが、答えはその度はぐらかされてきた。
だからといって、こんな悪質な行為に走るまでとは思っていなかった。母の悪事を信じたくない気持ちが、私を駆り立てた。
「今日は、お先に失礼します」
土曜日、それなりにお客様も入って、忙しかったバイト終わり。お腹は空いていたけれど賄いは断って、私はすぐ帰路に着く。
もし母が犯人なら、家に同じようなカナカブ漬けがあるかもしれないと思ったのだ。
母が漬物を作っている姿は、中学生の頃だったかに見て、おぼろげに覚えていた。たしか、私のおばぁちゃんから教えて貰った方法だ、と硬くおっかない顔をして野菜を揉み洗っていた。おばぁちゃんのことが嫌いならば作らなければいいのに。こう正直に言ってしまいゲンコツを落とされた苦い記憶が蘇る。
というのも、母は祖母とも常に仲が悪かった。これも私にとっては普通のことだ。うんと背の低い頃から祖母の家に行く時は、一人で行かされた。
のちに叔母に聞いたところによれば、私の父と結婚する時に、大きく仲違いして家を出たきりだそうだ。同じ台東区内、目と鼻の先でも母は頑なに実家へ寄り付かなかったらしい。
それは祖父母が他界して、叔母が一人で住むようになった今も継続しているそう。
全く頑固にもほどがある。せめて父と離婚をしたあとに仲直りをすればよかったものを。
もしそれもしたくないほど忌々しかったのなら、なぜわざわざ直伝の漬物を作っていたのか。
全くもって分からない。中学生の頃よりはいくらか賢くなったつもりだけれど、今考えても同じ感想しかわかなかった。
「……漬物って言ったら普通はキッチンだよね」
家へ帰りついた、夜の十一時。母はもう寝室に下がっていて、リビングはしんと静かだった。
私は、音のカモフラージュとしてテレビのチャンネルをバラエティ番組に合わせてから、調査に乗り出す。
まず探ったのは、私にとっての大本命。冷蔵庫からだった。まるで業者がやるかのように、一つ一つ物を除いては精査していく。しかし、やってもやっても
「漬物は……ないか」
成果は、副産物として発掘した賞味期限間近のクロワッサンくらいだった。
見るからに詫びしい晩ご飯だ。衝動的に帰ってきたけれど、思えば三十分遅くなったところで変わらない。こんなことなら、賄いを食べて帰ればよかったかなと思う。
湿気たパンを唇に挟んだまま、お次はシンク下のキャビネットを開けやっていく。しかし、どうしてもどこにも漬物は見つからなかった。
もしかすると母ではない誰かだったのかもしれない。
そう安心しかけた時、口からクロワッサンのかけらが床へ落ちた。衣が一帯に散らばる。
「あー、もうほんとついてない」
ティッシュを片手にしゃがみ込んで、ため息をつく。そこで、まだ調べていない場所があったことに気付いた。床下収納だ。
周りの留め金を外して、板を引き上げる。ぎぃぎぃと、嫌な音を立てつつもなんとか床板は開いた。
そこに、見つけた。ガラス瓶に詰められた、カナカブ漬けを。
私はその重たい瓶を歯を食いしばって引き上げる。固い蓋をこじ開けると、漂ったのは店で匂ったものと同じく、つんとした香りだった。
「……じゃあやっぱりお母さんが」
至りたくない真相に、手が届かんとしていた。
確固たるものにするには、味見してみるほかない。数時間前を思い出してだろう。胃が苦しそうにきゅると鳴るのを無視して、一本を小さく切る。
舌にちょんと当てたところで、
「あんた、キッチンでなにやってるの。バイトかじってるぐらいで変な料理して火事起こさないでよね」
お母さんの声がした。
まだ寝ていなかったようだ。私はとっさに瓶を膝下に隠す。カブは、一本丸ごと口に詰めた。
店で一撃でやられたものと全く同じ味だった、大辛だ。
「それと、テレビの音がうるさいからもう少し下げて。それだけ言いにきたの」
おやすみの一言もなく、廊下へ消えていこうとする母へ、私はひりひり痛む唇を開いて声をかける。
「お母さん、おばさんになにか贈り物した?」
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実行犯は、間違いなく母だ。
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