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無能の少女
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朧とは、黒い靄(もや)の塊のような成りの、最下級のあやかしだ。人に危害を加えることは出来ない為、咲は、何故か邑に迷い込んだ朧を、結界の外に逃がしてやっていた。今、咲の目の前には二体の朧。どちらもするりと結界の外へ行こうとせず、なにやら躊躇っているようだった。
「あなたたち。ここに居るとお母さまたちに狩られてしまうわ、お逃げなさい。結界の外なら、あなたたちの住む場所もあるでしょう」
彼らの身を案じながら、咲の心はつきりと痛む。彼らには帰るべき場所がある一方、咲には寄る辺となる場所がない。その事実に心を暗くしながら彼らの様子を窺ったが、朧は言葉を持たないため返事もない。しかし、二体の朧は体を震わせながら、どうやら咲を見ているようだ。
「どうしたの? 何か気になるの?」
彼らが命の危険が迫る中で躊躇うことを知りたくて、咲はこう提案した。
「では、あなたたちをこう呼びましょう。あなたはハチ、そっちの子はスズよ。さあ、ハチ、スズ。私になにを伝えたいの?」
名を呼ばれない悲しさを知っている咲は、出会う朧に積極的に仮の名をつけて交流してきた。咲がそう呼ぶと、朧たちはにわかにその色を濃くした。その時。
「名無し! 何してんだい!」
大きな声が、背後から飛んだ。振り返ると母たちと、邑長はじめ、幾人かの邑の偉い人がこちらに向かってきていた。咲はさっと朧たちを背後に隠し、自分が母たちと話している間に、結界の外に出るよう、促した。
「奥さま。この通り、野菜の収穫をしていました」
咲は頭を下げて先程抜いた野菜を見せるが、市子のギラギラした目は野菜を素通りして、咲を見た。
「嘘を言うんじゃないよ。お前の周囲からあやかしのにおいがプンプンするね! どうせまた、朧かなんかを匿ったんだろう。退いてごらん!」
市子が乱暴な手つきで咲を払うと、今まさに結界の外に出ようとしていた朧が市子の目の前にいた。
「あなたたち。ここに居るとお母さまたちに狩られてしまうわ、お逃げなさい。結界の外なら、あなたたちの住む場所もあるでしょう」
彼らの身を案じながら、咲の心はつきりと痛む。彼らには帰るべき場所がある一方、咲には寄る辺となる場所がない。その事実に心を暗くしながら彼らの様子を窺ったが、朧は言葉を持たないため返事もない。しかし、二体の朧は体を震わせながら、どうやら咲を見ているようだ。
「どうしたの? 何か気になるの?」
彼らが命の危険が迫る中で躊躇うことを知りたくて、咲はこう提案した。
「では、あなたたちをこう呼びましょう。あなたはハチ、そっちの子はスズよ。さあ、ハチ、スズ。私になにを伝えたいの?」
名を呼ばれない悲しさを知っている咲は、出会う朧に積極的に仮の名をつけて交流してきた。咲がそう呼ぶと、朧たちはにわかにその色を濃くした。その時。
「名無し! 何してんだい!」
大きな声が、背後から飛んだ。振り返ると母たちと、邑長はじめ、幾人かの邑の偉い人がこちらに向かってきていた。咲はさっと朧たちを背後に隠し、自分が母たちと話している間に、結界の外に出るよう、促した。
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「嘘を言うんじゃないよ。お前の周囲からあやかしのにおいがプンプンするね! どうせまた、朧かなんかを匿ったんだろう。退いてごらん!」
市子が乱暴な手つきで咲を払うと、今まさに結界の外に出ようとしていた朧が市子の目の前にいた。
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