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双子の桜
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なんて言ったって、朧に名をくださる咲さまのおやさしさに、感銘を受けられたのだわ!
なとど、スズが興奮している。それとは反対に、襖の外に控えていると思しきハチの声が、部屋に届いた。
「スズ。お前が長と咲さまの間に、なんの浪漫を感じているか知らないが、咲さまは人の里に帰られるお方だぞ。長だって、そのあたりはお分かりになっていらっしゃるんじゃないのか。俺たちは、咲さまの逗留中になんのご不便もないよう心を尽くすだけの役割で、勝手にお二人の関係を想像して良いってもんじゃない」
ハチの冷静な言葉に、咲も我に返ることが出来た。そうだよね、ここに居られる期間は限られているわけだし、そもそも違う種族の生き物。千牙がなにかを想って桜をくれたなどと、思っちゃ駄目だよね。
咲がそう思う中、スズはハチの言葉に不満のようだった。ハチは乙女心を分かってない、とか、長が執務室から頻繁に出てくるなんて、珍しいことだって小夜さんが言ってたんだから、などと、ぶつぶつ言っている。そうなると咲としては、スズを宥めるしか他なく……。
「スズ。私は大鬼の前で命が途切れるところを、千牙さんに救って頂いただけで、もうそれ以外は何もいらないの。もし、次に行く邑が、破妖の力とは関係のない邑だったら、無能の私でも穏やかに生きていけるかもしれないでしょう? だから、その未来が来るまでの間、少しだけハチやスズと仲良く出来たら、それだけで私は満足よ」
にこりと微笑むと、スズは、咲さまぁ~、と涙ぐんで、ぎゅっと咲に抱き付いてきた。
「わたし、咲さまとお別れしたくないですぅ~……。咲さまが、ずっとこの里に居て下さればいいのに……」
「スズがそう思ってくれた、っていう事実だけで、私、これからを生きていけるわ」
スズの背を撫でながら、咲は言う。でもこれが千牙だったら、自分はどう思っただろう、などと言うことをふと思ってしまって、咲はその思考を否定するのに苦労した。
執務室で、千牙は小夜と向かい合わせになって、難しい顔をしていた。
「いかがなさいますか、長。あの人間ども、一度、厳しくしつけてやらねばならないと思いますが」
「うむ……。それは考えてはいるが……」
なとど、スズが興奮している。それとは反対に、襖の外に控えていると思しきハチの声が、部屋に届いた。
「スズ。お前が長と咲さまの間に、なんの浪漫を感じているか知らないが、咲さまは人の里に帰られるお方だぞ。長だって、そのあたりはお分かりになっていらっしゃるんじゃないのか。俺たちは、咲さまの逗留中になんのご不便もないよう心を尽くすだけの役割で、勝手にお二人の関係を想像して良いってもんじゃない」
ハチの冷静な言葉に、咲も我に返ることが出来た。そうだよね、ここに居られる期間は限られているわけだし、そもそも違う種族の生き物。千牙がなにかを想って桜をくれたなどと、思っちゃ駄目だよね。
咲がそう思う中、スズはハチの言葉に不満のようだった。ハチは乙女心を分かってない、とか、長が執務室から頻繁に出てくるなんて、珍しいことだって小夜さんが言ってたんだから、などと、ぶつぶつ言っている。そうなると咲としては、スズを宥めるしか他なく……。
「スズ。私は大鬼の前で命が途切れるところを、千牙さんに救って頂いただけで、もうそれ以外は何もいらないの。もし、次に行く邑が、破妖の力とは関係のない邑だったら、無能の私でも穏やかに生きていけるかもしれないでしょう? だから、その未来が来るまでの間、少しだけハチやスズと仲良く出来たら、それだけで私は満足よ」
にこりと微笑むと、スズは、咲さまぁ~、と涙ぐんで、ぎゅっと咲に抱き付いてきた。
「わたし、咲さまとお別れしたくないですぅ~……。咲さまが、ずっとこの里に居て下さればいいのに……」
「スズがそう思ってくれた、っていう事実だけで、私、これからを生きていけるわ」
スズの背を撫でながら、咲は言う。でもこれが千牙だったら、自分はどう思っただろう、などと言うことをふと思ってしまって、咲はその思考を否定するのに苦労した。
執務室で、千牙は小夜と向かい合わせになって、難しい顔をしていた。
「いかがなさいますか、長。あの人間ども、一度、厳しくしつけてやらねばならないと思いますが」
「うむ……。それは考えてはいるが……」
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