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第一話
しおりを挟む「アリシア。首を吊られるってのは、どういう気分だい?」
大勢の群衆に見守られた広場の真ん中にて。
急遽一日で組み立てられた木製の台の上でヴィクトール王子が親指と人差し指を拡げて顎にくっつけ、ニヤリと笑う。
華美な翡翠をも思わせる貴族の服に、ひらひらと首元で泳ぐクラバット。
自らを美しいと宣う顔は、整ってはいるが、同時に傲慢な性格も滲み出ている。
この男はアリシアの元婚約者。
昨晩、王城内で『お前との婚約は破棄だ!!!』と大きな声で喚いた。
隣にはいつもの如く、新しい女の姿。
曰く、『この娘との真実の愛に目覚めた』と。
何度目の真実の愛とやらかは知らないが、今回はどうやらいつもと違うようだった。
婚約破棄と言い渡した後、国家反逆罪で家は取り潰し、アリシアを処刑するとまで宣言してきたのだ。
まだ王子であるヴィクトールは、王位継承権を持っているが、まだ王国の内政にかかわっていない。
しかし、次期国王でもある彼には、多くの特権を持ち、彼を支援する貴族たちがいた。
その一つが、恐らく私情の挟んだ処刑なのだろう。
アリシアは投獄されて、あっという間に処刑の執行まで話が進んだ。
「何も感じていない。強いて言うならば、お前との婚約破棄が決まって精々した」
アリシアは手首とドレスをロープで拘束されながら、さらに首にロープで巻かれる。
床が開けば、そのまま首を絞められて絶命するだろう。
しかし、表情は何一つ変わらない。
その姿を見下すように笑う女の姿が、王子の隣にあった。
「まあ、怖いですわ。さすがは罪人だこと」
扇を持ち、センスの良いドレスに身を包んだヴィクトールの新たな女は、バラン公爵家の娘、ミルラ・ヘルマン・バラン。
バラン公爵の娘である。
「野蛮なヴェアトリー家には似合わぬ美しい肌も。紅い薔薇のようなドレスも。金の髪も。翡翠の瞳も。これから全部、ボロ雑巾のようになると思うと、可哀想で仕方ありませんわ」
高笑いするミルラに、アリシアは睨み返した。
途端に彼女はヴィクトールの背中へと回り込んだ。
「ああ、怖い怖い~、ヴィクトール様~。わたくし、このお方が苦手ですわ~」
ミルラはアリシアに対して、煽るように笑い続けて居る。
ドレスの袖を捲ったかと思うと、そこには過剰なまでに巻かれた包帯が。
包帯を捲ったところには小さな傷口があった。
「見て下さいまし、この腕の怪我。わたくし、数日前、このお方の剣で斬られましたの」
「おお、可愛そうに、我が愛しのミルラ。なんて大怪我だ」
大怪我? アリシアにはそのようなものを負わせた記憶はない。そもそも彼女とはまともに話をした覚えもない。
斬ると決めたら切断までするのがヴェアトリーの戦いだ。
アリシアは鼻で笑った。
「バラン公爵家の策謀にまんまとかかるお前は道化だな」
「黙れ、罪人め! ミルラを人質に取り、国家転覆を目指したのだろう!」
「そんな人質、役には立たない」
ますますヴィクトールの顔色が変わる。
「相変わらず生意気で偉そうだな、罪人よ」
ヴィクトールは眉をピクピクと痙攣させた。
「昨晩、このオレ様が婚約破棄だと言った時、なんて言ったか覚えているか?」
「ええ。よく覚えている。『お前の妄言は聞き飽きた。今まで黙っていたが、もう関係ない。お前の国を明け渡せ』と」
「キサマはどうやら歌劇に出てくる“悪役令嬢”とやらにどっぷりとおハマリのようだ。さぞ、キサマにお似合いの配役だな」
「流石ですわ、殿下。彼女ほど悪人という言葉が似合うお人はいなくてよ」
ケラケラと笑うヴィクトールに同調するように笑うミルラ。
アリシアの不快感は高まるばかりだ。
もっとも、長い年月、イラつかせてくれたアホ王子の、いつものアホな発言だと思えば大したことはない。
「ヴィクトール」
「な、なんだ? いつもの“様”はどうした!? 不敬だぞ」
「お前の甲高い妄言は聞き飽きた」
ヴィクトールは「このォ!」とさらに眉をヒクヒクと動かした。
「キサマは今、絞首台にいるんだぞ! キサマがするべきことは、許しを乞うて『ヴィクトール様へ逆らったことをお詫びいたします~!』だろうが!」
「お前のジョークは理解に苦しむ」
「き、キサマ~!!!」
ミルラはカッと目を見開いた。
「ヴィクトール様! この女、また罪を重ねましたわ!」
「どこまでもオレ様と、オレ様の女をバカにしやがって!」
ヴィクトールは「殺せ! 吊り殺せ!」と喚き始めた。
その言葉を聞いて、兵士たちが処刑を進めようと、剣を抜き、絞首の準備を進めている。
相変わらず煩い男だ。
アリシアは嘆きながらも、そのやかましい言葉が今日で最後だと思うと、笑みが浮かんできた。
「お前のワガママには黙って聞いてやったが、もはやこれまでだ」
群衆の中から突如として一本の剣が飛んで来た。
――ドン。
剣はアリシアの首を巻いていたロープを切り落とし、絞首台に深々と突き刺さる。
彼女はすぐに動き出した。
「なっ!? 何奴!?」
群衆はざわつき、ヴィクトールも釣られて冷静さを失っている。
彼の私兵たちも無能な指揮官に煽られて冷静さを失っているようだ。
「ヴェアトリー家の軍旗です!」
「で、殿下!? どういうことですの!?」
「こ、国賊共めぇ~!!! ヴェアトリー領にも部隊を派遣しているというのに、娘のためにこちらにも兵士を送りつけてきたか!? ハッ!? アリシアは――!? どこだ!?」
王子やミルラが騒いでいる中、アリシアは剣の刃先で自身のロープを切ると、すぐに剣を引き抜いて戦う。
剣によって周りの兵士たちを倒したアリシア。
その全てが峰による一撃だ。
「加減してもこの程度か。ヴィクトールの下で働く兵士も、哀れだ」
「こ、このオレ様の部隊が哀れだとォ!?」
「違うか? この愚鈍な王子に対して命を落とす必要はない」
アリシアは、「次はお前の番だ」、と剣をヴィクトールに向けた。
ヴィクトールは青ざめた顔で、ミルラの後ろに回り込む。
「ひ、ひいっ! き、キサマ! このオレ様に対して、なんたる真似を!」
「で、殿下!? わ、わたくしを盾にするつもりですの!?」
ヴィクトールとミルラは大慌てで、兵士に助けを求めている。
その姿はあまりにも滑稽だった。
「おい、そこのお前! このオレ様の命を失うことは、王国にとって重大な損失だ! 命を懸けてオレ様を守れ!」
「ヴィ、ヴィクトール様! お、お、おそれながら、彼女は」
槍を持った兵士が震えながら、ゴクリと唾を呑む。
「彼女は……兵士たちの間では“剣聖姫”と呼ばれる方……! 私のような一兵卒如きでは――うわっ!?」
アリシアの剣によって、槍が真っ二つに切られ、兵士は尻餅をついた。
「あ、おい! 最後まで戦わぬか!」
「ヴィクトール様! わたくしを御守りください!」
「うるさいっ! 邪魔だ! お前が盾になれ!」
「わたくしだって死にたくありませんわ!」
二人で相手の背中に周り込もうと、哀れなネズミのような行動をしている。
醜い二人の争いに呆れつつ、ため息を吐きながら剣を天高く掲げるアリシア。
「降伏して、国を明け渡せ。ならば殺しまではしない」
涙目になりながら「ひぃ!」と喚くヴィクトールは、やってきた騎馬兵に首筋を掴まれた。
「お、おいキサマもっと丁重に扱え! オレ様は王子だぞ!」
「ああああああっ! わたくしを置いていかないで! ヴィクトール様ぁ!!!」
ミルラは転びながらも逃げていくヴィクトールに手を差し伸べる。
しかし、保身しか考えていない男は、情けない姿で馬の尻に跨がった。
もう、新しい婚約者を見捨てるようである。
「あ、アリシア! 父上はキサマたちをお許しにはならないだろう! 国家転覆を目論んだキサマたち一家を必ず根絶やしにしてくれ――うがっ!?」
戦が起きている中、馬のお尻に跨がっていたのだ。
ヴィクトールは、馬が跳ねた際に勢いよく股間をぶつけた。
涙目になりながら馬の尻を叩いて、馬が暴れ、また股間をぶつけている。
「逃がしたか……」
だが、まだ一人残っている。
「ひ、ひぃ……わ、わたくしはヴィクトール様に命令されて致し方なく従ったまでですわ! そ、そう! わたくしは今回の一件に何も関わっていないのです!」
命乞いのような言葉を並べる哀れな新しい婚約者が一人。
「今回の謀りごとは、バラン公爵かお前かは知らない。だが国家を手に入れる以上、お前達はもはやどうでもいい」
逃げるならばとっとと逃げろ。
そう言ってやったつもりであったが、ミルラは話の途中で一目散に逃げ出した。
「さて、アホ王子を追うべきか否か」
思案しているアリシアの下へ、救援に入ったヴェアトリー家の私兵の一人が止めに入る。
「アリシア姫。ここは引きましょうや。国王軍はこんなもんじゃないですぜ」
姫、などと冗談交じりに笑う兵士。
「国王の部隊など、恐れるほどじゃない」
「あんなお坊ちゃまが動かせる兵力とは違って、国家を支える中軸部隊ですぜ。対してこっちはこんだけの救助部隊でどうするんですか」
「だが、百に近いヴィクトールの配下たちに勝利した」
「いずれにせよ我々の目的はアリシアお嬢の奪還。国王軍との戦いなど想定してませんぜ」
今は本の僅かな救助部隊しかいないヴェアトリー家の増援部隊で戦うにはあまりにも荷が重い。
「分かった。ならばここは退こう」
退くと言っても、アリシアたちヴェアトリー家の私兵部隊は腕を上げて鼓舞している。
馬は常歩。兵士は徒歩。群衆を掻き分け、勝ち鬨を挙げている。
さながらそれは、令嬢を一人救出しにきた決死隊のそれではない。
人々は口々に語った。
そんな恐ろしい部隊を率いるヴェアトリーの部隊の先頭を歩く、アリシア・デ・ヴェアトリー侯爵令嬢こそ、剣聖姫だと。
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