19 / 50
第六章 些細な気づき
第十八話
しおりを挟む
今週会えますか、と。
送信をタップする手がびっくりするほど震えてしまい、危うくわけのわからないスタンプを送ってしまうところだった。私がわたわたしている間にピロンと可愛い音が鳴って、私の送ったメッセージの下に彼の返事が飛び出てくる。
『木曜なら会えるよ』
この短いお返事を受け取った私がどれほど有頂天になったか、できることなら文字に起こして玲一さんの前で読み上げてやりたい。
ぎゅうとスマホを握りしめて、自分のベッドに横になる。好きな人に会いたいと伝えるのがこんなに大変だったとは。少女漫画のヒロインの気持ちが、遅ればせながらわかった気がする。
家中のカレンダーに片っ端からマルをつけて回りたい気持ちを堪え、スマホのカレンダーにだけしっかりと予定を刻み込む。木曜。ああ木曜だ。この日までにできる準備はすべてやろう。ちょっと可愛いブラウスが欲しい。ムダ毛もちゃんと処理しておきたい。もういっそのこと、新しい下着だって買っちゃおうかな……。
――なーんて、テンション爆上げであれやこれやと夢見ていたはずの私は、木曜当日、ゾンビのような顔で玲一さんの車の助手席に座っていた。
頭が痛い。首回りが重い。脳みその内側でちっちゃい悪魔がトンカチを振り回しているみたい。
(死にそう)
理由ははっきりしないのだけど、今までもこういう日はあった。朝から体調がとにかく優れず、特に頭痛が目立ってひどい。仕方なくいつも常備している頭痛薬を飲み込んで、痛みの波が収まるまでじっと待つしかないのだけど。
(今日だけは、絶対に休めない。玲一さんとの約束がある)
玲一さんが私のために、今日の予定を空けてくれた。
ありったけの勇気を振り絞った先週末の私のためにも、今日のデートは絶対にキャンセルするわけにいかないんだ。
「……凛ちゃん、大丈夫?」
ハンドルを握った玲一さんが、不安そうな顔で私を見る。
私は大急ぎで営業用の仮面を被り、
「全然大丈夫ですよ! どうしたんですか」
と華麗にうそぶいてみせた。
玲一さんはなおも訝しげに眉を寄せたまま、それでも追及することはなく車は黙々と進んでいく。
やがて、未だに慣れないホテルへと進み、いつもどおりの小綺麗な部屋へと足を踏み入れた彼は、止まらない頭痛にふらつく私をゆっくりと振り返ると、
「じゃ、風呂入ろ」
と言って、浴室へのドアを開けた。
「お風呂……ですか?」
珍しい提案に、私は目を丸くする。だって今までここに来たときは、前触れもなく……始まることが多かったから。
仮に身体を綺麗にするとしても、順番にシャワーを浴びるくらい。思えば私はホテルのお風呂を使ったことがなかった気がする。
きょとんとする私を尻目に、玲一さんは湯船にさっさとお湯を溜め始める。なんでお風呂? そういう気分だから? なんでもいいけど頭が痛くて、本音を言えば今すぐにでも横になりたいくらい辛い。
「……わかりました。じゃあ、玲一さんがどうぞ、お先に」
「え? なんで?」
軽々とシャツを放り捨てた玲一さんが、私のブラウスに手をかける。
「一緒に入るでしょ。ほら脱いで。ばんざーい!」
「きゃあ!!」
らしくないほど可愛い声を上げてブラウスを放り出された私は、この日のために新調した赤い下着を大慌てで隠した。ところが玲一さんは下着には目もくれずぽいぽい私を裸にして、ついでに自分の服も投げ捨ててそのまま真っすぐお風呂に向かう。
「ちょ、ちょっと玲一さん!」
「ほら見て、ここ入浴剤あるよ。せっかくだし入れてみるか」
「待ってくださいって! わたし嫌ですよ、い、一緒に入るなんて!」
「なんで? いつもは普通に見せてるじゃん」
だって、今まで肌を重ねるときはだいたい照明を常夜灯まで落として、ぼんやりとした灯りの中で輪郭を頼りに抱き合っていた。
だから裸同士でもかろうじて平気だったけど、こんな明るいお風呂の中なんて、いくらなんでも丸見えすぎる!
「なーにを今更」
ドアの影に身体を隠してもじもじする私を引っ張り出し、玲一さんはとうとう私を湯船へと放り込んでしまった。
自宅のそれよりずっと大きい真っ白な湯船の中には、薄桃色に濁ったお湯がゆらゆらと揺れている。続いて玲一さんは私の後ろへ入り、そのまま彼が腰を下ろすと、お湯はどんどん湯船から溢れてざばーっと派手な水音が流れた。
「ははっ、トトロの風呂みたい」
子どもみたいな玲一さんの笑い声が、私の真後ろ、すぐ耳元からくすぐるように聞こえてくる。
いくら広い湯船といっても、大人が二人で入ろうとすれば、自然と縦に並ぶ形で密着せざるを得ないわけで。
羞恥と緊張で縮こまる私に反し、玲一さんは上機嫌で私のお腹へ腕を回す。ぎゅっと優しくあたたかなハグが、身体の奥でわだかまる欲を少しずつお湯に溶かしていく。
(……なんか、気持ちいいな)
送信をタップする手がびっくりするほど震えてしまい、危うくわけのわからないスタンプを送ってしまうところだった。私がわたわたしている間にピロンと可愛い音が鳴って、私の送ったメッセージの下に彼の返事が飛び出てくる。
『木曜なら会えるよ』
この短いお返事を受け取った私がどれほど有頂天になったか、できることなら文字に起こして玲一さんの前で読み上げてやりたい。
ぎゅうとスマホを握りしめて、自分のベッドに横になる。好きな人に会いたいと伝えるのがこんなに大変だったとは。少女漫画のヒロインの気持ちが、遅ればせながらわかった気がする。
家中のカレンダーに片っ端からマルをつけて回りたい気持ちを堪え、スマホのカレンダーにだけしっかりと予定を刻み込む。木曜。ああ木曜だ。この日までにできる準備はすべてやろう。ちょっと可愛いブラウスが欲しい。ムダ毛もちゃんと処理しておきたい。もういっそのこと、新しい下着だって買っちゃおうかな……。
――なーんて、テンション爆上げであれやこれやと夢見ていたはずの私は、木曜当日、ゾンビのような顔で玲一さんの車の助手席に座っていた。
頭が痛い。首回りが重い。脳みその内側でちっちゃい悪魔がトンカチを振り回しているみたい。
(死にそう)
理由ははっきりしないのだけど、今までもこういう日はあった。朝から体調がとにかく優れず、特に頭痛が目立ってひどい。仕方なくいつも常備している頭痛薬を飲み込んで、痛みの波が収まるまでじっと待つしかないのだけど。
(今日だけは、絶対に休めない。玲一さんとの約束がある)
玲一さんが私のために、今日の予定を空けてくれた。
ありったけの勇気を振り絞った先週末の私のためにも、今日のデートは絶対にキャンセルするわけにいかないんだ。
「……凛ちゃん、大丈夫?」
ハンドルを握った玲一さんが、不安そうな顔で私を見る。
私は大急ぎで営業用の仮面を被り、
「全然大丈夫ですよ! どうしたんですか」
と華麗にうそぶいてみせた。
玲一さんはなおも訝しげに眉を寄せたまま、それでも追及することはなく車は黙々と進んでいく。
やがて、未だに慣れないホテルへと進み、いつもどおりの小綺麗な部屋へと足を踏み入れた彼は、止まらない頭痛にふらつく私をゆっくりと振り返ると、
「じゃ、風呂入ろ」
と言って、浴室へのドアを開けた。
「お風呂……ですか?」
珍しい提案に、私は目を丸くする。だって今までここに来たときは、前触れもなく……始まることが多かったから。
仮に身体を綺麗にするとしても、順番にシャワーを浴びるくらい。思えば私はホテルのお風呂を使ったことがなかった気がする。
きょとんとする私を尻目に、玲一さんは湯船にさっさとお湯を溜め始める。なんでお風呂? そういう気分だから? なんでもいいけど頭が痛くて、本音を言えば今すぐにでも横になりたいくらい辛い。
「……わかりました。じゃあ、玲一さんがどうぞ、お先に」
「え? なんで?」
軽々とシャツを放り捨てた玲一さんが、私のブラウスに手をかける。
「一緒に入るでしょ。ほら脱いで。ばんざーい!」
「きゃあ!!」
らしくないほど可愛い声を上げてブラウスを放り出された私は、この日のために新調した赤い下着を大慌てで隠した。ところが玲一さんは下着には目もくれずぽいぽい私を裸にして、ついでに自分の服も投げ捨ててそのまま真っすぐお風呂に向かう。
「ちょ、ちょっと玲一さん!」
「ほら見て、ここ入浴剤あるよ。せっかくだし入れてみるか」
「待ってくださいって! わたし嫌ですよ、い、一緒に入るなんて!」
「なんで? いつもは普通に見せてるじゃん」
だって、今まで肌を重ねるときはだいたい照明を常夜灯まで落として、ぼんやりとした灯りの中で輪郭を頼りに抱き合っていた。
だから裸同士でもかろうじて平気だったけど、こんな明るいお風呂の中なんて、いくらなんでも丸見えすぎる!
「なーにを今更」
ドアの影に身体を隠してもじもじする私を引っ張り出し、玲一さんはとうとう私を湯船へと放り込んでしまった。
自宅のそれよりずっと大きい真っ白な湯船の中には、薄桃色に濁ったお湯がゆらゆらと揺れている。続いて玲一さんは私の後ろへ入り、そのまま彼が腰を下ろすと、お湯はどんどん湯船から溢れてざばーっと派手な水音が流れた。
「ははっ、トトロの風呂みたい」
子どもみたいな玲一さんの笑い声が、私の真後ろ、すぐ耳元からくすぐるように聞こえてくる。
いくら広い湯船といっても、大人が二人で入ろうとすれば、自然と縦に並ぶ形で密着せざるを得ないわけで。
羞恥と緊張で縮こまる私に反し、玲一さんは上機嫌で私のお腹へ腕を回す。ぎゅっと優しくあたたかなハグが、身体の奥でわだかまる欲を少しずつお湯に溶かしていく。
(……なんか、気持ちいいな)
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
ケダモノ、148円ナリ
菱沼あゆ
恋愛
ケダモノを148円で買いました――。
「結婚するんだ」
大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、
「私っ、この方と結婚するんですっ!」
と言ってしまう。
ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。
貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
エリート御曹司は傷心の彼女に溢れる深愛を甘く刻み込む
松本ユミ
恋愛
旧題:君に捧げる一途な愛~御曹司は傷ついた彼女を守りたい~
木下志乃は付き合っていた彼氏を妹に奪われた過去があり、恋愛に消極的になっていた。
ある日、志乃と同じ会社で働いている無口で堅物と言われている経理部課長の小笠原政宗と知り合う。
いろんな偶然が重なり、一緒に過ごす機会が増えた志乃と政宗。
次第に政宗のことが気になり始めるけど、元カレの裏切り行為に心に傷を負った志乃はどうしても一歩踏み出せずにいた。
そんな志乃を「誰よりも大切にする」と言って政宗は一途な愛で包み込み、二人の距離は縮まっていく。
だけど、ひょんなことから政宗がとある会社の御曹司だと知った志乃。
政宗本人からそのことを聞かされていない志乃はショックを受けてーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる