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水曜日(3)
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静かな老人の言葉に、直史は振り返る。
「え?」
「桃の効果は七日から十日。気持ちと共に、それに関する行動や記憶も薄れて消える。今日で七日目じゃったが、お主気づいておったか?」
直史は起き上がる。
確かに、木曜日から数えて今日で七日だと気付く。
――ちょ、ちょっと待て。今日で記憶も感情と一緒に消えたかもしれないっていうのか? それを俺があの葉をあげたために、記憶を、ぬいつけた……
「な、なんで今更それを言うんだよっ!」
直史は自分の行為に青ざめ、老人を責めた。
老人はため息をつく。
「葉を渡すとき、言うつもりじゃった。お主がそれを聞かずに走り出したんじゃよ」
余計な事をしてしまったのだと、直史は硬直した。
「安心せい。あの子にとってはたいした事ではなかった様じゃ。前に進むべく行動しとる」
「……どういう意味だよ」
「そのうちわかることじゃ。ワシもそろそろ行くとしよう。たっしゃでな少年」
やわらかい笑みを浮かべる老人。
玄関でチャイムが鳴った。一瞬目を離したすきに老人の姿は消えていた。
聞きたい事が沢山あったのに、老人は勝手に別れを告げて消えてしまった。
――こんな時に、なんで人が来るんだ……
直史は、わしゃわしゃと頭を掻き、玄関へと向かう。
小さな覗き窓に顔を近づけ、驚く。
「……つむ、ぐ」
慌てて戸を開ける。間違いなくそこには紡が立っていて、無表情のまま、右の拳を突き出した。
「食べなよ」
「いや……いい」
直史は嫌な感じがして、後ずさった。
紡は強引な態度で直史につめ寄り、距離を縮める。
その背でパタンと戸が閉まった。
紡は、戸惑う直史の胸ぐらを掴み、握っていたものを口へと押し込んだ。
――……チョコ?
甘さと舌触りで、そう思いかけた時、急に辛さで口の中がヒリヒリし始めた。
苦手な唐辛子の辛さだ。
慌てて台所でそれを吐き出し、水を飲む。それでも、咳込み涙目になった。
「さっきの仕返し。どう? 凝りた?」
そう言って直史の背中をさする紡。直史は咳をしながら頷く。
ようやく落ち着いてきた直史の背中に紡がもたれかかった。
「俺に嫌われたいの? 側にいるのが嫌ならそう言って欲しかったよ」
「違……」
直史はどう言えばいいのかわからずに焦る。紡の声はすごく穏やかに聞こえた。
「いいんだ。ウソでもさ……側に居てくれた事が、嬉しかった」
玄関へと向かいかけるその腕を直史は掴む。
「俺も、そうだよ。お前の気持ちが、いつの間にか嬉しくなっていて……一緒にいたいと思ったんだ」
「もう、いいよ。そんな事言われたら……勘違いしてしまう」
紡は振り返らず、ははっと軽く笑う。直史は首を振った。
「勘違いじゃねぇよ。というか……俺が悪い。お前を苦しめ、気持ちを縛りつけてしまった。取り去りたかった。……それさえも逆効果な結果になって……」
――俺、何が言いたいんだ……これじゃ紡に何も伝わんねぇよ
「俺、束縛された覚えないよ」
きょとんとして、紡は振り返る。
「桃。桃だよ。あの日、お前が告白したって日に桃あげただろ」
紡は、記憶を辿るようにして、「うん」と頷く。
「お前に、イタズラしたくなったんだ。それくらいの気持ちだった。けど、あの桃は、人を惑わす桃だったんだ」
「えっ……?」
直史は、最初からすべてを紡に話した。信じてもらえる自信はない。それでもすべてを話す。
すべてを聞き終えて、紡はほんのりと頬を染めて言った。
「俺、もっと前から直史のこと好きだったよ。ちょっかいだされるのがバカみたいに嬉しくてさ。だから、その……桃がなくても俺は想っていたんだよ、直史のこと」
――これも、桃のせい、なんだろうか? でも、効果は切れたって……
直史は、自分がドキドキしているのを抑えきれず、紡を抱き寄せた。
「お前が、俺のこと嫌いになるまで側にいるよ。いつでもこうしてやる。だから、言えよ」
「えっ?」
「俺のこと、好きだって。何度でも」
全然反応しない紡が気になって、顔を覗き込む。すると、真っ赤になっていた。
「茹でダコみてぇ」
直史は笑い出した。
「うっさいな。何だよ、もう。からかってるの!?」
紡は、握った右の拳を直史へと向けた。
直史はその手を捕まえると甲にキスをした。
「いたって本気」
ぱくぱくと口を動かし、焦りまくる紡。
「もっとして欲しい?」
紡は焦って顔を左腕で覆い後ずさる。これ以上ないほどに耳まで真っ赤だ。
――ほんとに可愛い
直史は、紡の反応を楽しんでいた。
「ウッソ、もうしない。ほら、逃げんなよ」
そっと腕を引き、抱き寄せる。
「お前と同じ気持ちなんだろうか? 恋ってこういう気持ちをいうんだろうか」
「わ、わかんない。けど、俺は幸せ。夢の中に、いるみたい」
紡はそっと直史の背中に腕を回した。
◇◇◆◇◇
本編はここで完結となります。お読みくださいまして誠にありがとうございます。
少しだけ、おまけのストーリーもあります。
二人の関係はたいして進展しないのですが……
「え?」
「桃の効果は七日から十日。気持ちと共に、それに関する行動や記憶も薄れて消える。今日で七日目じゃったが、お主気づいておったか?」
直史は起き上がる。
確かに、木曜日から数えて今日で七日だと気付く。
――ちょ、ちょっと待て。今日で記憶も感情と一緒に消えたかもしれないっていうのか? それを俺があの葉をあげたために、記憶を、ぬいつけた……
「な、なんで今更それを言うんだよっ!」
直史は自分の行為に青ざめ、老人を責めた。
老人はため息をつく。
「葉を渡すとき、言うつもりじゃった。お主がそれを聞かずに走り出したんじゃよ」
余計な事をしてしまったのだと、直史は硬直した。
「安心せい。あの子にとってはたいした事ではなかった様じゃ。前に進むべく行動しとる」
「……どういう意味だよ」
「そのうちわかることじゃ。ワシもそろそろ行くとしよう。たっしゃでな少年」
やわらかい笑みを浮かべる老人。
玄関でチャイムが鳴った。一瞬目を離したすきに老人の姿は消えていた。
聞きたい事が沢山あったのに、老人は勝手に別れを告げて消えてしまった。
――こんな時に、なんで人が来るんだ……
直史は、わしゃわしゃと頭を掻き、玄関へと向かう。
小さな覗き窓に顔を近づけ、驚く。
「……つむ、ぐ」
慌てて戸を開ける。間違いなくそこには紡が立っていて、無表情のまま、右の拳を突き出した。
「食べなよ」
「いや……いい」
直史は嫌な感じがして、後ずさった。
紡は強引な態度で直史につめ寄り、距離を縮める。
その背でパタンと戸が閉まった。
紡は、戸惑う直史の胸ぐらを掴み、握っていたものを口へと押し込んだ。
――……チョコ?
甘さと舌触りで、そう思いかけた時、急に辛さで口の中がヒリヒリし始めた。
苦手な唐辛子の辛さだ。
慌てて台所でそれを吐き出し、水を飲む。それでも、咳込み涙目になった。
「さっきの仕返し。どう? 凝りた?」
そう言って直史の背中をさする紡。直史は咳をしながら頷く。
ようやく落ち着いてきた直史の背中に紡がもたれかかった。
「俺に嫌われたいの? 側にいるのが嫌ならそう言って欲しかったよ」
「違……」
直史はどう言えばいいのかわからずに焦る。紡の声はすごく穏やかに聞こえた。
「いいんだ。ウソでもさ……側に居てくれた事が、嬉しかった」
玄関へと向かいかけるその腕を直史は掴む。
「俺も、そうだよ。お前の気持ちが、いつの間にか嬉しくなっていて……一緒にいたいと思ったんだ」
「もう、いいよ。そんな事言われたら……勘違いしてしまう」
紡は振り返らず、ははっと軽く笑う。直史は首を振った。
「勘違いじゃねぇよ。というか……俺が悪い。お前を苦しめ、気持ちを縛りつけてしまった。取り去りたかった。……それさえも逆効果な結果になって……」
――俺、何が言いたいんだ……これじゃ紡に何も伝わんねぇよ
「俺、束縛された覚えないよ」
きょとんとして、紡は振り返る。
「桃。桃だよ。あの日、お前が告白したって日に桃あげただろ」
紡は、記憶を辿るようにして、「うん」と頷く。
「お前に、イタズラしたくなったんだ。それくらいの気持ちだった。けど、あの桃は、人を惑わす桃だったんだ」
「えっ……?」
直史は、最初からすべてを紡に話した。信じてもらえる自信はない。それでもすべてを話す。
すべてを聞き終えて、紡はほんのりと頬を染めて言った。
「俺、もっと前から直史のこと好きだったよ。ちょっかいだされるのがバカみたいに嬉しくてさ。だから、その……桃がなくても俺は想っていたんだよ、直史のこと」
――これも、桃のせい、なんだろうか? でも、効果は切れたって……
直史は、自分がドキドキしているのを抑えきれず、紡を抱き寄せた。
「お前が、俺のこと嫌いになるまで側にいるよ。いつでもこうしてやる。だから、言えよ」
「えっ?」
「俺のこと、好きだって。何度でも」
全然反応しない紡が気になって、顔を覗き込む。すると、真っ赤になっていた。
「茹でダコみてぇ」
直史は笑い出した。
「うっさいな。何だよ、もう。からかってるの!?」
紡は、握った右の拳を直史へと向けた。
直史はその手を捕まえると甲にキスをした。
「いたって本気」
ぱくぱくと口を動かし、焦りまくる紡。
「もっとして欲しい?」
紡は焦って顔を左腕で覆い後ずさる。これ以上ないほどに耳まで真っ赤だ。
――ほんとに可愛い
直史は、紡の反応を楽しんでいた。
「ウッソ、もうしない。ほら、逃げんなよ」
そっと腕を引き、抱き寄せる。
「お前と同じ気持ちなんだろうか? 恋ってこういう気持ちをいうんだろうか」
「わ、わかんない。けど、俺は幸せ。夢の中に、いるみたい」
紡はそっと直史の背中に腕を回した。
◇◇◆◇◇
本編はここで完結となります。お読みくださいまして誠にありがとうございます。
少しだけ、おまけのストーリーもあります。
二人の関係はたいして進展しないのですが……
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