悩みの夏は小さな謎とともに

渋川宙

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第9話 専門家の説明は難しい

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「ああ。それは親父がよく言うパターンだ。俺は選択をミスったからお前はちゃんと考えろって、煩いんだよね。でもさ、今の選択が本当に将来でも正解かなんて解んないじゃん。実際に行ってみたら思っていた以上に興味がなかったってこともあるだろうし。でも、それこそ理系だし。職業も限られてくるじゃん。だから学部は真剣に選びたいんだよね。ここで将来の安泰ばかり考えて、就職に有利だからって興味のない法律とか経済やってもねってところでしょ。何のために大学に行くのか、全く解らなくなっちゃうよ」
「まあな。就職が総てという考え方そのものに俺も異議があるから、その点は同じ思いだ。しかし、将来の収入をどうするか。それを考えないわけにもいかない人も多いのも事実だろう。うちは親父がしっかり稼いでくれているから、大学院まで行って好き勝手やってるけど、大学の授業料すら自分で払っている人もいるんだし。世の中一概に、大学で専門的な勉強が出来ればいいとだけは言えないな」
「ああ、まあ、そうだよね」
 親の収入も左右する要素だよなと、クラスの何人かを思い浮かべて考えてしまう。幸い、悠人も和臣と同じく親の収入に頼れるが、それでも目的なく大学院まで行けるわけではない。やることがないなら就職しろと言われるだろう。
「難しいよね。どうしてさ、十七とか十八って年齢の時にこんなでかい決断しなきゃならないんだろう。いや、俺がもたもたしているだけなのかな」
 ううんっと悠人が首を捻っていると、それだけ真剣に考えている奴は少ないよと和臣は笑った。先の先までちゃんと考えようとする悠人の姿勢はむしろ珍しい方だろう。
「そ、そうかな」
「そうさ。みんな取り敢えず大学に行く。受験を何とか乗り越える。そこが目標になってしまうからな。それにいざ大学に入ってみたら、さっき悠人が言っていたように想像と違ったというのもある。俺みたいに進路変更する奴だっている。それぞれだよ。ただ、大まかな決断をしなければならないのは事実だからな。細かなことは後から解って来るわけだが、この分野がいいってのは決めないと、どの大学に進めばいいのかという点がクリアできない」
「ううん。だよなあ」
 問題が最初のところに戻っちゃったと、悠人は頭を掻き毟った。ああ、進路。どうしてこんなに難しいのか。大学の名前だけで決めている奴とかいるが、悠人には無理だった。それはもちろん、和臣を見ているからだろう。彼みたいになりたい。それならば、ちゃんとしなければと、そう思うからこそ難しい。
「あらあら。ご飯食べながら難しい話をしているのね」
 そこに追加のビールを持って沙希が現れ、二人の会話の真剣さに苦笑している。久々に会ったのだから近況を報告しているのかと思ったらしい。
「難しくはないよ。当然の議論だ」
「まったくもう、この子は。すぐにそういう言い方をするんだから。本当に誰に似たのかしら。困っちゃうくらいに理屈っぽいのよね。そうそう、悠人君。アイスでも食べる?」
「あっ、はい。いただきます」
「ちょっと待ってね」
 昼間も信明が似てないとぼやいていたが、沙希も困ることがあるらしい。アイスは何味かなと期待しつつも、二人から見ても和臣は特殊なようだと気づき、苦笑してしまう。優秀な息子を持った親は大変らしい。
「そう言えば和臣さん。どうして人工知能をやろうと思ったの」
 しかし、自分の進路が最大の悩みである悠人は、何とか参考になる話を引き出そうと、今度は和臣のことを訊くことにした。その間にアイスが運ばれてきて
「そうそう。私も気になってたのよね。人工知能とかAIとか、最近よく聞くでしょ。あれって何?」
 沙希がそんなことを言い出した。それはやろうと思った理由ではなく人工知能そのものへの問いだが、悠人も詳しく知っているわけではない。出てきたストロベリーアイスを口に運びつつ、説明してよと目で訴えた。
「人工知能とはコンピュータだ。それだけさ」
 しかし、和臣の答えは素っ気なかった。何だかもう説明するのに飽きたという感じだ。それに、沙希は面倒臭がらないのと突っ込む。さらに、いつもは嫌になるくらいに理屈っぽいくせに、妙なところで手を抜くんだからと笑った。
「だってね。まだまだ出来ることは限られているからさ。期待していたよりも進歩が遅いというのが実感だね。深層学習が登場した時は、これだって思ったものだが、まだまだ専門分野をこなすだけの単純なコンピュータだよ」
「ほら。もう解らない。悠人君、今の内容理解できた」
 沙希はぼやき始めた和臣を遮り、何を言っているのか解らないわと悠人に向けて苦笑する。
「深層学習って、人工知能でメインの学習方法ですよね。何万枚もの写真を覚え込ませて、そこから猫の顔を導き出すみたいな」
 悠人も詳しく知らないので、一先ず、当たり障りのない質問をぶつけてみた。すると、和臣はそうだなと頷く。
「そう。悠人の言った画像解析、この分野を飛躍的に進化させたのが深層学習だ。それまでのニューラルネットワークでは、学習に使える層は三層がせいぜいで」
「ストップ。専門的なことは明日以降に」
 しまった。無難に見えた話題がとんでもなく的確な質問だったらしい。つらつらと専門的に説明しようとする和臣を、悠人は思わず制止した。このまま夜明けまで喋っていそうな勢いだったからびっくりだ。
「説明しろと言ったのは二人だろ」
「本当にもう、この子は。どこまでも理屈が好きねえ。噛み砕いて言うってことが出来ないのかしら。それよりもほら、さっさと食べちゃって。片付かないわ」
「ああ、そうだな。もう十一時か」
 制止された和臣は不満そうにすることもなく、壁に掛かった時計を確認して頷いた。この、何を言われても変わらない感じが凄い。悠人はいつもそれに感心し、真似しようとするが撃沈する。
「俺もそろそろ寝ないと」
 しかし、十一時という時間を見てしまうと、移動で疲れた身体が眠気を訴えてきた。悠人もさっさとアイスを掻き込み、客間へと退散したのだった。
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