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第10話 セミの声
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セミってこんなに煩かったっけ。
毎年思っていることだが、都会にいるとそれほど聴こえないセミの声が、明け方からけたたましく鳴く。おかげで強制的に起こされてしまう。時計を見るとまだ五時前。普段だったら考えられない早起きだ。
「蜩って、朝にも鳴くんだ」
そして毎年、お決まりのことを言ってしまう。蜩というとイメージは夕方、他のセミが静かになった頃に物悲し気に鳴いているイメージがある。それがどうだ。ここでは朝方、他のセミが鳴く前に大合唱している。もちろん夕方も鳴いているが、朝は町も静かだから余計に響く。
そう思っていると徐々に空が明るくなり始め、他のセミも合唱を始めた。これもまた、都会のアブラゼミオンリーとは違って、色んな鳴き声が交じり合っている。
「すげえな。山の中にどのくらいセミが眠ってるんだろ」
あまりに多くのセミが鳴いているので、ふと、そんなことを考えてしまう。何年も土の中にいるというセミの幼虫。それが一斉に出てきて大合唱。しかし全部が全部、今年の夏に出てくるわけではない。さらに、すでにタマゴとして地中にもいるはずと、無駄に大自然の営みを想像してしまう。山の中は意外とセミにとっての都会なのかもしれない。
「おっ、早起きだな」
そこに、すでに着替えも済ませて手ぬぐいを片手に持った信明が廊下を歩いてきた。どうやら畑に行くらしい。
「もう仕事ですか」
「ちょっとな。この頃は熱中症に気を付けなきゃいけないだろ。陽が上り切ると暑くて出来ないからさ。この時間から草むしりだ」
「ああ。なるほど」
「悠人君も起きてやることがないんだったら、着替えたら手伝ってくれ。ああ、汚れてもいい服はあるか」
「あっ、はい。大丈夫です」
「長ズボンじゃないと駄目だそ」
「はい」
毎年何らかの手伝いをするので、汚れてもいいズボンとシャツは持ってきている。ただ、こんなに朝早くから手伝ったことはなかった。しかし、もうすっかり目が覚めた悠人は、早速着替えて手伝うことにした。
玄関に回らずに廊下からすぐに庭に出て、用意されていた長靴に足を通す。外に出ると、近くにある水田の匂いがして、ああ、田舎にいるなと実感する。その匂いを身体一杯に吸い込み、それからすでに作業する信明の元に行った。昨日食べたスイカの畑の手入れをしている。
「毎年手伝ってくれて助かるよ。和臣は全く手伝わんけどな。あれはあれで仕方ない」
「ははっ。でも、和臣さんが畑にいる図って、なんか想像できないかも」
「確かにな。昔から朝寝坊だったし、体力もないからなあ。畑なんかに出てきたら倒れてしまうんじゃないか」
信明はそう言って大笑いしている。自分の息子だというのに、意外にも畑の仕事を強制したことはないのだ。農家を継ぐとは思えないと、小さい頃から勉強好きの特性を見抜いていたせいだろう。悠人は和臣が真剣に本を読んでいる背中を見て、仕方ないと諦める信明を想像して笑ってしまう。
「さあ、朝飯前だしとっととやっちゃおう」
「はい」
軍手を受け取り、悠人は信明とは別の畝に取り掛かった。小さな雑草を手際よく毟っていく。何だか無心になる作業だ。時間が経つのも忘れて取り組んでしまう。しばらくひたすらに雑草を毟っていると
「朝ご飯が出来たわよ」
と、沙希が呼びに来た。スマホで時間を確認するともう七時前になっていた。周囲は完全に明るくなり、セミが一層せわしなく鳴いている。沙希のその手には水筒があり、二人に手早く冷えた麦茶を差し出す。
「ふう。生き返る」
「美味しいです」
それほど暑くない時間帯だったが、すでにうっすらと汗を掻いていた。だからキンキンに冷えた麦茶はとてもありがたい。喉がすっと潤った。
「ふふっ、悠人君がいると何でも遣り甲斐があるわ。ねえ、お父さん」
「そうだな。お、ものすごく頑張ってくれたんだな。ありがとう」
信明が積まれた雑草の山を見て嬉しそうに笑う。
「い、いえ」
大したことをやっていないのに褒められると恥ずかしい。悠人はぶんぶんと首を横に振り、コップに残っていたお茶を飲み干した。
「謙遜しなくていいのよ」
「そうだぞ。働いたらその分褒めるのは当たり前だ」
二人はそう言い合って笑っている。まったくもう、普段から両親と過ごす時間が少ないから、そういうことを言われると恥ずかしいのだ。家に戻ると、志津が台所でせっせと朝ご飯の用意をしていた。まだ和臣は起きていないようで、茶の間にはいない。昨日の夜に飛行機で戻ってきたのだから、昼くらいまでは寝ているだろう。
「いい匂い」
朝ご飯はみそ汁とご飯、それに野菜炒めと漬物だった。何とも豪華だ。普段だったら朝からこんなに要らないと思うが、今日はすでに畑で作業をしていたためか、素直に美味しそうと思う。それに家中に食欲がそそられる匂いが漂っているのも、空腹を促してくる。
「先にシャワーを浴びといで」
用意する志津に促され、悠人は泥だらけの格好を思い出す。慌てて客間に戻って着替えを取ると、頭から水のままでシャワーを浴びた。ううん、夏って感じ。ざばざばと浴びていると、信明が交代してくれと呼び掛けてくる。
「はい」
そうやっている間に、朝ご飯の準備はすっかり整っていた。信明も手早く作業着を着替えて茶の間に姿を現した。
毎年思っていることだが、都会にいるとそれほど聴こえないセミの声が、明け方からけたたましく鳴く。おかげで強制的に起こされてしまう。時計を見るとまだ五時前。普段だったら考えられない早起きだ。
「蜩って、朝にも鳴くんだ」
そして毎年、お決まりのことを言ってしまう。蜩というとイメージは夕方、他のセミが静かになった頃に物悲し気に鳴いているイメージがある。それがどうだ。ここでは朝方、他のセミが鳴く前に大合唱している。もちろん夕方も鳴いているが、朝は町も静かだから余計に響く。
そう思っていると徐々に空が明るくなり始め、他のセミも合唱を始めた。これもまた、都会のアブラゼミオンリーとは違って、色んな鳴き声が交じり合っている。
「すげえな。山の中にどのくらいセミが眠ってるんだろ」
あまりに多くのセミが鳴いているので、ふと、そんなことを考えてしまう。何年も土の中にいるというセミの幼虫。それが一斉に出てきて大合唱。しかし全部が全部、今年の夏に出てくるわけではない。さらに、すでにタマゴとして地中にもいるはずと、無駄に大自然の営みを想像してしまう。山の中は意外とセミにとっての都会なのかもしれない。
「おっ、早起きだな」
そこに、すでに着替えも済ませて手ぬぐいを片手に持った信明が廊下を歩いてきた。どうやら畑に行くらしい。
「もう仕事ですか」
「ちょっとな。この頃は熱中症に気を付けなきゃいけないだろ。陽が上り切ると暑くて出来ないからさ。この時間から草むしりだ」
「ああ。なるほど」
「悠人君も起きてやることがないんだったら、着替えたら手伝ってくれ。ああ、汚れてもいい服はあるか」
「あっ、はい。大丈夫です」
「長ズボンじゃないと駄目だそ」
「はい」
毎年何らかの手伝いをするので、汚れてもいいズボンとシャツは持ってきている。ただ、こんなに朝早くから手伝ったことはなかった。しかし、もうすっかり目が覚めた悠人は、早速着替えて手伝うことにした。
玄関に回らずに廊下からすぐに庭に出て、用意されていた長靴に足を通す。外に出ると、近くにある水田の匂いがして、ああ、田舎にいるなと実感する。その匂いを身体一杯に吸い込み、それからすでに作業する信明の元に行った。昨日食べたスイカの畑の手入れをしている。
「毎年手伝ってくれて助かるよ。和臣は全く手伝わんけどな。あれはあれで仕方ない」
「ははっ。でも、和臣さんが畑にいる図って、なんか想像できないかも」
「確かにな。昔から朝寝坊だったし、体力もないからなあ。畑なんかに出てきたら倒れてしまうんじゃないか」
信明はそう言って大笑いしている。自分の息子だというのに、意外にも畑の仕事を強制したことはないのだ。農家を継ぐとは思えないと、小さい頃から勉強好きの特性を見抜いていたせいだろう。悠人は和臣が真剣に本を読んでいる背中を見て、仕方ないと諦める信明を想像して笑ってしまう。
「さあ、朝飯前だしとっととやっちゃおう」
「はい」
軍手を受け取り、悠人は信明とは別の畝に取り掛かった。小さな雑草を手際よく毟っていく。何だか無心になる作業だ。時間が経つのも忘れて取り組んでしまう。しばらくひたすらに雑草を毟っていると
「朝ご飯が出来たわよ」
と、沙希が呼びに来た。スマホで時間を確認するともう七時前になっていた。周囲は完全に明るくなり、セミが一層せわしなく鳴いている。沙希のその手には水筒があり、二人に手早く冷えた麦茶を差し出す。
「ふう。生き返る」
「美味しいです」
それほど暑くない時間帯だったが、すでにうっすらと汗を掻いていた。だからキンキンに冷えた麦茶はとてもありがたい。喉がすっと潤った。
「ふふっ、悠人君がいると何でも遣り甲斐があるわ。ねえ、お父さん」
「そうだな。お、ものすごく頑張ってくれたんだな。ありがとう」
信明が積まれた雑草の山を見て嬉しそうに笑う。
「い、いえ」
大したことをやっていないのに褒められると恥ずかしい。悠人はぶんぶんと首を横に振り、コップに残っていたお茶を飲み干した。
「謙遜しなくていいのよ」
「そうだぞ。働いたらその分褒めるのは当たり前だ」
二人はそう言い合って笑っている。まったくもう、普段から両親と過ごす時間が少ないから、そういうことを言われると恥ずかしいのだ。家に戻ると、志津が台所でせっせと朝ご飯の用意をしていた。まだ和臣は起きていないようで、茶の間にはいない。昨日の夜に飛行機で戻ってきたのだから、昼くらいまでは寝ているだろう。
「いい匂い」
朝ご飯はみそ汁とご飯、それに野菜炒めと漬物だった。何とも豪華だ。普段だったら朝からこんなに要らないと思うが、今日はすでに畑で作業をしていたためか、素直に美味しそうと思う。それに家中に食欲がそそられる匂いが漂っているのも、空腹を促してくる。
「先にシャワーを浴びといで」
用意する志津に促され、悠人は泥だらけの格好を思い出す。慌てて客間に戻って着替えを取ると、頭から水のままでシャワーを浴びた。ううん、夏って感じ。ざばざばと浴びていると、信明が交代してくれと呼び掛けてくる。
「はい」
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