15 / 21
第15話 さようなら
しおりを挟む
ああ、こうやって見つめることでも、別の感情が巻き起こってくる。
まるで人間みたいに。
「悪かった。こんなことを言われても、困るだけだよな」
何の反応もせず、ただ見つめ返してくる愛佳に、呆れられたなと静嵐は背を向けた。
やっぱり、言うべきではなかっただろう。惚けて、適当なことを言えばよかったのだ。
普段ならば自分の感情のままに動くことはないというのに。
寺本のお節介に、自分は相当やられてしまったらしい。あの男は、妙に人間として生きてみろと唆す。もちろん、本人はそこまで露骨に言っていないが、静嵐からすれば同じだ。
いずれ、相手に化け物扱いされるというのに、どうして、人間らしく振る舞えるというのだ。
みんなは、年を取って、いずれは死んでいく。自分は、こうやって消えそうになって初めて死を意識したが、他の人々とは違うのだろう。
忘れ去られた神は、いなかったも同じ。そこらの石ころと同じなのだ。
「私は、あなたの傍にいたい」
「――」
考え事に没頭していた静嵐の腕を引っ張り、愛佳は真っ直ぐに見つめてきた。その目が、どこか母と似ていて、静嵐はよりどきっとする。
「お願い。消えそうになっている原因を探そうよ」
「――」
消えそうになっている原因。それを、静嵐は知っている。
でも、言えない。言えないから、愛佳にそう言わせてしまっている。また、失敗している。
「いいんだ。忘れろよ、君も」
言えるのは、これだけだ。
安い同情心で、自分の人生を棒に振るつもりなのか。やりたいことがあるからずっと図書館にいるんだろと、静嵐は言いたいのに、言葉に出来ない。
気付いている。本当は。誰かにこうして正面から受け止めてほしいのだと。
その一人は寺本で、そんな彼に心を許した瞬間、自分は消えそうになった。
まるで罰だ。
人でも神でもないはずの自分は、人になることを選べない。
いや、選ぶのが遅すぎた。
「静嵐」
「――」
ここで別れなければ、引き返せなくなる。静嵐はぐっと力を入れて、愛佳の手を離した。
「さようなら」
その言葉は、意外なほど口からすんなりと出ていた。別れの挨拶を、誰かに言うのは初めてだな。そう思うと、笑うことも出来た。
「――」
呆然としてしまった愛佳を残し、静嵐は暮れゆく鴨川沿いを先に進んだ。そしてとうとう、闇に溶け込んでしまったのだった。
「すみません」
「いや、いいよ。多分まだ、完全に消えていないと思うんだけど」
静嵐と別れて三日後。愛佳は寺本とともに車で静嵐の行方を捜していた。
まさかあのまま、本当にさようならになるとは思っていなくて、愛佳は追い掛けられなかったものの、明日も図書館で会えると信じていた。
でも、翌日。図書館に静嵐の姿はなかった。その次の日も、いつもの窓辺の席は空席になっていた。そしてついに三日目。探さなければと動き出したのだ。
このまま待っていたら、本当に静嵐は消えてしまう。二度と会えなくなってしまう。それは嫌だった。
「しかし、静嵐は人間と神様、どちらも面も持っているということだな」
恋人になる前に消える。そんなこと、神様ならば選択しないだろう。有無を言わせず自分のものにするはずだ。それが出来ないことこそ、静嵐が人間でもある証なのかもしれない。
我が儘を通すことが出来ていれば、静嵐はもっと神に近しい存在になっていたかもしれないのに、母親のことが頭を過ぎって出来なかったのだ。
まるで人間みたいに。
「悪かった。こんなことを言われても、困るだけだよな」
何の反応もせず、ただ見つめ返してくる愛佳に、呆れられたなと静嵐は背を向けた。
やっぱり、言うべきではなかっただろう。惚けて、適当なことを言えばよかったのだ。
普段ならば自分の感情のままに動くことはないというのに。
寺本のお節介に、自分は相当やられてしまったらしい。あの男は、妙に人間として生きてみろと唆す。もちろん、本人はそこまで露骨に言っていないが、静嵐からすれば同じだ。
いずれ、相手に化け物扱いされるというのに、どうして、人間らしく振る舞えるというのだ。
みんなは、年を取って、いずれは死んでいく。自分は、こうやって消えそうになって初めて死を意識したが、他の人々とは違うのだろう。
忘れ去られた神は、いなかったも同じ。そこらの石ころと同じなのだ。
「私は、あなたの傍にいたい」
「――」
考え事に没頭していた静嵐の腕を引っ張り、愛佳は真っ直ぐに見つめてきた。その目が、どこか母と似ていて、静嵐はよりどきっとする。
「お願い。消えそうになっている原因を探そうよ」
「――」
消えそうになっている原因。それを、静嵐は知っている。
でも、言えない。言えないから、愛佳にそう言わせてしまっている。また、失敗している。
「いいんだ。忘れろよ、君も」
言えるのは、これだけだ。
安い同情心で、自分の人生を棒に振るつもりなのか。やりたいことがあるからずっと図書館にいるんだろと、静嵐は言いたいのに、言葉に出来ない。
気付いている。本当は。誰かにこうして正面から受け止めてほしいのだと。
その一人は寺本で、そんな彼に心を許した瞬間、自分は消えそうになった。
まるで罰だ。
人でも神でもないはずの自分は、人になることを選べない。
いや、選ぶのが遅すぎた。
「静嵐」
「――」
ここで別れなければ、引き返せなくなる。静嵐はぐっと力を入れて、愛佳の手を離した。
「さようなら」
その言葉は、意外なほど口からすんなりと出ていた。別れの挨拶を、誰かに言うのは初めてだな。そう思うと、笑うことも出来た。
「――」
呆然としてしまった愛佳を残し、静嵐は暮れゆく鴨川沿いを先に進んだ。そしてとうとう、闇に溶け込んでしまったのだった。
「すみません」
「いや、いいよ。多分まだ、完全に消えていないと思うんだけど」
静嵐と別れて三日後。愛佳は寺本とともに車で静嵐の行方を捜していた。
まさかあのまま、本当にさようならになるとは思っていなくて、愛佳は追い掛けられなかったものの、明日も図書館で会えると信じていた。
でも、翌日。図書館に静嵐の姿はなかった。その次の日も、いつもの窓辺の席は空席になっていた。そしてついに三日目。探さなければと動き出したのだ。
このまま待っていたら、本当に静嵐は消えてしまう。二度と会えなくなってしまう。それは嫌だった。
「しかし、静嵐は人間と神様、どちらも面も持っているということだな」
恋人になる前に消える。そんなこと、神様ならば選択しないだろう。有無を言わせず自分のものにするはずだ。それが出来ないことこそ、静嵐が人間でもある証なのかもしれない。
我が儘を通すことが出来ていれば、静嵐はもっと神に近しい存在になっていたかもしれないのに、母親のことが頭を過ぎって出来なかったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
夢見るシンデレラ~溺愛の時間は突然に~
美和優希
恋愛
社長秘書を勤めながら、中瀬琴子は密かに社長に想いを寄せていた。
叶わないだろうと思いながらもあきらめきれずにいた琴子だったが、ある日、社長から告白される。
日頃は紳士的だけど、二人のときは少し意地悪で溺甘な社長にドキドキさせられて──!?
初回公開日*2017.09.13(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.03.10
*表紙イラストは、イラストAC(もちまる様)のイラスト素材を使わせていただいてます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる