図書館に棲む落ちこぼれの神様

渋川宙

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第15話 さようなら

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 ああ、こうやって見つめることでも、別の感情が巻き起こってくる。
 まるで人間みたいに。
「悪かった。こんなことを言われても、困るだけだよな」
 何の反応もせず、ただ見つめ返してくる愛佳に、呆れられたなと静嵐は背を向けた。
 やっぱり、言うべきではなかっただろう。惚けて、適当なことを言えばよかったのだ。
 普段ならば自分の感情のままに動くことはないというのに。
 寺本のお節介に、自分は相当やられてしまったらしい。あの男は、妙に人間として生きてみろと唆す。もちろん、本人はそこまで露骨に言っていないが、静嵐からすれば同じだ。
 いずれ、相手に化け物扱いされるというのに、どうして、人間らしく振る舞えるというのだ。
 みんなは、年を取って、いずれは死んでいく。自分は、こうやって消えそうになって初めて死を意識したが、他の人々とは違うのだろう。
 忘れ去られた神は、いなかったも同じ。そこらの石ころと同じなのだ。
「私は、あなたの傍にいたい」
「――」
 考え事に没頭していた静嵐の腕を引っ張り、愛佳は真っ直ぐに見つめてきた。その目が、どこか母と似ていて、静嵐はよりどきっとする。
「お願い。消えそうになっている原因を探そうよ」
「――」
 消えそうになっている原因。それを、静嵐は知っている。
 でも、言えない。言えないから、愛佳にそう言わせてしまっている。また、失敗している。
「いいんだ。忘れろよ、君も」
 言えるのは、これだけだ。
 安い同情心で、自分の人生を棒に振るつもりなのか。やりたいことがあるからずっと図書館にいるんだろと、静嵐は言いたいのに、言葉に出来ない。
 気付いている。本当は。誰かにこうして正面から受け止めてほしいのだと。
 その一人は寺本で、そんな彼に心を許した瞬間、自分は消えそうになった。
 まるで罰だ。
 人でも神でもないはずの自分は、人になることを選べない。
 いや、選ぶのが遅すぎた。
「静嵐」
「――」
 ここで別れなければ、引き返せなくなる。静嵐はぐっと力を入れて、愛佳の手を離した。
「さようなら」
 その言葉は、意外なほど口からすんなりと出ていた。別れの挨拶を、誰かに言うのは初めてだな。そう思うと、笑うことも出来た。
「――」
 呆然としてしまった愛佳を残し、静嵐は暮れゆく鴨川沿いを先に進んだ。そしてとうとう、闇に溶け込んでしまったのだった。




「すみません」
「いや、いいよ。多分まだ、完全に消えていないと思うんだけど」
 静嵐と別れて三日後。愛佳は寺本とともに車で静嵐の行方を捜していた。
 まさかあのまま、本当にさようならになるとは思っていなくて、愛佳は追い掛けられなかったものの、明日も図書館で会えると信じていた。
 でも、翌日。図書館に静嵐の姿はなかった。その次の日も、いつもの窓辺の席は空席になっていた。そしてついに三日目。探さなければと動き出したのだ。
 このまま待っていたら、本当に静嵐は消えてしまう。二度と会えなくなってしまう。それは嫌だった。
「しかし、静嵐は人間と神様、どちらも面も持っているということだな」
 恋人になる前に消える。そんなこと、神様ならば選択しないだろう。有無を言わせず自分のものにするはずだ。それが出来ないことこそ、静嵐が人間でもある証なのかもしれない。
 我が儘を通すことが出来ていれば、静嵐はもっと神に近しい存在になっていたかもしれないのに、母親のことが頭を過ぎって出来なかったのだ。
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