双子協奏曲

渋川宙

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第17話 意外な秘密

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 夜になっても雨は止まず、二日目の泊りの準備が始まった。とはいっても泊まり込むための準備は昨日で終わっているので、やることは雨漏りをしている箇所がないかを確認することだけだ。機械系統が問題なく動いているので心配は少ない。
「また夜か。ここからが問題だな」
 三階の天文台室をチェックする彰真は、疲れたように呟いた。それに同じくチェックをしていた天翔と将貴は顔を見合わせてしまう。普段から気遣いが上手く明るい彰真から漏れただけに、この夜を乗り切れるかに総てが掛かっているかのような深刻さがあった。
「あ、悪い。なんかさっきの諍いの話を聞いていたら、ちょっとしたことがきっかけになるんだなって思ってさ」
 まあここには他にいないからと、彰真は今まで心の内に留めていた思いを吐き出すように近くの椅子に腰掛けて二人を見た。それに倣って二人も観測機器の傍に置かれている椅子を引き寄せて座る。
「肩が当たっていざこざになったって、久保も平沢も言っていただろ。それって普段ならば何でもないことだよな。そこからさ、その、恋人とのこととか成績のこととか互いの暴露ばかりをするようになるって、酔っ払っていないと出来ないことだろ」
 それが平然と起こる状況なんだよと、彰真は声を小さくする。それは殺人すら普段よりも簡単に起こると確信しているような言い方だ。
「脅さないでくださいよ。それじゃあ何ですか。小杉が死んだのも誰かの諍いの末だって言うんですか。それも恋人のこととか論文の進捗状況とか、そんなことが原因だと言うんですか。この狭い人間関係の中で揉めていれば、すぐに解るはずですよ」
 それはないでしょと将貴は諌めるように言ってしまう。特に天翔は圭太の死の謎を解きたいと考えているのだ。単なる言い争いから発展して殺したとは考えていない証拠である。
「悪い。その、今ならば弾みってものでも起こるんじゃないか。それが俺は不安なんだよ。どれだけ俺たちが周囲に気を配ろうと、普段から抱えているものの総てを知っているわけじゃない。坂井先生のことは、誰もが共有しているからこそ表出しているだけだと思うんだ。きっと、小杉と何かある奴が確実にいた。そう言うことだと思う」
 俺だって単純に殺したと考えているわけではないと、殺すきっかけをこの雨が与えてしまったのではないかと彰真は言い直した。
「つまり、殺人の理由を考えるのは簡単でない。日頃からは見えない人間関係が存在する。そういうことですか」
 それまで黙って聞いていた天翔は、確認するように問い掛ける。それはずっと何か知らない関係があるのではと疑っており、今の彰真の意見が確信を持たせたからだ。何と言っても天翔はここでの人間関係を学生以上に知らない。
「まあ、人が何を考えているなんて解らないからな。どこでどういうトラブルを抱えているかなんて解らないよ。それに俺の考えていることをお前らが解らないように、俺だってお前らの考えが解らないよ。だってそれが普通だろ。総てを知っているなんて、家族ですら不可能だ。まあ、お前らとは根に持つようなトラブルはなかった。そう自信を持っているだけだしね」
 恨み言があるなら今のうちに言えよと、彰真は冗談を飛ばすのを忘れない。天翔が真面目に受け止めたことで、彰真も自分の考えに間違いがないと確信できたおかげだ。生真面目な性格も時には役に立つ。
「何だよ、二人して。それってもし雨が降ってここに閉じ込められることがなくても、いずれ殺人は起きたってことですか。まあ、微妙な時期だという話を雨が降る前に天翔としてましたけど」
 お前は大丈夫なのかと、圭太の死の真相ばかりを考えていられないのではと将貴は不安になる。恵介のことはこれが終わっても避けて通れない問題だ。
「それは大丈夫だろう。もし坂井先生が周囲の指摘するとおりに俺の次の仕事に不安があるだけならば、こんなことはしないはずだ。自分の身が危うくなるだけだからね。ああいう頭が働く人は、いつでも慎重に動くものだと思うよ。だから坂井先生はいつも通りに振舞いつつも、目立った動きをしないのだと思う」
 天翔のその指摘に、二人はそれもそうかと納得する。たしかにあらゆる情報を集めようと動くことはあっても、何かを率先してやろうとはしていない。それどころか雅之に何かおべっかを使うような振る舞いすらしていないのだ。普段ならば鬱陶しいくらいに感じる恵介の行動は、事件発覚後から半分くらいに減っているといっても過言ではない。というより恵介のことにばかり気を取られていられないという事情がある。
「つまり若宮は何の心配なく動けるってわけか。ここでの人間関係はまだそれほど深くない。まあ、研究室にいるメンバーは違うか。一緒にいる時間が長いもんな。しかし鳥居先生を除くとこれといったしがらみはないわけだ」
 それで冷静に考えられるのかもなと彰真は笑った。つまり、それが雅之が天翔に謎を解かせてもいいと考えた理由でもあるのだ。関係性の希薄。もちろん他と比べるとというものだが、それでも距離を置いて考えることが出来る。
「とはいっても、そのおかげでどういう人間関係なのか解っていないところが多いのも事実です。例えば杉田君とうちの島田が仲がいいというのは、事件が起こるまで知らなかったことです。研究室のメンバーですらこれですよ。他にも知らない関係性があるんだろうなと思いますね」
 その分、自分の秘密も知られなくていいのだけどと、天翔は心の中で呟く。まだ、自分の中でも処理し切れていないことだ。あまり他人には知られたくない。
「そんな複雑な関係はないと思うぞ。島田と杉田君が仲がいいのは大学での先輩後輩の関係だからだしな。学生同士の関係はよく知らないけど、他に困るような関係性はないだろ」
 ですよねと将貴は彰真に同意を求めたが、その彰真が困った顔をしていた。
「どうしたんですか」
 まさか何か隠し事かと、将貴が笑顔で問いかける。もちろん何もないだろと思う故だ。しかし彰真は気まずそうな顔のままである。
「あの、無理に言わなくてもいいですが」
 あまりに躊躇っているので、天翔は自分のように特殊な事情があるのだろうとそこで話題を切ろうとした。しかし彰真は意を決したように膝を叩く。
「いや、この際だから言っておこう。俺、春日典佳と付き合ってます」
 ああすっきりしたと、言い終えた彰真は晴れやかな顔になる。そうだろう。とんでもない秘密だ。がしかし、聞かされた二人はぽかんとしてしまう。
「はい?」
「えっ?」
 もう一度お願いしますと、今の言葉が処理できなかったと二人は正気に戻ると同時に訊き返していた。するとわざとだろと彰真は真っ赤になって怒鳴る。
「だって」
「意外で」
 二人はわざとではないと、同時に首を振る。あのマイペースの典佳と彰真がこっそりと付き合っていた。それは想像の範囲を大きく超える出来事だった。何というか、典佳がうっかり喋ってすぐにばれそうな感じがする。
「これでも二年付き合ってんだからな」
 凄いだろと、もう無意味に威張るしかない彰真は大声で笑った。その豪快な笑いにつられて二人もくくっと笑う。すると笑いが止まらなくなった。久々に面白いと感じた気がした。それほど緊張状態が続き、しかも一日が長く感じられていたのだ。三人はしばらくゲラゲラと笑い続ける。
「ヤバい、窒息する」
 あまりに笑い過ぎて息が出来ないと将貴が言うと、お前、それは笑い過ぎだと彰真が怒ってまた笑いが起きる。天翔も笑いつつ、二人が付き合っている様子ってどんな感じだろうかと首を傾げた。正直、二人が付き合っている様子は全く想像できない。彰真が典佳のマイペースに振り回されているというところだろうか。
「で、春日さんのどこがいいんですか。やっぱりあのおっとりしたところ」
 すると同じく疑問に思っていた将貴がずばりと質問した。すると彰真の顔が再び真っ赤になる。
「そ、そうだな。まあ、癒し系ってやつ」
 後頭部をぽりぽりと掻き、彰真は照れ臭そうだ。こうやって揶揄われるのが嫌で今までこそっと付き合っていたというのにと、この雨で予想外の告白をすることになってしまったと愚痴を零す。
「何がきっかけで――」
 さらに将貴が追及しようとした時、けたたましい音が館内に響き渡った。それは誰かが火災警報器を押したために鳴った音だ。
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