24 / 28
第24話 暦注
しおりを挟む
本当に腹黒いお方であることは間違いないな。泰久は良からぬことを企みながら、笑顔で暦注を作っている保憲を見てドン引きしてしまう。
そんな泰久に、ちょっと遊び過ぎたかなと、保憲は真面目な顔になった。そして、どうして制限できると考えるかを教えることにする。ということで、今書いているものではなく、別の年の暦注を出した。
「泰久君。これを見てどう思う?」
そしてその中身をゆっくり見てみろと訊ねた。
「これですか」
暦注は自分の時代にもあるので、珍しくはない。それなのにどうしてと思いつつも、泰久は素直にそれを開いた。そして、その細かさにびっくりしてしまう。
「な、何ですか、これ」
「その様子だと、暦注は君の頃には簡略化されているようだな」
「ええ」
正直、こんなにびっしりと何かが書いてあるとは思っていなかった。泰久の時代にも十分に参照されている暦注だが、さすがに毎日は書いてない。泰久はそのまま最後まで確認してしまったほどだ。
何も書いていない日がない。しかも色々と事細かに書かれている。この事実は驚かされる。
「これは不便ですね」
「そう思うだろう。殿上人たちはこれを律儀に毎日守っているんだ。もはや制限というしかないよね。そもそも、暦注というのは指針であって、その日の行動の総てを決めるためのものじゃなかったんだ。儀式との兼ね合い、農作物の出来る時期、衣替えの時期なんてものを解りやすくするためのものだったんだよ」
「は、はい」
「それがいつしか吉凶も載せるようになり、物忌みはいつがいいか、方違えはどうするということが付随するようになった。そうなるともう増加の一途だよ」
自分で考えるのが面倒だからさと、保憲は悪い笑みを浮かべる。
それに対し、この人はいちいち楽しまなければ気が済まないのだろうかと、泰久は曖昧な表情をすることしか出来ない。
保憲はそれにごほんと咳払いをすると
「ともかく、あまりに煩雑なので一度廃止が決まったほどだ。弘仁元年のことなんだけどね。しかし、殿上人たちがないと不安で仕方ないと陳情したことによって、すぐに復活している」
実際にそうなんだよと説明を加えた。
「へえ」
まさかこの時代にも廃止が検討されたことがあったのかと、それに驚く泰久だ。しかし、殿上人たちが暦注にしがみついてしまったとは、何とも言えない気分になる。
そりゃあ、賀茂家に目を付けられるよね。
陰陽寮を乗っ取る事が出来れば自分たちの地位を確立出来る。この突飛とも思える発想は、こういう事例の積み重ねから導かれたことなのだろう。
そして呪術的なことを廃してしっかり学問として学び、さらに呪術的な部分は自分たちの持つ、裏稼業という力によって実現してしまう。すでに呪術や儀礼に傾きつつあった陰陽寮にとって、これほど助かる人材はいないだろう。実に上手く立ち回っていることが解った。
「でも、そうなると不思議なことって全くないんですかね」
泰久はどうなんですかと保憲に確認してしまう。それに保憲は君が言うのかとくすっと笑うと
「考えることを放棄した時に、不思議というのは現われるんだよ。まあ、君が時を超えてやって来たという、本当の不思議を前にすると、詭弁だけでは切り抜けられないものは存在することは解るけどね」
例外が目の前にいるからなあと悔しそうだった。
そうだった。泰久が晴明や保憲に出会えたのはまさに不思議。そしてその不思議をもたらしたのは巻物だ。
「あの巻物に、何か不思議が宿っているんですかね」
泰久はそれが見つかれば、陰陽師の術も裏があるものばかりにならないのではと期待してしまう。
「どうだろうね。君の執念の結果じゃないの。人間ほど不思議なものはないからね」
しかし、その希望は泰久が不思議という結論に置き換えられてしまうのだった。
暦注に関して勉強していたはずなのに、違うことを悟ってしまったな。泰久がそう思いつつ晴明の元に戻ると、こちらは忙しく計算している最中だった。山のような数字が羅列されていて、泰久はくらっとしてしまう。
算術の苦手意識は随分と改善されたが、やはり膨大な数字を前には怯んでしまう。
「あっ、君。暇ならばこれを写してくれないか」
と、晴明に声をかけ損ねていたら、この時代の陰陽博士から雑務を押しつけられてしまった。ここに出入りしているからには仕事が回ってくるのは当然だ。ただで教えるほど、陰陽寮は暇ではない。
「う、写すだけで大丈夫ですか」
「大丈夫。君、字が綺麗だからね。よろしく」
陰陽博士は任せたよと背中を叩いて去って行く。
ちなみにここに出入りするにあたり、晴明の遠縁という形で入っている泰久である。今の自分の失態は後の自分に返ってくることになると、真面目に業務に取り組むのも当然だった。
安倍家の評判を落とすようなことは出来ないからね。
「ううん。でも、帰れるのかな」
不思議が次々と否定されていく中、その例外である自分はどうなってしまうのだろう。その不安が尽きない泰久だった。
そんな泰久に、ちょっと遊び過ぎたかなと、保憲は真面目な顔になった。そして、どうして制限できると考えるかを教えることにする。ということで、今書いているものではなく、別の年の暦注を出した。
「泰久君。これを見てどう思う?」
そしてその中身をゆっくり見てみろと訊ねた。
「これですか」
暦注は自分の時代にもあるので、珍しくはない。それなのにどうしてと思いつつも、泰久は素直にそれを開いた。そして、その細かさにびっくりしてしまう。
「な、何ですか、これ」
「その様子だと、暦注は君の頃には簡略化されているようだな」
「ええ」
正直、こんなにびっしりと何かが書いてあるとは思っていなかった。泰久の時代にも十分に参照されている暦注だが、さすがに毎日は書いてない。泰久はそのまま最後まで確認してしまったほどだ。
何も書いていない日がない。しかも色々と事細かに書かれている。この事実は驚かされる。
「これは不便ですね」
「そう思うだろう。殿上人たちはこれを律儀に毎日守っているんだ。もはや制限というしかないよね。そもそも、暦注というのは指針であって、その日の行動の総てを決めるためのものじゃなかったんだ。儀式との兼ね合い、農作物の出来る時期、衣替えの時期なんてものを解りやすくするためのものだったんだよ」
「は、はい」
「それがいつしか吉凶も載せるようになり、物忌みはいつがいいか、方違えはどうするということが付随するようになった。そうなるともう増加の一途だよ」
自分で考えるのが面倒だからさと、保憲は悪い笑みを浮かべる。
それに対し、この人はいちいち楽しまなければ気が済まないのだろうかと、泰久は曖昧な表情をすることしか出来ない。
保憲はそれにごほんと咳払いをすると
「ともかく、あまりに煩雑なので一度廃止が決まったほどだ。弘仁元年のことなんだけどね。しかし、殿上人たちがないと不安で仕方ないと陳情したことによって、すぐに復活している」
実際にそうなんだよと説明を加えた。
「へえ」
まさかこの時代にも廃止が検討されたことがあったのかと、それに驚く泰久だ。しかし、殿上人たちが暦注にしがみついてしまったとは、何とも言えない気分になる。
そりゃあ、賀茂家に目を付けられるよね。
陰陽寮を乗っ取る事が出来れば自分たちの地位を確立出来る。この突飛とも思える発想は、こういう事例の積み重ねから導かれたことなのだろう。
そして呪術的なことを廃してしっかり学問として学び、さらに呪術的な部分は自分たちの持つ、裏稼業という力によって実現してしまう。すでに呪術や儀礼に傾きつつあった陰陽寮にとって、これほど助かる人材はいないだろう。実に上手く立ち回っていることが解った。
「でも、そうなると不思議なことって全くないんですかね」
泰久はどうなんですかと保憲に確認してしまう。それに保憲は君が言うのかとくすっと笑うと
「考えることを放棄した時に、不思議というのは現われるんだよ。まあ、君が時を超えてやって来たという、本当の不思議を前にすると、詭弁だけでは切り抜けられないものは存在することは解るけどね」
例外が目の前にいるからなあと悔しそうだった。
そうだった。泰久が晴明や保憲に出会えたのはまさに不思議。そしてその不思議をもたらしたのは巻物だ。
「あの巻物に、何か不思議が宿っているんですかね」
泰久はそれが見つかれば、陰陽師の術も裏があるものばかりにならないのではと期待してしまう。
「どうだろうね。君の執念の結果じゃないの。人間ほど不思議なものはないからね」
しかし、その希望は泰久が不思議という結論に置き換えられてしまうのだった。
暦注に関して勉強していたはずなのに、違うことを悟ってしまったな。泰久がそう思いつつ晴明の元に戻ると、こちらは忙しく計算している最中だった。山のような数字が羅列されていて、泰久はくらっとしてしまう。
算術の苦手意識は随分と改善されたが、やはり膨大な数字を前には怯んでしまう。
「あっ、君。暇ならばこれを写してくれないか」
と、晴明に声をかけ損ねていたら、この時代の陰陽博士から雑務を押しつけられてしまった。ここに出入りしているからには仕事が回ってくるのは当然だ。ただで教えるほど、陰陽寮は暇ではない。
「う、写すだけで大丈夫ですか」
「大丈夫。君、字が綺麗だからね。よろしく」
陰陽博士は任せたよと背中を叩いて去って行く。
ちなみにここに出入りするにあたり、晴明の遠縁という形で入っている泰久である。今の自分の失態は後の自分に返ってくることになると、真面目に業務に取り組むのも当然だった。
安倍家の評判を落とすようなことは出来ないからね。
「ううん。でも、帰れるのかな」
不思議が次々と否定されていく中、その例外である自分はどうなってしまうのだろう。その不安が尽きない泰久だった。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる