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第三章 森の薬師編
51 マナの抱く闇
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「まあ、自己紹介みたいなもんだ、聞いてくれ。ええと、爺さんのところまで話したか。後は、神薬革命の時は色々あったが、話すと長い。薬学院の副院長やら何やらやって、今はここで気ままに薬師生活だ。こんなところだな」
それからニイナは、マナの華奢な肩に手をかけて言った。
「次はお前だ」
「え? わたし?」
「これから家族になるんだ、何でも話していいんだぞ」
家族という言葉を聞いた時、心の奥底にある闇が溢れてくるのをマナは感じた。それは他人に言って楽しい話では決してない。けれど、マナはずっと隠してきた心の闇を止める事が出来なくなった。
「……わたしは、以前はこことは別の世界にいました。お父さんは顔も知りません。10歳まではお母さんと二人で暮らしていました」
マナの母はいつも優しかった。母子二人の生活は貧困と言ってもいいくらいだったけれど、マナは幸せだった、母が病に倒れるまでは。急性白血病だった。あっという間に死が優しい母を連れていってしまった。
それからは、遠い親戚を頼った。父母に男の子が二人という家族で顔も知らない人達だった。家の主人から、マナを仕方なく引き取ったのだと何度も聞かされた。マナの母が残した一千万円を超える保険金は全て巻き上げられた。
家の者からは存在がないとでもいうように無視される。そのくせ、家の仕事は全てマナに押し付けられた。学校から帰れば、洗濯、風呂掃除、家事までやって休む暇もない。食事は一人だけ離れたところで取らされ、年の近い二人の男の子にはしょっちゅう苛められていた。
それだけならまだ耐えられたかもしれない。学校ではもっと酷い苛めに合った。ハーフでもないのに特異な目の色は気味悪がられ、なまじ可愛いのも仇になってターゲットにされた。殴られたり蹴られたりして痣になるなど良くある事で、泥を投げつけられたり、川に落とされたりもした。
マナは周囲の人間を通して世界に拒絶されているのを感じていた。ここには自分の生きる場所などないと諦めていた。そして、決定的な出来事が起こった。家の男の子がマナの母の形見のキャッツアイを見つけてしまったのだ。主人がそれを取り上げようとしてマナは必死に抵抗した。誰かに逆らったのはこれが初めてだった。主人の腕にかみついてキャッツアイを取り戻すと、頬を殴り飛ばされて家を飛び出した。
マナは逃げて逃げて、しまいにはどこを走っているのか分からなくなった。もうこの世界から消えてしまいたいと思った。絶望に引かれて向こうから迫ってくる自動車の前に飛び出し、少しの後悔と、これで楽になれるという安堵感の中で立ち尽くした。その次の瞬間、マナは異世界に召喚されていた。
「わたし死のうと思っていたのに、目の前に迫ってきた馬車をよけていたんです」
マナは手の平にある形見の宝石を見つめていた。
「そうか……」
ニイナがマナの頭を引っ掻き回すように強い力でなでると、メラメラも下からマナの額の辺りを小さな手でなで回す。
「マナ、かわいそう」
「ありがとうね、メラメラ」
マナの涙が緑のキャッツアイの上に落ちた。ニイナはマナの頭に手を置いたままで言った。
「辛かったな」
「はい……」
「お前が死ななかったのは、ここでやるべき事があるからだ。わたしが思うに、お前は生まれてくる世界を間違えちまったんだ、神様の悪戯というやつか」
よしとニイナが立ち上がり、竈の前に立つ。
「お姉さんがご馳走を作ってあげよう。美味いものを食べて、嫌な事は忘れろ」
ニイナが真っ赤な火打石のようなもので竈の薪に火を付ける。すごい勢いで炎が出て、ニイナ自身が少しびびっていた。
「薬が多すぎたか」
何やら不吉な事を言って、それから待つこと半刻、出来上がった料理を見てマナは言葉を忘れた。
丸パンは焼き過ぎで上の方など黒くなっているし、肉の塊らしきものは灰だらけ、やたらと汁気の多い野菜炒めにはフルーツらしきものが混じっていた。
「よし、会心の出来だ」
言いつつ、ニイナは肉の塊を切り分けて、焦げたパンとそれを皿に揃えて出した。
「さあ、食え」
いつもなら真っ先に食べ物に反応するメラメラが、不審そうに黒焦げのパンを突っつく。せっかく作ってくれたものなので、マナは意を決して食べる事にした。
「い、いただきます」
見た目通り美味くはなかった。肉は灰を取れば食えるが焼き過ぎで固いし、パンは焦げ目を削ぎ落すと大きさが半減した。そして野菜炒めは壊滅的な味だ。王宮の料理を食べ慣れていたマナにとって、その悲惨さは一入である。
「うん、今日のは食える方だ」
どうやら本人も料理の不味さは自覚しているようだった。
「はふうぅ……」
流石のメラメラも、パンや肉を食う度に変顔になっていた。
マナは食事が終わると間髪入れずに言った。
「あのぅ。お世話になる代わりに、ご飯を作らせて下さい」
気の弱いマナが言葉を濁さずに、はっきりと言い切った。ここは死守しなければならないところだ。それを聞いたニイナの顔が、喜びに満ち溢れた。
「いいのか!? 作ってくれるのか!?」
「え、ええ、作ります。もうこれからずっと」
「そりゃ助かるな! 薬を作るのは得意なんだが、料理は少しばかり苦手でな」
「フフフッ」
マナは思わず笑ってしまった。少しばかりでも過大評価だと思ってしまった。
こうして王家から離れたマナの新しい生活が始まった。料理は好きになれなかったが、この短い邂逅でマナにとってニイナという人は家族同然の存在になっていた。
それからニイナは、マナの華奢な肩に手をかけて言った。
「次はお前だ」
「え? わたし?」
「これから家族になるんだ、何でも話していいんだぞ」
家族という言葉を聞いた時、心の奥底にある闇が溢れてくるのをマナは感じた。それは他人に言って楽しい話では決してない。けれど、マナはずっと隠してきた心の闇を止める事が出来なくなった。
「……わたしは、以前はこことは別の世界にいました。お父さんは顔も知りません。10歳まではお母さんと二人で暮らしていました」
マナの母はいつも優しかった。母子二人の生活は貧困と言ってもいいくらいだったけれど、マナは幸せだった、母が病に倒れるまでは。急性白血病だった。あっという間に死が優しい母を連れていってしまった。
それからは、遠い親戚を頼った。父母に男の子が二人という家族で顔も知らない人達だった。家の主人から、マナを仕方なく引き取ったのだと何度も聞かされた。マナの母が残した一千万円を超える保険金は全て巻き上げられた。
家の者からは存在がないとでもいうように無視される。そのくせ、家の仕事は全てマナに押し付けられた。学校から帰れば、洗濯、風呂掃除、家事までやって休む暇もない。食事は一人だけ離れたところで取らされ、年の近い二人の男の子にはしょっちゅう苛められていた。
それだけならまだ耐えられたかもしれない。学校ではもっと酷い苛めに合った。ハーフでもないのに特異な目の色は気味悪がられ、なまじ可愛いのも仇になってターゲットにされた。殴られたり蹴られたりして痣になるなど良くある事で、泥を投げつけられたり、川に落とされたりもした。
マナは周囲の人間を通して世界に拒絶されているのを感じていた。ここには自分の生きる場所などないと諦めていた。そして、決定的な出来事が起こった。家の男の子がマナの母の形見のキャッツアイを見つけてしまったのだ。主人がそれを取り上げようとしてマナは必死に抵抗した。誰かに逆らったのはこれが初めてだった。主人の腕にかみついてキャッツアイを取り戻すと、頬を殴り飛ばされて家を飛び出した。
マナは逃げて逃げて、しまいにはどこを走っているのか分からなくなった。もうこの世界から消えてしまいたいと思った。絶望に引かれて向こうから迫ってくる自動車の前に飛び出し、少しの後悔と、これで楽になれるという安堵感の中で立ち尽くした。その次の瞬間、マナは異世界に召喚されていた。
「わたし死のうと思っていたのに、目の前に迫ってきた馬車をよけていたんです」
マナは手の平にある形見の宝石を見つめていた。
「そうか……」
ニイナがマナの頭を引っ掻き回すように強い力でなでると、メラメラも下からマナの額の辺りを小さな手でなで回す。
「マナ、かわいそう」
「ありがとうね、メラメラ」
マナの涙が緑のキャッツアイの上に落ちた。ニイナはマナの頭に手を置いたままで言った。
「辛かったな」
「はい……」
「お前が死ななかったのは、ここでやるべき事があるからだ。わたしが思うに、お前は生まれてくる世界を間違えちまったんだ、神様の悪戯というやつか」
よしとニイナが立ち上がり、竈の前に立つ。
「お姉さんがご馳走を作ってあげよう。美味いものを食べて、嫌な事は忘れろ」
ニイナが真っ赤な火打石のようなもので竈の薪に火を付ける。すごい勢いで炎が出て、ニイナ自身が少しびびっていた。
「薬が多すぎたか」
何やら不吉な事を言って、それから待つこと半刻、出来上がった料理を見てマナは言葉を忘れた。
丸パンは焼き過ぎで上の方など黒くなっているし、肉の塊らしきものは灰だらけ、やたらと汁気の多い野菜炒めにはフルーツらしきものが混じっていた。
「よし、会心の出来だ」
言いつつ、ニイナは肉の塊を切り分けて、焦げたパンとそれを皿に揃えて出した。
「さあ、食え」
いつもなら真っ先に食べ物に反応するメラメラが、不審そうに黒焦げのパンを突っつく。せっかく作ってくれたものなので、マナは意を決して食べる事にした。
「い、いただきます」
見た目通り美味くはなかった。肉は灰を取れば食えるが焼き過ぎで固いし、パンは焦げ目を削ぎ落すと大きさが半減した。そして野菜炒めは壊滅的な味だ。王宮の料理を食べ慣れていたマナにとって、その悲惨さは一入である。
「うん、今日のは食える方だ」
どうやら本人も料理の不味さは自覚しているようだった。
「はふうぅ……」
流石のメラメラも、パンや肉を食う度に変顔になっていた。
マナは食事が終わると間髪入れずに言った。
「あのぅ。お世話になる代わりに、ご飯を作らせて下さい」
気の弱いマナが言葉を濁さずに、はっきりと言い切った。ここは死守しなければならないところだ。それを聞いたニイナの顔が、喜びに満ち溢れた。
「いいのか!? 作ってくれるのか!?」
「え、ええ、作ります。もうこれからずっと」
「そりゃ助かるな! 薬を作るのは得意なんだが、料理は少しばかり苦手でな」
「フフフッ」
マナは思わず笑ってしまった。少しばかりでも過大評価だと思ってしまった。
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