白狐とラーメン

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伊津野さんの事情

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 そういうわけで、どんなわけで、こういうわけで、わたしは伊津野さんとラーメンに来ている。
 女性と初めて一緒に店に行くとか母親以外ではいつぶりだろうか。きっと幼稚園とか小学生とか、まだわたしが純真だったころに違いない。
 向かったのは町の駅前通りの店である。
 そこにはラーメン屋が乱立する、ラーメン天国とわたしが呼ぶ通りだ。
 そこにあるのはラーメン屋戦国時代を勝ち抜いてきた強豪たち。
 どこもかしこも大抵の場合、おいしさが担保されたとても素晴らしい場所である。
 やはりここは一番おいしいものを食べさせた方が良いだろうと見栄なんてものを張ったわたしは、つい先ほども来たラーメン屋へと再び足を踏み入れた。
「らっしゃい! ってまた来たのか。しかも今度は女の子連れじゃねえか! 彼女か!」
 この余計なお世話かつ大きなお世話かつ下世話なことを言ってくる四十路か五十路か定かではない男はこの店、ラーメン屋來風の店主である。
 頭に付けたバンダナがトレードマークで、声はでかく如何にも大将と言った風情。
 わたしと顔見知りなのはわたしが定期的に來風のラーメンを摂取しに来ているからである。
 最低でも週に一回、下手したら三回は行っている。
 それくらいにここのラーメンはめっぽう美味い。南国の島国九州生まれのわたしのラーメン舌すら唸らせる絶品のラーメン屋である。
 味はとんこつ。麺は細麺。トッピングはネギとチャーシュー、メンマとオーソドックスながらそれがいいのである。
 ラーメンに余計なトッピングは必要ない。三種のトッピングさえあればいいというのが持論である。
「いつものやつ」
 メニューを見ずに、いつものと頼む優越感は何物にも代えがたい。
 しかし、こんな優越感は世間にとってはさほど評価されないのである。もしこれが評価されるならばわたしはもっと違う人生を歩んでいたに違いない。
 しかも本日二回目である。数時間も立っていない、下手したら三十分も経過していない。
 だが、ラーメンは別腹である。例えどんな状況にあろうともラーメンはおいしく食べられる。
 なぜならラーメンは神の食べ物であるからだ。
「はいよ。そっちの嬢ちゃんはどうする?」
 伊津野さんはカウンター上のスペースに引っ掛けられたメニュー札を見ている。
 この店は結構色々なラーメンを出すが、やはりオーソドックスなラーメンが一番うまい。
 しかし、わたしはそれを告げることはできない。
 何度も言うがわたしは童貞なのである。彼女いない歴イコール年齢をまい進しているのである。
 少しでも女性と話すことも緊張してしまう。
 何か粗相をしてはいけぬと必要以上に気を張って結果、寡黙というバッドステータスを獲得するのである。
「……同じものを」
 結局、彼女は悩む時間も煩わしかったのだろう。わたしと同じものを頼んだ。
 それでいい、それが正解だ、とは言えるわけもなく、ただわたしは自分と彼女の分のコップに水を灌ぐばかり。
「じゃ、ちょっと待ってな」
 注文も済ませた我々は、カウンターではなくテーブル席に座っている。
 対面に座って、テーブルの上にあるのは水の入ったコップとヤカン。
 それからコショウ、ゴマ、ラー油、ラーメンダレ、ショウガ、辛子高菜、小皿である。
 他に客はなく、いるのは店主のみである。もう夜も遅めの時間である。閉店も間際ならば当然だろう。
 それでもいやな顔せずラーメンを出してくれる店主には感謝だ。
 ――さて、いつもならば特にすることなくスマホでもいじるところであるが、今日は目の前に女性がいるから自重する。
 なにより彼女には色々と聞きたいことがあるのだ。
「…………」
「…………」
 しかし、いつまでたっても会話が起きる気配がない。店内の時計のかちかちという音が妙に大きい。
 鍋の音、水の音、すべてが大きすぎるくらいだ。
 なにより大きいのはわたしの心音である。鼓動がうるさい。顔に出ない性質で本当に助かった。
 これで顔に出ていれば今頃は引きつった笑みを浮かべていたことだろう。
 聞きたいことは多々あるが、わたしはいったいどうやって彼女にそれを聞くべきなのだろう。
 というか、女性と会話するその第一声はどうしたらいいのだろう。
 誰かわたしに教えてくれ、今すぐに。
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