白狐とラーメン

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五月 万の店の仕事

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 わたしを値踏みしている店主は、笑みを作り今度は伊津野さんに向ける。
「なるほど。確かに、これは助けてしまうだろうね。キミたちのようなものにとって彼は極上だ」
「そのようです。先輩はとてもおいしそうです」
 本当にその視線の通りになにやら怪しい雲行きである。
 再び店主がこちらに視線を向ける。
「キミは無自覚に引き寄せる体質だね」
「はあ、そうらしいですね……?」
「この土地に来て一年というところか。ここ一か月は伊津野がいたから良いが、一年も良く無事に過ごせたものだ」
 何やら怖いことを言われている。
 わたしはそんなに危ない橋を渡っていたのだろうか。
 大学に入学し、栄光の一人暮らし、独身貴族へと見事に退廃的な昇進を果たしたわたしは、この「町」では新参である。
 新参者らしく、あらゆる場所へ赴き、馴染みのラーメン屋を探しては食べ歩きを敢行してきた。
 反社会勢力や不良学生との付き合いは皆無である。
 そんな危ない橋など渡った覚えは一切ない。
「現実的には。でも、こちら側はどうかな?」
 こちら側。
 つまり、わたしからすればあっち側。常世ではなくあの世とか彼方、彼岸の事である。
 つまり妖怪、妖、幽霊、魔と言ったものどもの世界においてわたしはそんなに危ない橋を渡っていたらしい。
 いやいや、無自覚に引き寄せるからといってそんな危ないことなど生涯で一度も。
 いや、一度だけはあるか。まさしく今夜のことである。
「この土地は特別だからね。昔ながらの町並みが残る古都であり、埋め立てもない。あるがままを残している。歴史は崩れることなく降り積もってもはやひとつの塔になっているといってもいい」
「塔……?」
 店主の迂遠で深遠な言葉を簡単に行ってしまえば、この町は他とは違うということだ。
 この町の歴史が深く、ここでは合戦があったこともある。
 血と怨念がしみこみ、長く土地に根差した神社や仏、道祖神なんてものがいたるところに設置されたままになっている。
 つまるところ神秘度合いが他の場所よりも強いということらしい。彼岸との距離が短いから、そういうものどもが気が付かないうちにいるのだとか。
「こいういう土地は他と違ってまだ色々と残っているんだよ。キミのような体質の者はそういうものたちからしたらとてもおいしそうに見えるそうだ」
「えぇ…………」
 食われるのは断固拒否したいところである。人間五十年の時代ならばまだしも、人間百年の時代で四半世紀にも届かぬ齢で死にたくはない。
「だから、伊津野はキミについていたんだろうね」
 ここでひとつの疑問が氷解した。
 なるほど、伊津野さんがわたしがいる場所にひょっこり現れて隣に座っていたのはそういう事情があったのか。
 感謝である。あまりの感謝に内心では滂沱の涙を流しているが、相変わらず体面を気にするわたしの表情筋は一切動かない。
 いやいや、待て待て。
 ふとわたしの理性回路が待ったをかける。
 何事かと脳内首相陣が問う。
 ――そんな簡単に信じていいのかと。
 そうだ、人類は醜いことをわたしは知っている。裏切り、騙しは人間の基本性質だと信じて疑わない心をわたしは得ているのだ。
 そいつが警鐘を鳴らしている、これは新手の詐欺ではないのかと。
 詐欺だとしてもわたしという木端学生を騙してなんとするのか利益がないではないか。
 いやいや、そこで信じるのが駄目。世の中には様々な利用法がある。マルチや臓器売買などなどだ。
 よくもまあ、そんな方法を思いつくなと思うような手法が世の中にはあるのである。
 具体的にはわたしもわからないが、もうひとりのわたしが警鐘を鳴らすのだからきっとあるのだろう。
 そうだ、簡単な解決法がある。
「あの、証拠を見せてもらってもいいですか?」
「証拠? ああ、本当に放っておいたらキミが大変なことになるのかってことか。そうか、キミは引き寄せる体質だけど、視えないんだね。世の中には知らなくていいこともあるけれど、見せた方が早いのも事実。良いよ、庭にでよう」

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