空のない世界(裏)

石田氏

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11章 蟲

03

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「うっ……」
ブライアンはうっすらと目をかけ、辺りを見渡す。まだ、頭の後ろ辺りが痛い。
 周りを見ると、あの地下室から動いていないらしい。が、ブライアンは椅子にくくりつけられ、動けなくなっていた。
「くくくっ」
そこへ男が、ロナウド・シュタイン医師がいた。
「目が覚めたようだな」
「貴様!」
「そう睨まないで欲しいねぇ」
ロナウドはブライアンの周りをぐるぐると回りながらそう言った。
「お前の目的はなんだ」
「目的をのこのこ話すと思うか?」
「ネビル殺害は貴様がやったのか」
「私ではない」
「信じると思うか」
「なら、何故聞いた。信用しないなら聞くだけ無駄だろう。それとも、はい私がやりましたと言うと、君は信じるのかい?君は都合の話しだけ聞く自己中心的で、身勝手で、御都合主義で、哀れだけが取り柄でないブライアン刑事は、私に質問をして何の意味があるのか。君はここで、その死体と一緒に仲良く棺に入ってもらうんだ。無駄な質問はやめて、私の質問だけ答えればいい。
 君はどこまで知っている?」
「以外によく喋るな。お前の反応を見てすぐに分かるぞ。かなり焦ってるな。俺は刑事だ。いろんな犯人を見て、そして牢へぶちこんできた。お前もそうしてやるよ」
決め手に、ブライアンは唾を吹きかけ、笑ってやった。
「このっ!」
ブライアンの顔面に拳が激突する。その衝撃で、ブライアンの鼻は変にへし折れ、鼻血が吹き出た。
 しかし、それでも平然とするブライアンに腹をたてたのか、ロナウドはもう一度殴りこんだ。今度はブライアンの目の真下の頬に辺り、その辺りだけ赤く腫れ上がった。
「なんだ、もう終わりか。まぁ、あんたに暴力は似合わんよ。お前の拳じゃ、拷問にもならない」
「そうか。まぁ、仕方がない。私は君ら警察と違ってあまり暴力的じゃない」
「その言い方だと警察に恨みでもありそうだな」
「そうさ。よく観察してるじゃないか。実験において重要なことは観察だ。観察こそが、成功への過程を知る重要な作業だ。君ら警察はそうやって犯人を観察して情報を得て、真実を見つける。それは科学も同じさ。いや、科学だけの話しじゃない。物事全てにおいて観察は成功への道標となる。
 それなのに、その過程をとばして捜査している君らのようなやからは、まるで軍人そのものだ。平静と人に銃を向けて発泡する。
 言う気はなかったが教えてやろう。私の妻を殺したのはお前ら警察だ」
「なっ!?」
「私の妻は黒人だった。それだけで、君らは理解できるんじゃないのか」
「つまり、復讐か?だが、ネビルはどうだ。彼は警察じゃない」
「だから、私は彼を殺してなんかいない。ただ、彼だけはあの薬が効かなかっただけだ。あの薬の製造は元々私達一族の発明から生まれた別の可能性を持つ薬だった。誰が作ったかは知らないが、おそらく私の先祖と繋がりのある人だろう」
ロナウド・シュタインは薬の入った注射器を持ち出し、じっくりと見始めた。
「この薬はよく出来ているよ。しかし、まだ発展途上だった。だから、私がこいつの完成の手助けをしようと考えた。そこにある死体は、その時必要なサンプルを採取するためだった」
今度は机の上に置いてある瓶に手を触れた。
「それはなんだ?」
「人の脳幹だよ」
「そんな……」
「何をショックにすることがある?これがなければ実験は成功に至らなかった。今じゃ、必要なくなったが、これがなければネビル以外の人間は認知症を完治することは出来なかった」
「つまり、ネビルは最初の薬で、あとの人は貴様がアレンジした薬というわけか!」
「そうだ。あの薬は認知症を治療する効果は確かにあったが完治には至らなかった。他にも、あの薬には問題があり、副作用があった。時折、おかしな行動をとるようになるというな」
「つまり、本当はネビルは自分から洗濯機に入ったんだな」
「あぁ、そうだ。しかし、それは事件当日前の出来事で、彼はそのまま眠ってしまった」
「それはおかしい。最初の監視カメラ映像では確か、事件当日おじさんが現れ洗濯機の中に吸い込まれるように入っていったように見えたが」
「君は刑事のくせに鈍いな。どうせ、古い型の監視カメラだろ。あれでは、服装と髪型が似てれば誰でも同じおじさんだ。吸い込まれたのは別のおじさん。そして、そのおじさんを洗濯機の中へと連れ込んだのはネビル本人だった」
 この話を聞いたブライアンは全ての謎に合致がいった。つまり、こういうことである。
 警察は元々事件当日の監視カメラの映像しか見ていなかった。だから、前日にネビルが洗濯機に入っていたことを誰も知らない。そして、当日。ネビルの入っていた洗濯機の扉を開けたもう一人のおじさんが、その時目覚めたネビルに引っ張られ、もう一人のおじさんまで洗濯機の中へ入ってしまった。監視カメラの位置的に、洗濯機の中までは見えなかった。だから、突然引っ張られるように洗濯機へと入りこんだのである。当然、何事かとネビルから反発的行動をとるだろう。それが、結果として認知症の彼を興奮させ、その衝撃で扉は閉まる。それでも二人は、中ぶつかり合い続けた結果、中からの振動で、タイマー式のないかなり古い型の洗濯機のスイッチが誤って作動し、結果二人を溺死させた。
 ここで疑問が出るのが、事件当日の監視カメラ映像しか見ていない警察が、過去の監視カメラ映像にある真紀と被害者ネビルがパンのことで揉めていた件をどうやって知ったかと言うと、簡単な話しその時だけ目撃者がいたのである。事件後、その目撃者が警察に通報し、そこの供述だけの映像を確認しただけだった。
 つまる話し、この事件の真相は事件ではなかったのだ。事件ではなく事故だった。それを難しい事件へと変えてしまったのは他でもなく警察自信だった。ここでの教訓は、楽はできないということ。
 楽しようと手抜きをした警察は、最初こそは事故と判断しようとしていた。しかし、目撃者の供述あってか、殺人の疑いがでる。そして、その人物は事件当日の現場にいて、しかも第一発見者だった。容疑者はただ一人。そのあとの流れは、とにかくその容疑者を犯人として起訴し、無事解決する手だてだった。
 警察の手抜き捜査や、未熟な検事のおかげで無実の人を犯人にしたててしまったのだ。そして、事故を事件に、無実を起訴し、更に偽装工作により意図的に冤罪を引き起こしたのは紛れもなく警察側だった。


ーーーーーー


 その後の話。ロナウド・シュタインは、あの後なんとブライアンを解放した。理由は、あの話を聞かされてまだ警察を続けるように見えなかったからだと。それと、もうひとつ。彼の家系(一族)の秘密を聞かされた。
「君はまだ気づいていないようだが、私の名前に覚えはないか?」
「ロナウド・シュタインなんて名前にあいにく覚えはない」
「ロナウドは僕の名だ。一族のことを教えてやろうとしているのだ。それなら普通はシュタインを気にするだろ」
「シュタイン?いや、知らん。少なくとも、私は君の一族については知らないはずだ。それに、何で話す気になった?」
「気が変わったからだ。君を利用できると思ってね。君には刑事以外にも素質はある。君は独自のネットワークがあるはずだ。でなければ私のところまでたどり着かなかったはずさ。私は君の持つネットワーク、それともコネと言った方がいいか?どちらにせよ、それに興味がでた。だから、私に協力させる為この話をしようとしてるんだ」
「シュタインと言う名が私を協力させる動機になると?悪いが、警察の偽装も犯罪者の協力も、どちらも見方につく気はない。どんな動機であろうとな」
「まぁ、聞けば分かる」
「じゃあ聞くが、シュタイン一族とやらはどんな一族なんだ?」
「私の一族は有名で、お伽噺にも出てくる。私の一族、シュタインの血族の先祖の血を引き継ぐ者。フランケン・シュタインの血をわかつ一族だ」
「なっ!?」
「ヴィクター・フランケンシュタインと言えばいいか?」
「バカな。あれは架空人物じゃ」
「事実さ。小説を書いた作家、メアリー・シェリーは、フランケンシュタイン一家の住む森の近くまで旅をしていた。そして、そこで電灯と同じくらいの大男だったヴィクター・フランケンシュタインを見た彼女は、恐れ走って逃げた。ホテルの部屋まで戻った彼女は、それをそのまま日記へと筆を走らせた。
 彼女はその後町に戻り、見たこともないほどの大男に出会ったと友人達に話をした。しかし、それを信じる友人はいなかった。
 彼女は証明が欲しく、再びあの森の近くまで来た。そして、再び私の先祖に会ったメアリー・シェリーは、今度は私の先祖と話をしたーーー」



「やぁ」
おどおどしく挨拶をしてきた女性は、多分私の姿を見て恐れているのだろう。確か、前も私を見るなり驚いて、走って逃げていくのを見た気がする。それなのに、彼女は何故そんな私に声をかけるのだろうか?
「ねぇ、何でそんなに大きいの」
まるで巨人を見るかのように話す彼女は、びくびくしながら聞いてきた。
 確かに、私は他の人より大きい。巨人とまではいかないが、それでも女性から見たら大男なのだろう。
 前に、この身長で町まで降りて行ったら、怪物だと恐れ、私に銃口を向けて構えてきた。私はとっさに逃げたが、時折私を知らない余所者が森の近くに来ては、私を見て彼女が最初にやった反応と同じ行動をしてきた。私も好きで大男になった訳でもない。小さい頃から大きくなり続けた私を、最初は病気だと皆は言っていたが、私はいつの間にか怪物になっていた。当然、私に近く者はいなかった。なのに、彼女は再び戻って来て、しかも私に声をかけてきた。こんなことは今までなかった。相手が男なら、私を撃ち殺していただろうが、彼女はそうはしなかった。
 私は彼女に興味を抱いた。
「やぁ……」
気づくと、私も彼女に返事をしていた。自分自身驚いた。これまでコミュニケーションを誰かとしたことなんてなかった。
「何で大きいんだろうな。俺にも分からない。気付いたらこんなに大きくなっていた」
「へぇ。でも、自然でこうなる?」
「あはは、確かにな。でも、世界にはいろんなのがいると聞く。例えば、子どものまま一生成長しない人や、俺とは逆で普通の人よりも小さな奴まで、とにかくいろんな奴らがいる」
すると、意外にも彼女の反応は俺の話しに笑っていた。
「ふふふ」
「え?おかしかった?」
「いえ、そうじゃないの。ただ、失礼かもしれないけど、意外に人間らしかったと思って。はぁー、緊張してなんだか損した」
成る程。確かに、彼女からしてみれば恐ろしい大男なんだろうが、話してみて町で噂されてる程ではなかったと、不意に笑ってしまったのだろう。これは私の推測ではあるが、おそらく当たっているだろう。何故なら、私も笑っていたからだ。彼女との話は楽しかった。短い会話ではあるのだが、それでも私にとってかなりの何年ぶりかの会話は新鮮さを感じ、私を人間として見てくれた彼女に感動していた。
「町の人は皆、あなたを化物呼ばわりしているけど、あなたは立派な人間よ」
「そう言ってくれるのは君だけだ」
「他にいないの?」
私は首を振った。
「私が町に行くと、町の人は銃を撃ってくるんだ」
「そんな!」
彼女はそれを聞いて悲しそうな表情をした。私に同情してくるなんて今までなかった。私に声をかけたり同情する彼女を見ると、失礼ではあるが彼女は変わり者に見えた。いや、多分偏見な目で、外見で全てを判断しなかった彼女の方が実は正しくて、他の奴らが間違っているのかもしれない。
 私は彼女を尊敬した。私が逆の立場であったら、彼女のような態度はとらなかっただろう。
 私はその後も彼女との立ち話を続けた。彼女は、私が森からあまりでないことを知り、外の世界について多くを語ってくれた。私は新聞からしか情報を得ることしか出来なかった。勿論、新聞は勝手に拝借していた。新聞業者に頼んでも、私の姿一つで逃げられてしまうからだ。
 私は基本一人だった。機械の修理や簡単な物なら自分一人でやってきた。最初は不便だった。しかし、他に頼れないということは自分一人でやっていくしかないということだった。独学で色々な技術を手にしたのは、サバイバル生活のおかげかもしれない。
 彼女の方は、そんな私の生活に興味を持ってか色々聞いてきた。そんなこともあってか、私はまだ知りあったばかりの女性にこんなことを言ってしまった。
「どうせなら、私の家に来るか?」
言って直ぐにしまったと思った。何故なら、普通互いにまだよく知らないのにそんなこと言わないだろう。ただ、私は焦ってしまったのだ。もっと話したい。ここで終わりたくないと。しかし、それは強情というものだ。女性には一番嫌われてしまう要因だった。私は思った。彼女の顔は一変して逃げてしまうだろうと。無理に近づこうとして、相手に変な気をおこしてしまったと女性なら思ってしまうだろう。
「すまない、変なことを言ってしまった。君との話は楽しかったよ」
私は相手に逃げられるなら、その前に自分から立ち去ることを選択した。それが、私にとって心の傷をおさえる為の処置的行動だったからだ。私はそのまま立ち去った。
「待って下さい」
そのすんどで、なんと彼女から声がかかった。私はとっさにビクッと、肩を震わせ振り向いた。
「そこまで一人になろうとしなくてもいいんじゃありませんか?もう十分孤独でやってきたんですよね。でも、生涯孤独でいる必要もないと思うんです。そんなに人と関わることに怯えないでください」
そんなことを言ってきた彼女に私は励まされた。私より小さな彼女は、私よりも心が大きかった。


ーーーーー


 木々の間に、まるで自然とは思えないような、それでも自然に出来た道を通って行った先に、森に囲まれた家があった。最初の入り口さえ見つければ、簡単にたどり着く場所だが、未だ誰もハンターはここへとたどり着いたことはなかった。それは、誰もまだ入り口を知られていない証拠だった。それを彼女に教えていいのか正直不安だったが、彼女が町の人間でないことから信用し、彼女を家まで案内した。因みにハンターとは、本来猟師のことを意味するが、ここでの場合のハンターは、私を狙った町の人間のことだ。私は何もしてないが、彼らにとってはそれが逆に不安で、いつ襲われるか怯えていた。彼女はそれを「そんなに大男が恐いなんて、町の人は臆病者ね。男は大きいのが取り柄なのに」と言ってくれた。私は「確かに、町の人間はメアリーよりも臆病者であることは間違いない」と言ったら、彼女は大笑いし、その後も二人で町の人を罵倒する発言を続けた。
 ここまで発散出来たことはなかった。先程も言う通り、私は誰かと話すことがほぼ初めてだった。故に一人だった私は、笑も、発散も、感動も、楽しいも、色々な感情が今日1日(まだ数時間もたっていないが)とにかく最高だった。
 そして、僕らはついに家まで来てしまった。
「ここが家さ」
「ここ、あなた一人で住んでるの?」
その疑問の意味は最初分からなかった。しかし、彼女の暮らしを聞いて納得した。確かに、一軒家を一人で住むのは広すぎるのかもしれない。
 私とメアリーはリビングでその後も色々な話を続けた。話が尽きることはなかった。特に、メアリーの話はなんというか、語り上手だった。だから、どちらかというと、私は話すより聞く側の方が良かった。そして、彼女も話を聞いてくれてるのがたまらなく嬉しいのか、いっぱい語ってくれた。次第に私は、彼女が話すのが好きだと理解するようになった。彼女の語りの上手さから、私はある提案をした。それを今度は文章にしてあらわしてみないかと。
「それって、小説を書くってこと?」
彼女は小説を書いたことが一度もないと言う。
「正直、書けるかどうか不安だわ」
そう彼女は言いつつも、筆を取りだし書き出した。そんな彼女が生き生きしているように見え、私は彼女の邪魔をしないよう再び一人になった。



 それから彼女があらわれたのはかなりの後になる。
「正直、もう来ないのかと思ったよ」
「ごめんなさい。色々あって」
「何があった」
彼女は少し言いずらそうにして、それでも真実をうちあけてくれた。
「娘と息子を亡くしたわ」
私は言葉を失った。不運なんて言葉ではかたづかないことだった。
「でも、あなたとの約束があったから来たの」
私との約束。それは、私が作家をすすめた時に、彼女が作家として小説を初めて書いた時に、最初の読者として原稿を読ませてくれるというものだった。
 彼女はちゃんと書き上げたのだ。
「これよ」
そう言って、鞄から分厚い原稿を取りだし、私に手渡した。
「題名は『最後の人間』よ」
私はざっとページをめくって見る。
「凄い大作じゃないか。でも、直ぐには読み終えそうにないが」
「えぇ。実は今日町のモーテルに予約をいれてあるの。今日はそこに泊まるつもり。明日、また来るわ」
「別に、ここに泊まっていけばいいだろ。勿論、君が良ければだけど」
しかし、彼女は手を出し断った。
「ねぇ、ヴィクター。私、結婚してるの」
確かに、指には結婚指輪がはまっていた。
「あぁ……知らなかったんだ」
「話さなかった?」
「いや」
「そう。じゃあ明日、お昼頃にまた来るわね」
「あぁ、分かった。それまでに読んどくよ」
そうして、何年ぶりかの再開は、短い会話で終了した。
 私は、リビングに戻り、ソファーにかけよると、さっそく彼女が持って来た『最後の人間』を読み始めた。
 内容はざっとこんな感じである。


 人を死に至らしめる疫病が世界に広まり、それによって人口が減少し、生き残ったたった3人は疫病から逃れる為、ギリシャへとわたろうとする。しかし、その際に嵐に見舞われ、結局生き残ったのはたった一人だったという話だった。


 後日、メアリーが再び家にやって来た。
「やぁ」
「それで、感想を聞かせて頂戴」
「その前に聞きたいことがある」
私はメアリーが渡した原稿とは違う別の本を取りだした。本の題名は『フランケンシュタイン』
「これは……」
「作者は君の名前になっている」
「どうしてこれを?」
「確かに、私は町へは行けない。だが、君があらわれるまで、君の作品が出ないか独自なりに探していたんだ。これは君の作品だろ?よくできている。正直、私がモデルになっているのは驚いたが、内容は面白かった」
「嘘っ!私、あなたに悪いことしてしまったのよ」
「この作品を書いたことなら別に悪いとは思っていない。逆に私は一躍有名になった気分さ」
「そんなのおかしい。あなたは怪物として、世間に広めたのよ」
「私は気にしていない。町の皆は私を昔からそう呼んでいる」
「違う!私が言いたいのは、あなたを町の人と同じく怪物として言ってしまったことよ」
「悔いてるのか?これを書いたことをか?」
「えぇ」
既に、彼女は涙を目に溜めていた。
「これは君の作品だ。君自身が愛さなくてどうするんだ。私は君の作品が好きだ」
「嘘嘘嘘嘘っ!」
「嘘じゃない。もしかして、君が当分ここへ来なかったのはその理由かい?」
メアリーは答えなかった。それでも私は理解した。
「メアリー、君は大事な事を知った。人は傷つけあう生き物だ。そして、それを悔いる生き物でもある。君はそこから大事な事を学んだんだ。謝れば、人は許してくれる」
メアリーは溜めていた涙を、決壊したダムのように流し
「ごめんなさい」
とっさに倒れようとするメアリーを抱き支えた。
  別に謝って欲しいわけではなかった。ただ、それでは彼女は報われなかった。私は彼女が謝ることで、それが償いとして彼女の気持ちが楽になればそれで良かったのだ。ただ、私は彼女に再びここに来てもらえれば、それでよかったのだ。


ーーーーー


 あのあと、どんな流れでそうなったのかあまり記憶がない。自覚がないわけではない。ただ、記憶が曖昧な程に今私は混乱している。それは、巨大な手作りのベッドのある、二階の部屋を取り壊し天井を筒抜けにした部屋で、二人は横になっていた。私も彼女も服は全て何故か遠くにいってしまい、彼女が目をさました時には私も彼女も笑ってしまった。
「私達、やったのかな?」
「やったみたいだね」
思わずこの会話に再び笑いがでる。
 その後二人は、服をちゃんと着てお別れを言った。
「今度、次いつ会えるかな?」
私は思わず期待をのせて言っていた。しかし、彼女には既に旦那さんがいた。当然、
「この事は内緒にして欲しいの」
「分かってる」
「私達の関係はこれっきりよ。私達のやったことは誉められたことじゃない」
確かにその通りだった。しかし、これっきりとはまた冷たいものである。だが、私は声にしなかった。彼女も本来、こんな別れ方は望んでいなかったはずだ。
「さようなら」
「あぁ、さようなら」



 翌年、ヴィクター・フランケンシュタインの家は燃えた。ハンターが遂に彼の家を突き止めたのだった。
 その知らせを知ったのは、彼が埋葬されたかなり後だった。その頃には、メアリーの腕の中で息をする小さな子がいた。その子の父親はフランケンシュタイン。



「ーーーそして、一族はフランケンシュタインを改名し、シュタインへと変えた。今じゃ、誰もフランケンシュタインの実在なんて知らない。皆、お伽噺しか思っていない。だが、本当は実在する。シュタイン一家の先祖は生き抜く為の発明と、それとは別に狩りで余分に手にした食料には動物を使った実験をした。それは、医学へ発展するような研究で、広い森の中で薬草を育てて、薬の調合をおこなったりしてきた。今ある薬の設計の元を我々はつくりあげたのだ」
「つまり、これは正しい行いで、その為の犠牲は必要だと言うのか」
「そうだ。ナチスドイツがした人体実験も、結果として今の医学を皮肉にも上げたのだ。被験者がいなければ人間を理解することは出来ない。一人の犠牲で、治ることのなかった認知症を治すことが出来るようになった。それだけじゃない。脳の病気のほとんどはまだ解明されていなかっだが、それも解決の糸口になった。
 別に英雄を気取るつもりはない。人殺しに英雄は語れない。ただ、私は一人の犠牲で多くを救う方に選択しただけだ。人の選択に、他の人に理解してもらうつもりはもうとうない。ただ、シュタイン一家の研究には洗脳を解く研究があった。つまり、ケイティを救うことができる。彼女の洗脳を解くことが私にはできる。私と取引をするんだ」
「何故、ケイティのことを知っている」
「私はケイティを洗脳した奴を知っている。そいつは、私に薬を渡した人物だ」
ブライアンは迷った。勿論、殺人犯と取引なんてごめんだった。しかし、ケイティを治せてしかも黒幕を知っているときた。信用は出来ないが、最早手立てがあるわけでもなかった。
「悪魔とやらの取引にのってやる。だが、騙そうとしたり、嘘だったらお前を撃ち殺す」
「いいのかい?刑事さんがそんなことして」
「俺はもう刑事じゃない」
「君は意思が固いな。やはり警察を辞めるのか。君は正義感が強いが、それは必ずしも正義なのか?」
ブライアンは思った。これからやることは少なくとも正義ではない。しかし、私は引き返すつもりはなかった。同僚のサムを殺し、ケイティを変な目に遭わせた犯人をこの手で。


ーーーーーー


 その頃、拘置所を脱獄した真紀は空亡の目の前にいた。
 浮かぶ何かは強い光を発しており、直視することは出来なかった。
「見えないんだけど……」
「主よ、光を遮れば奴を直視出来るようになるだろう」
「光を遮る?」
真紀はそれらしき物を探した。すると、年代物の車内から、サングラスが放置されているのに気がついた。真紀は急いでかけより、ドアを開けようとするが、当然、鍵がかかっていた。
「ゴメン!」
鞘をおさめたまま、刀を車の窓ガラスに当て、窓を割った。

パリンッ!

無防備になった窓から手を伸ばし、真紀はサングラスを取った。それを早速かけると、先程までの光が遮り、丸い球体が見えた。
「これが空亡……」
標的を確認した真紀は、最後の六大武将に挑んだ。
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