空のない世界(裏)

石田氏

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外伝・魔

02

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 1台のパトカーが一本の道を走っていた。
「それで、ブライアンとやらはこっちへ逃げたで間違いないだろうな」
ハンドルを片手に、もうひとつの腕にはハンバーガーを手にして、それを口へ放り込んだ。
「おい、車内で食べるなよ。ほら、ぼろぼろ落としてるぞ。それと、油っこい手であちこち触るな」
もう一人の相棒が悲鳴まじりな声で言う。
「全く神経質なんだから」
「嗚呼!その手でハンドル触るな。手をまず拭けよ。全く、神経質だと言ってる奴はいつもどこかを汚してくし、自覚がないのが困るよ」
「そんなこと、他のやつらもしてるさ。それより、この先で間違いないんだな?」
「あぁ、それは確かだ。ブライアンは逃走にタクシーを使って、その先にある町へ向かった。ちゃんと車内のカメラにもばっちり映っていた」
「何故、逃走にタクシーなんか使ったんだ?バカとしか思えないな」
「確かにな」
「それよりこの先に町なんかあったか?」
「あぁ、ある。正確には町だけだ。人は住んでいない。その先にあるのはゴーストタウンさ」
「ゴーストタウン?まさか、幽霊の出る町ってことか」
「違う。色々な理由でその町に人が住みつかない廃墟をゴーストタウンって言うんだ」
それを聞いて、もう一人の男はほっとする。
「それは良かった。幽霊だけはゴメンだからな」
「凶悪な犯罪者を捕まえてきたお前が幽霊を怖がるのか?」
「当然だ。相手が人間なら銃口を向けて脅せばいい。だが、幽霊相手じゃ銃も意味ないだろ」
「まぁ、そうだな。なら、次からは清水に十字架を持って来るといいさ」
「それで、幽霊が逆に凶暴になったらどうするんだよ」
「知るか。そんときゃ、逃げればいいだろ。それより看板がさっき見えた。もうすぐでその町に着くぞ」
「なぁ、ブライアンはゴーストタウンで何をするつもりなんだ」
「知るか。奴を捕まえて聞き出せばいいだろ」
「もしかして、幽霊を操って追って来た俺達を反撃するつもりなのかな」
「どんなドラマか映画なんだよ。そんな話は聞いたことないぞ。それに、さっき言っただろ。この先に幽霊はいないって。あるのは廃墟だ」
「じゃあ、あれは何だよ?」
「あぁ?」
そう言って、視線を前に向ける。すると、そんな話をしているうちに町にたどり着いていたようだった。警官は「着いたなら言えよ」と言おうとした瞬間、口が閉じた。その理由は、目の前に人がいたからだ。
「なぁ、ゴーストタウンに人はいないんだろ?なら、あれは幽霊か?」
「こんな昼間に、しかもこんなにたくさん幽霊がいるか?」
そう。そこにあるのは廃墟ではなく、普通に人が暮らす町だった。


ーーーーーー


 二人を乗せたパトカーはそのまま、町を一周するかのように走らせた。
「どうなってるんだ?」
「今、地図を見て確認したが場所は間違っちゃいなかった」
「じゃあ、廃墟の町に再び人が寄りついたというのか?」
「それはあり得ない。あの町がゴーストタウンになったのは、町開発中に水が泥になったり、逆に出なかったり、大量の虫が発生したり、急に電波が悪くなったり、自然災害でいえば周りが見えないほどの濃い霧が発生したと言われている。勿論、対策はされた。だが、水道管の点検や交換、修理。殺虫剤をまくなどして対策をしたが効果はどれもなかった」
「まるで呪われた町だな」
「かもな。まぁ、どちらにせよ今の俺達には関係のないことだ。人がいるなら聞き込みをしよう。誰か目撃者がいるかもしれない」
そう言って、パトカーを回しながら通りすがった人達に聞き込みを始めた。
 最初に聞き込みを始めたのは、ランニング中の女性だった。
 車の窓を開け、中から声をかけた。
「すいません」
その声に気づいた女性はランニングを中断し、警官の方へと振り向いた。
「はい、何でしょうか?」
「ランニング中にすまない。実は人を探していて、この写真の男を知らないか?」
そう言って、警官は胸ポケットから写真を取りだし、女性に見せた。
 女性はじっくりと見た後、首を横に振った。
「いえ、見てないわ」
「そうですか」
「この人が何か?」
「え、知りませんか?テレビとかでニュースになった人物です。今、指名手配中で容疑は〈近代の切り裂きジャック〉に報酬を支払っていた疑いがある……ご存知ですよね?」
「いいえ。そんなニュースがあったんですか」
この答えには二人は顔を見合わせて驚いた。
「そうですか……。では、今後は気をつけて。通報ではこのあたりに向かったとされてます。まだ近くにいる可能性があるので」
「はい、分かりました」
「それでは御協力感謝します」
「ご苦労様です」
そう言って、女性は再びランニングを開始してその場を行ってしまった。
「しかし、あのニュースを知らないとはな」
「全くだ。テレビをあまり見ない人なら分かるけどな」
そう言って、警官二人はその後も捜査を続けた。しかし、得られた情報はなく、目撃者は誰一人としていなかった。
「やはり、この町には来ていないんじゃないか」
「かもな。とりあえず引き返すか」
「そうだな」
運転手の警官はハンドルをきり、その場でUターンしてその場を引き返した。そして、そのまま発進してからすぐのこと。
「うわっ!」
急に車の走る目の前を男が飛び出してきた。とっさの反応で急ブレーキを踏み、なんとか男の手前で車は停車した。
「危ないじゃないか!」
直ぐ様、二人の警官は車から降り、男のところへと駆け寄った。
「お巡りさん、助けてくれ。森になんかいるんだよ」
駆け寄る警官に男はすがりながら訴えてきた。警官はとにかく、男を落ち着かせてから、彼の話を聞いた。
「俺、猟師やっていて、この時期になると猟を始めるんだ。山から降りてこの近くにある森へと熊や猪なんかがあらわれたりするんだ。森を出ればすぐ町だから、猟師が猟をして奴等を森へ追い返すんだ。でも、今年は全然動物おろか、虫や生き物一匹すら見当たらないんだ。不気味でしょうがなくて、とりあえず原因を突き止めようと、普段は行かない山の方まで行ったんだ」
「それで?」
「すると見たこともないような植物があちこちにあって、それで急に寒気が起きたんだ」
「急に?」
「あぁ。何故かは分からなかった。とにかく、きみが悪くてその場から離れたんだ」
途中息が荒くなっていた男はいったん自分を落ち着かせる為唾を飲み込み、再び話を始めた。
「それで、山を降りて例の森まで引き返したんだが、そしたら呪文みたいな言葉をぶつぶつ言っているのが聞こえたんだ。俺は恐る恐るその声のする方へ向かったんだ。すると、信じられないことに、そこには宇宙人がいたんだ」
「へ?」
「はい?」
「本当なんだ。そこに宇宙人がいたんだ。間違いない。全身真っ白で、目んたまが赤い奴。それは宇宙人なんだろう?」
「あのなぁ、からかってるのか」
「だけどいたんだ」
「なら、酒でも飲んでたのか?それとも薬でもやってたのか?」
「そんなのやってない。猟だぞ。猟をやる前に酒を飲むか?薬も俺はやっていない。なら、薬物検査でもすればいい」
「分かった。とにかく、君は宇宙人を見つけてどうしたんだ?」
「こんな発見はないだろ?だから、カメラにおさめようと携帯を取りだし、動画にして奴を撮したんだ。すると、宇宙人の野郎気づきやがって、襲いかかって来たんだ。俺はとっさに逃げたよ。その時携帯も落としたから証拠はないが、もしあいつが宇宙人なら地球侵略に来たのかも……って、何笑ってる」
警官二人はあまりのバカ話しにクスクス笑っていた。
「なぁ、宇宙人があの森にいるんだ。もし、侵略に来たのなら早く捕まえなきゃ」
「宇宙人をか?」
「そうだ」
「あははは、宇宙人は逮捕できない」
「何故?」
「何故って、宇宙人は犯罪を犯してないからだ」
「あはは、それはウケる」
「笑い事じゃないぞ!地球が侵略されるんだぞ!」
真剣に言い続ける彼に、二人の警官はやっと笑いが止まった。
「いいか、宇宙人なんてもん信じられるか。今、俺達はブライアンという指名手配の男を探していてる。俺達はそいつを追ってここに来たんだ。仕事の邪魔をするなら、公務執行妨害の罪でお前を逮捕するぞ」
「そんな」
「宇宙人の逮捕は協力できない。だが、貴様の逮捕なら喜んで協力するぞ。分かったら、次からは邪魔するな」
二人の警官に囲まれた男は、頷き素早くその場を立ち去って行った。
「全くおかしな奴だ」
そう言って、男が立ち去る背中を見届けたあと、足早にパトカーに乗り込み車を走らせた。



ーーーーーー


 二人の警官を乗せた車は、小さな町を数分で出た。
「このあとどうする?」
「そうだな。本部に一旦連絡を入れよう」
そう言って、徐っ席に座る警官は通信機に手を出した。しかし、
「駄目だ」
「どうした?」
「通信機がうんともすんとも言わない」
「壊れたのか?」
「町に行くときは使えたんだぞ」
「なぁ、電波が悪いとかじゃないのか。確か、ゴーストタウンは原因不明の電波障害が起きるんだろ?」
「だが、こんなのは初めてだぞ。本当に壊れてるみたいだ」
「じゃあ、お前の携帯でちょっと連絡入れてくれないか」
そう言われ、携帯は自分の携帯を取り出した。
「おい、今時折り畳み式の携帯かよ」
「悪かったな。最近の機械にはついていけないんだよ」
そう言って携帯を開いたが、画面がつかなかった。
「え?」
携帯開けたら画面が自動でつくはずが、真っ黒な画面のままだった。
 警官は思わず電源を切ったのかと思い、電源を入れようとしたが結果、無反応だった。
「あはは、携帯にまで嫌われてるな。潔癖症のお前に疲れ、逃げた奥さんみたいじゃないか」
「黙れよ。今度奥さんの話をさしたら許さないからな」
「へいへい」
「しっかし、おかしいなぁ」
「まぁ、交え時ってことでスマホにでもするこったな」
それは勘弁と思いながら、携帯の電池パックの蓋を開けて確認したり、いろんなボタンを押して試したりとしたが結果、携帯は警官を振り向いてはくれなかったようだ。
「クソッ」
「仕方がない。確か道中にコンビニがあったはずだ。そこでプリペイド携帯を買って連絡しよう」
「何故、お前の携帯を使わない?」
「俺は今、運転中だ」
「止まればいい。それか、俺が代わろうか?」
「お前がか?折り畳み式のお前がか?」
「俺は折り畳み式じゃない」
「あははははは」
「くだらないツッコミ入れたんだから、さっさと連絡しろ」
「分かったよ」
車は道の端へと寄せ、停車した。
 早速、四角い物に人間何時間も無駄にしてしまうという恐ろしい携帯とやらを取りだし、画面を開く。
「あ」
「ん?」
「圏外だ」
「どっちにしろ電波だったか」
「仕方がない。一旦署に戻るか」
「そうだな。奴も今頃は別の所に行ってるだろうしな」
「たく、また振り出しかよ」
そう言ってハンドルをきり、再び道路に戻り走らせた。
 そして、しばらくしているうちに建物が見えてきた。
「あれ?おかしいな。まだ、次の町まではかなりあるはずなんだが」
そう言いながらも車をそのまま進めた。




 その頃、連絡がとれなくなった二人の警官が乗っているパトカーを探しにケイティが別の車で探しに出かけていた。
 そうとは知らずに、呑気に車を走らせていた警官の目つきが変わった。
「おい、ここ来たことないか?」
ごく最近見た光景が再び現れていた。
「ここって、ゴーストタウンじゃないのか」
「あぁ、そのようだ。だけど、やけに静かというか、人の気配がしないというか」
「確かに人が見当たらないな」
その後も町をぐるぐる回ってみたが、誰一人として遭遇しなかった。
「おい、まだ日が落ちてもいないんだぞ。さっきまで人がいたのに、何でこんな静か何だ?」
「皆、早寝するんだろう」
「まだ、明るいのにか」
「とりあえず、車を止めて一軒一軒家を回って行けば分かるだろう」
「よし、そうしよう」
幽霊が苦手な警官トビーは直ぐ様、パトカーを適当な隅に止めた。
「おい、まさかこれが幽霊の仕業だと思っているのか?昼間にこんな大々的なことができると思うのか?」
「あぁ、そうだな」
「とにかく、原因が分かったらとっととこの町を出るぞ」
相棒のリチャードにトビーは頷き、二人はパトカーから降りた。
 まず、二人が向かったのは豪華な一軒家だった。前には手入れされた庭に、子供の遊具があった。それを見るだけでも暖かそうな家庭に見える。
 早速、その家のドアをノックした。しかし、いくら待っても出てくる反応はなかった。
 リチャードは再びノックした。しかし、結果は同じだった。
「出掛けてるかも」
「そうだな。他を当たろう」
そう言って、二人は次の一軒家へ向かった。その家は古風な家で、手前には薔薇が育っていた。そして、レトロに感じるガス灯に見せた電灯の横に、これまた古風なベンチがあった。
「ただのおんぼろだろ」
古い物に興味を持つリチャードにトビーはツッコミを入れる。
「潔癖症の癖に古い物が好きとか、お前よく分からないよ」
「言っとくが、お前だけだよ俺を潔癖症と言うのは。それほど、お前はだらしがないんだよ」
「相棒にその言い方はないんじゃないのか」
「なら、言い方を変える。汚ならしい」
「おい、ひどくなったぞ」
トビーの訴えを無視してドアの前まで来た。
「もしかすると、ここの家の持ち主はかなりの年代物をコレクションにしているかもしれないな」
「お前じゃないんだぞ」
そう言って、トビーはドアをノックした。しかし、これもまた無反応だった。
「ここもお出かけなのか?」
「町の人間全員がどっかにお出かけ中ってか?まさかな」
そうは言っても、いない以上他を当たるしかなかった。二人は引き返そうとした。その時、リチャードの足が止まった。
「どうした?」
「いや、あの銅像だけ違和感を感じたんだ」
リチャードの目線の先は、隅にある鬼が『怒り』に満ちたような表情をした像だった。
「変わった趣味をした主だな」
「うーん、なんか違うんだよな。あの場所にあれを置くのはかなり違和感を感じるんだ。ガス灯までリアルに再現しているのに、あれがあることでそれを台無しにしている感じなんだよ」
「お前の趣味には付き合いきれんな」
そう言いきって、その場を行ってしまうトビーに、リチャードは胸にモヤモヤ感を残しながらそのあとを追った。


ーーーーーー


 結局、リチャードとトビーが回った家は10軒を回った。しかし、どの家も留守だった。勿論、そのうち居留守されていたのかもしれない。しかし、それでも令状や理由なしに家へ侵入してまで確認は出来ない。
 だが、二人の結論は居留守はなかったと判断していた。家の周りをぐるっと回って確かめた時もあったが、家の中に人の気配は感じられなかっのだ。
「皆、どこ行ったんだ?」
「さぁな。もしかすると、こういう田舎には町の人を全員集めて集会でもするのかもな」
「町の人間、全員黒魔術か何かだったらどうしよう」
「おい、マジになるなよ。まぁ、そうだとしても幽霊じゃないよりマシだろ。そんなびびるなよ」
「でも、相手が黒魔術なら呪い殺されるかも」
「お前の妄想にはついていけないな」
「リチャードの骨董品の趣味の方がついていけないよ。何で古いのがいいんだよ」
「何でいきなりその話になるんだ。もうやめよう、その話は。それより、もう一軒行っていなかったらこの件は諦めて、とっととここを出よう」
「あぁ、そうだな。ここにいると何だかおかしくなりそうだ」
「それには同意見だな」
そう言って、二人は最後の一軒に向かった。それは、この町では一番大きいスーパーだった。それでも、町事態が小さいせいか、そこまで大きいとはあまり言えないのも事実だった。
「流石に、ここにはいるだろうと思ったが」
「最後にこの場所にしたのは正解だったな」
そこは人がおらず、商品棚はあるものの、商品は一つとすらなかった。
「これ、強盗が来て商品全部盗んでいったなんて現実逃避も出来ないよ」
「流石のトビーもこの現実に妄想は出来なかったか」
「こんな時もからかってるの?」
「いや、流石の俺もトビーの妄想に頼っていたよ」
二人は見合せ、同時に言った。
「ここは間違いない。ゴーストタウンだ」


ーーーーーー


「そうと分かったら早く出よう、こんな町」
「だが、情報だとブライアンはここへ逃げたんだぞ」
「だけど、俺達探したじゃないか。でも、奴はいなかった」
「そうだったな」
「よし、ならとっととこの町をおさらばしよう」
それにはリチャードも納得せざるおえなかった。
 二人はスーパーを出てパトカーに乗り込み、車を走らせた。
 その途中、リチャードは先程の古風な家で見た銅像にそっくりな像を見つけた。鬼だが、なぜだが体は『女性』の作りになっていた。その銅像をパトカーは通り過ぎ、町を出た。
「今度こそ町を出たぞ」
そう言いきかせるトビーを横に、リチャードは先程の銅像について考えていた。
 そして、町を出たパトカーは数分しかたっていないのに町が見えてきた。
「おい、どういうことだ!?」
また、あのゴーストタウンに戻って来てしまった。
「なぁ、リチャード。俺達、町を出て一本の直接道路を走っていたよな?なのに、何でここにたどり着くんだ?」
「……分からない。ただ、どうやら俺達はこの町から抜け出せないようだってことは分かる」
「そんなホラー話があってたまるか」
トビーは再びアクセル全開で町を抜け出した。
「おい、トビー。落ち着け」
しかし、リチャードの忠告にトビーの耳には入ってこなかった。無我夢中のトビーを横に、なんとか落ち着かせようと考えていたその時、先程まで道の途中になかった銅像を見つけた。その銅像は同じく鬼で、人の頭らしきものを鬼が『食らっている』ものだった。
 それをあっという間に通り過ぎ、再びあのゴーストタウンに到着した。
「何でだよ」
だんだんイライラしてきたトビーはそれでも諦めずに再び町を出た。
「トビー、落ち着け。何度やっても結果は同じなんだよ」
「なら、違う方法を試してみる」
「え?」
すると、トビーはハンドルをきり、道路から外れて森の中へと突っ込んだ。
「正気か?」
道でない木々の生える間をスピードを出してどんどん進んで行った。その木々の間に再びかすかだが、遠くにあの銅像をリチャードは見つけた。今度は鬼が『憂鬱そうな表情で』やつれた姿だった。
「七つの大罪」
そう、リチャードが口にしたのと同時に、突然衝撃がリチャードを襲った。


ーーーーーー


 どれ程の時間がたったのか、リチャードはあの衝撃から目を覚ました。しかし、まだ激痛が残っていた。激痛を感じながらも、何が起きたのか周りを見渡すと、車の目の前には木がすぐに見えた。ここからでも、エンジン部分が変形して木にめり込んでいるのが分かった。
(どうやら、木に突っ込んだらしい)
 そう思いながら、隣の相棒トビーがどうなっているのか、横をちらっと見た瞬間、見なければ良かったと一瞬で後悔した。
 トビーは頭から血を出し、同じく耳からも血を垂らしていた。その時点でトビーの頭の中の脳みそがどうなっているのか想像してしまった。
「トビー……」
リチャードは相棒を失い悲しみを感じたが、悲しみに暮れる訳にもいかず、トビーには悪いが早く車から降りようと、自身の怪我の状態を確認した。
 あいにく、多少のアザは見られたが外見の傷はみあたらなかった。幸運だったとリチャードは思いながら、ドアに手をかけ開けた。
 ギィっという音をたてながら開いたドアを開けっ放しにしたまま、リチャードは車から離れ、森をその足で歩いた。
 例え、森を出てあの町から抜け出せたとしても、次の町まで歩いていくのは無理があった。助かった命ではあるし、相棒の分まで生きなければならないのだろうが、正直に絶望感はあった。
 それでも、生き残った人間は絶望しながらも生にしがみつく生き物なんだと、この状況を経験している最中のリチャードは思った。片足を引きずりながら歩き続け、どこか行き先があるわけでもなく、助けが来る望みもないのに、頭の中では少しでも助かる方法を模索していた。
「はぁ……はぁ……はぁ」
息を荒くしながらも進んで行くと、遠くに小屋が見えた。猟師がよく拠点に使う小屋だ。もしかすると、そこには非常食があるかもしれないと期待しながら、足をそこへ向けて進む。
 目的地があると人間は足が早くなるのだろうか、案外遠かった小屋に思ったよりも早くたどり着くことができた。そして、あの像が小屋の前にあった。先程見たやつれた鬼の像である。今は何の意味があるのか考えず、とにかく小屋へと入って行った。
 鍵はかかっておらず、簡単に入れた。おそらく、こんな所に人が来るとは思っていなかったのだろう。
 小屋は小さかったが、そこで雨風をしのぐには十分であった。ただ、残念なのは、そこに食料はなかった。まぁ、そこまで期待してもないし、そこまでの幸運は生き残った時に使い果たしたと思えば、少しは気楽になれた。
 床に勢いよく倒れるようにして横になったリチャードは、少し休むつもりで目を閉じた。


ーーーーーー


 目を開けた時には既に辺りは真っ暗だった。どうやら自分は眠っていたと気づいたリチャードは一旦小屋を出た。
 夜の森は危険と言う話を聞いたかもしれないが、特に理由は知らない。別に小屋に長居しても状況が変わる訳でもない。十分休んだリチャードは夜の森の中を進んだ。
 夜の暗さはすぐに目が慣れた。歩きづらい所を通りながら、とにかくとりあえず先程の道路に出ることを目標に歩いた。車の位置は覚えているので、それを基準に歩いた。
 とっさに、気を紛らわす為口笛を吹き出した。曲名はモーニンググローリー。今は夜で、決してモーニングな気分ではないが、彼はこの曲を気に入っていた。モーニンググローリーの歌詞は適当に書いたと言われるが、真面目な曲より、笑えて今にこそ必要な元気が貰えた。

~君の中で思い描かれるは夢のはすべて

  レーザーブレードみたいな鏡と向き合っている時に生まれるんだ ♪

~今日は世界が君の夢を見つめる日だ

ある日晴れた日   お気に入りの音楽を聴きながら歩く   ♪


 彼は相棒を失い、森を遭難しながらも何故かその時だけ生き生きしていた。
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