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第三章 隕石が産まれるの

46 パルピオンテ移転法

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 俺はもう、無我夢中だった。

 疲労でもつれる足にムチを入れ、とにかく走る。

 小麦畑の中、胴体だけのリューシアの身体には目もくれず、麻袋を探す。

 あんなに命がどうのとか考えたくせに、「このこと」をすっかり失念していた。

 リューシアに食い物にされるために連れて来られた奴隷。

 まだ、生き残りがいるはずだ。

 ヴェルの命を助けるために必要になって初めて思い出すなんて、ほんと、人間ってやつは――いや、俺ってやつは、自分勝手な人間だ。

 倒れた荷馬車、そのそばに血まみれの麻袋がいくつも転がっている。

 それらはもうピクリともしない。

 悪い、本当にすまない、今はどうしようもできねえ。

 目を凝らして探す。

 ……あった。

 一つだけ、赤い血で染まっていない麻袋。

 それに駆け寄り、俺はそれを乱暴に開ける。

 思った通り、中には手足を縛られ、目隠しと猿轡をされている少女。

 手足を縛っているのは、キッサやシュシュの首輪と同じ材質の不気味な色の革。

 最後の、本当に最後の力を振り絞って、俺は右手に日本円の硬貨を握りこむ。

 出現したのは光の剣どころじゃない、ちっちゃなナイフ。

 それだけでも頭がクラっとした。

 法力を急激に使いすぎると命を落とすこともある、というヴェルの言葉を思い出す。

 ああ、もう一度ヴェルの声を聞きたいんだ、俺は。

 きっとこの拘束具には法術がかけられてるはずで、それなら俺の能力でなんとかできるはずだ。

 ライムグリーンのナイフを、その少女を拘束している革にあてる。


「……切れろっ」


 念じながら力をいれると、なんのことはない、まるで紙でもちぎるかのように簡単に切断できた。

 縛られていたのは、ショートボブくらいの長さの髪をした、若い女奴隷だった。

 ブラウンの髪の色に、ブラウンの瞳の色。

 何が何だかわかっていないのだろう、ぽやーっとした表情で俺を見ている。


「おい、お前……大丈夫か? 歩けるか? 立てるか?」


 その奴隷少女は、ふらふらっと立ち上がり、周りを見渡す。


「あの、わたくしのご主人様は……?」


 ご主人様? ああ、あのサイコパスクズか。


「皇帝に反逆したから俺が殺した」


 俺は、首を失ったリューシアの身体を指さしてそう言う。

 こんな言い方してまずかったかな、と思ったが、奴隷少女はまだよくわかっていないかのように、


「はあ」


 と気のない返事をする。そして、


「では、わたくしの今のご主人様は……?」と訊く。


 うーん。

 なんて答えりゃいいんだろう。

 キッサとシュシュは戦争で捕らえられて処刑されるところを、俺がミーシアに嘆願して俺の奴隷にしてもらったわけで、よく考えたら生粋の奴隷と会話するのはこれが初めてなのだ。

 なにはともあれ、今は一刻も早くこいつをヴェルの近くまで連れて行かなきゃいけない。


「あとで偉い人に決めてもらうが、とりあえず今は俺の奴隷ってことにする。偉い人がお前の処遇を決めるまで、お前は俺の奴隷だ、いいな?」

「あ、はい」


 奴隷少女は俺の足元に跪き、闘い続けたせいでぼろぼろになった俺の靴に接吻した。突然のことでびっくりする俺に顔を向け、


「ではわたくしはあなたさまの奴隷でございます」と言う。


 ……奴隷根性ってこういうことを言うのかな。

 案外あっさり言うことを聞く。

 念のため、重要なことを訊いておこう。


「お前、人に分けてやれるほどの法力、持っているんだよな?」

「あ、はい。その目的で前のご主人様に飼われておりました。法術はほとんど使えませんが、法力を練ったり、蓄えてご主人様にお渡しすることに関しては訓練させられましたのでひと通りはできます」


 よし、思った通りだ。

 しっかし、リューシアってやつ、本当に屑な奴だったんだな。

 そういや奴隷に夜のご奉仕させるとか言ってたし、もしかしたらこの少女も……。

 んん? よく見たらこいつ、キッサに負けず劣らずの、なかなかでっかい胸を……いやいやいやいや、こんな時に俺は何を考えているんだ、こいつに関しては後回しだ、今は時間がない。


「よし、じゃあ俺についてこい、こっちだ」

「あ、はい……あっ」


 ずっと縛られていたのだから当然だが、奴隷少女は歩くどころか立つのもやっとみたいだ。

 実際、立ち上がろうとしてふらつき、あやうく転びそうになっている。

 俺は彼女に軽く肩を貸しつつ、ヘルッタの家に向かう。

 と、キッサが、あいかわらずでかいIカップをぶるんぶるん揺らしながら、シュシュの手を引っ張ってこっちに走ってきた。


「キッサ、お前もこいつに肩を貸してやって……」

「エージ様」


 もんのすごい怖い顔でキッサが言う。


「エージ様、本当に、本当に! ほんっとうにお願いしたいんですけど! あのですね、ものすごく大事なことを忘れないで下さいね!」

「え、なんだっけ」

「…………あのねぇっ! あ、失礼しました、あのですね、エージ様から三十マルト離れると私とシュシュは首輪の術式で死ぬんです。いいですか、私達はエージ様の奴隷なんですから目を離さないでください」


 そうだった……。


「あ、うん、ごめん、ど忘れしてた」


 素直に謝っておこう。

 キッサは唇をつんと突き出して、


「ど忘れって……私達はエージ様の大切なかわいい奴隷なんですからね」

「はい」


 思わず返事しちまう。

 自分で大切でかわいいとかつけたしやがって。まあでも、うん、その通りだ、うっかりしてたな。

 うっかりで死んだらたまったもんじゃなかろうから、キッサが怒るのも当然だ。

 で、俺とキッサとで足元のおぼつかない奴隷少女に肩を貸しつつ、ヘルッタの家へと向かう。

 そうやって歩きながら、俺はキッサに尋ねる。


「なあ、あのリューシアはこいつらを……殺して法力を補充してたけど。別に殺さなくても、やりようはあるんだろう?」

「ええ。あります。あんなやり方はリューシア固有の法術です。でも、あの方法でなくても、リューシアみたいに法力やマナを根こそぎ吸い取ろうとするなら、結局死に至らしめることになりますけど。別にそこまでやらないのであれば、いろいろな方法があります。一番原始的なのは身体接触法ですね」

「身体接触法?」

「はい。ほら、さきほど私がエージ様にした、ああいうのです」


 ああ、あの甘噛みか。


「ただ、あの方法は素早くできますが、力の移転のロスがありますし、精度も落ちます。特に今回、エージ様はシュシュの治療の法力をご自分に移転させようとお考えかと思いますが、単純に簡単な能力の移転をごく短時間であればともかく、本格的にシュシュの能力を制御しようとするには、あれでは難しいかもしれません。もっと原始的な方法もありますが、副作用があって少し危険ですし、この帝国の文化においては野蛮なやり方だとして忌避されてるはずですので、あの奴隷様がその方法をとるわけはないと思います。そこで、パルピオンテ移転法を使うことになるでしょう」

「パルピ……?」

「古の賢者、パルピオンテが開発した、法力の移転方法です。カロンテの聖石というものを媒介にして法力の受け渡しをするやり方です。若干時間がかかり、手順も複雑ですが、副作用もなく安全に行える方法です」

「それは、どうやってやるんだ?」

「今から説明しますので、覚えて下さい。一つでも手順を間違えると最初からやりなおしです。絶対に間違えないように、今覚えて下さい」

「お、おう……」

「では、まず最初にカロンテの聖石を、法力を受け渡す人間と受け取る人間の間に置き、水の入ったグラスをひとつ。まず受け取る人間がそのグラスに人差し指を入れ……」


 キッサが説明したそのやり方は、確かにちょっとめんどくさかった。

 俺はもともと暗記とか得意じゃないんだけど、しかしまあ、ヴェルの命を救うためなのだ、もちろんキッサの説明を集中して聞いて、頭に叩き込む。

 そうこうしているうちにヘルッタの家にたどりついた。

 ヴェルはまだ無事だろうか?

 寝室へ行くと、ヴェルはまだかろうじて息をしていた。

 ほっと胸を撫で下ろす。

 そのヴェルの枕元に、ヘルッタから借りたのだろうか、さっきよりも少し小綺麗なローブを羽織ったミーシアが直立不動で立っていた。


「陛下。この者はリューシアが法力の補充のために連れてきた奴隷です。あのリューシアの法力を補充できるほどの力を蓄えているのです。これで、マゼグロンクリスタルに法力をこめさせたいと思います。その後、私がシュシュから治療の法術の力を借り、マゼグロンクリスタルで増幅された法力を用いて、ヴェルを回復させたいと思います」

「タナカ・エージ……本当に、やるのですか? 確かに私はあなたなら国家の秘宝・マゼグロンクリスタルの力をコントロールできるかもしれない、と言いました。ですが、もちろん失敗の可能性も高いのです。最悪の場合、ヴェルだけでなくあなたまで死ぬこともありますし、そこまでいかずとも精神が汚染されて廃人同様になるかもしれません」

「かまいません」


 言ってしまってから、そういや俺の命は俺だけのものじゃなかった、俺が死ぬとキッサとシュシュも死ぬんだよな、と思い出した。

 その二人を見る。

 まだ九歳のシュシュは無邪気に、


「おにいちゃん、騎士しゃまを助けるの? はやくはやく!」と言う。


 キッサの方はというと、かすかな笑みを浮かべて、


「仇敵ではありますが、この騎士様にはシュシュが助けられてます。それに、……ど忘れで死ぬのはごめんですが、私達のご主人様がそう決断した上でなすことです。奴隷である私達は従いますよ。……ただし、失敗しそうになって、まだ間に合うようでしたら無理矢理にでも術式を止めます。私はともかく、むざむざシュシュを死なせるわけにはいかないですからね」

「ああ、ありがとう」


 そして俺はロリ女帝、ミーシアに向き直る。


「さっき、キッサからパルピオンテ移転法のやり方はひと通り聞きました。さっそく――」


 だが、ミーシアは直立不動のまま、静かな、でも覚悟を決めた芯の強い声で言った。


「パルピオンテ移転法は時間がかかりすぎます。ヴェルの体力やマナがそれまで持ちません。ですので――大変野蛮で下賤で危険な方法ではありますが――」


 そこで一息いれ、そして頬を少し赤らめながらこう言った。


「粘膜直接接触法でやります」

 
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