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第三章 隕石が産まれるの

48 甘くてピンク色

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 悲劇はその時起こった。

 カッツーン、という音が鳴り響く。

 目の前に火花が散るような痛みが俺を襲った。


「いってぇ!」


 思わず叫んで、俺とキッサは同時に口を抑えてしゃがみこむ。


「…………どうしましたか、何か問題でも!?」


 焦ったようなミーシアの声。


「おねえちゃん!?」


 悲鳴のようなシュシュの声。

 俺は痛みに耐えながらかろうじて、


「い、いえ……歯、歯が……勢いありすぎて歯がぶつかって……」

「……馬鹿なことしてないで早くして下さい、冗談じゃなくて死刑にしますよ」


 うっわ、女帝陛下の声、ガチで冷たい。本気の声だ。


「は、はい」


 返事をして、仕切りなおし。

 しょうがねーじゃねーか、現実ってのは漫画やアニメみたいに綺麗にはいかないもんなんだよ!

 映画とかアニメとかだったなら感動的なBGMとともにキラキラした演出の中、美しいキスシーンになるんだろうけど!

 現実はこんなもんか。

 あーあ、なんかしまらないファーストキスになっちまった。


「殺す……」


 いや、だからやめてくださいってば。

 ん?

 今の声は……ミーシアじゃない。


「殺す……リューシア……殺す……」


 ヴェルだった。

 死の際にいるのに、なおも夢の中で戦闘を続けているのだ。


「ヴァネッサ……ごめん……ごめんね……」


 ヴェルはリューシアに殺された従姉妹の名を呼ぶ。

 あのサイコパスが持っていたヴァネッサの耳は俺が回収した。宮殿でヴェルを探している最中にリューシアと戦闘した結果、耳と首をとられたのだ。

 その頃、俺達は西の塔で露出プレイごっこをしようとしていたわけで。

 ヴェルにとっては一生の心の傷になるだろう。


「ヴァネッサ……。エステル……ごめん……悪いお姉ちゃんでごめん……寒い……お母様……お母様、寒いよ……」


 ヴェルの頬に涙が伝う。

 いやまじでアホなことをやってる場合じゃない。

 今度は俺の方からキッサを抱き寄せる。


「キッサ、早く……」

「はい」


 キッサは力強く頷くと、再び俺に顔を向けて目をとじる。

 今度は歯がぶつからないようにゆっくり、慎重に。

 うう、さっきは勢いのまま口をおしつけたけど、こんなふうにじっくりとキスしようとするとさ。

 やべえ、俺、今、すっげえドキドキしてる。

 ドキドキを通り越して怖くなってくるな。

 リューシアと殺し合いしていたときよりも怖い。

 でもキッサはいい娘だし。

 なんとなく、勘違いだろうけど少しは慕われてる気もするし。

 相手がキッサでよかったな。

 そう思いながら、俺は乱暴にならないようにそっとキッサの身体を抱き寄せる。

 キッサは目を閉じたまま、俺に身を委ねる。

 そして俺はキッサの唇に自分の唇を近づけていき――

 俺の唇とキッサの唇がわずかに触れた。

 キッサの唇は薄く控えめな大きさで、暖かだった。

 少女の顔が火照っているのを空気越しに頬で感じる。同時に、俺の腕の中で少女の身体は燃えるように熱くなっていく。

 と、キッサは強く俺に抱きついてきて。


「んん……」


 するり、とキッサの小さな舌が、俺の口の中に入り込んでくる。

 うわまじか、そこまでやるの?

 まじでまじでまじで!?

 俺もキッサも緊張で身体がこわばっていて、それは舌も同じで、おそるおそるといった感じで――

 俺の舌の先とキッサの舌の先が、ピトッと触れた。

 粘膜と粘膜の接触。

 直接粘膜接触法。

 その瞬間、俺の身体は電気が走ったかのように震えた。

 ドクン、と心臓の鼓動が大きくなり、――疲弊しきっていた俺の精神に、何かが流れこんでくる。

 目には見えないもののはずなのに、それはなぜかピンク色をしているように感じる。

 そのピンク色の何かは、舌から俺の体内へととろりと流れ込み、血液の流れにのって俺の脳内や身体を甘く優しく満たしていく。

 そうか、これが、キッサの法力とマナか。

 法力やマナというより、キッサそのものが俺の中に入りこみ、俺と混ざり合っているような感覚。

 緊張からか、最初はお互いに口の中がかわいていて、ピタピタと舌をくっつけ合うようにしていた。そうしていると、刺激からかそのうちに唾液が分泌されてきて、お互いの舌がその形を確かめ合うようにぬるりと絡みあうようになる。

 お互いの唾液を撹拌するかのように、俺達は夢中になってにゅるにゅると舌を擦り合わせた。

 寝室の中にクチュクチュという唾液が混ざる音、ヌトヌトと舌が絡みあう音が響く。

 すぐそばにミーシアやシュシュやヘルッタや奴隷少女が俺たちを見ていて、彼女たちには、その音まで聞こえちゃっているだろう。

 その上すぐ隣にあるベッドではヴェルが死にかけているのだ。

 それなのに、そんな場所でこんな音を立ててキスをしているなんて、冷静に考えるととんでもなくすさまじいことをしているんだけど、俺はもうキッサとのキスに熱中していてそこまで気が回らない。

 ああなんだこれ、すげえ気持ちいい、俺は今、俺の奴隷の力を吸い取っているんだ。

 枯渇しかけていたマナが、俺の全身に行き渡り――。

 幸福感に包まれた快楽が俺の脳みそを刺激して。

 ――いつまでもこうしていたい。もっと、キッサのものを奪いたい。

 全部全部全部吸い尽くしてやりたい!

 腕の中でキッサの力が抜ける。

 それでも俺はやめない。

 やめられない。

 もう立つことすらできないほど脱力したキッサの細い身体を、俺はさらに強く抱きしめて支える。

 やばいやばい、止められない。

 細い腰を折ってしまいそうなくらい強引に抱き寄せる。

 痩せているように見えるのに、こうしてみるとキッサの身体はふかふかで、Iカップの胸に俺の全身が包まれてしまうような錯覚に陥る。

 そして俺はキッサの唇、キッサの舌、キッサの唾液を貪り続ける。

 全部甘くて全部うまい。

 とろける。

 身体がとろける。

 そして、もっともっとキッサの力を取り込もうとしたとき。

 ぐいっと俺の服の裾が強く引っ張られた。


「――もう、いいでしょう。やめなさい」


 背中から聞こえてきたのは皇帝陛下、ミーシアの声だった。

 ミーシアが体重をかけて力任せに俺の裾を引っ張ったのだった。


「それ以上続けると、その奴隷は死にかねません。そこまでは私も望んでません」


 はっと我に返って、俺はキッサから唇と身体を離す。


「んはぁ……。……あっ……」


 キッサは小さな声を出したかと思うと、すぐにその場にくたりと崩れ落ちた。


「お、おい、キッサ、大丈夫か? ……悪い、わけわからなくなってた」

「……はい、なんとか……。ギリギリのギリギリまで私の力を差し上げました……。初めてですので加減がわからなくて……ほんとに死ぬかと思いましたよ……ふふ、この方法ってこんなに……すごいんですね、禁止されているのもわかります」


 かすかに頬を赤く染めて、キッサが照れ笑いを浮かべる。

 くそ、かわいいなその表情。

 ガチで惚れちゃいそう。

 俺の頭の中が真っ白になっている。

 女の子とキスしたのは初めてだしな。

 でも、そんな俺の個人的な事情は、今はぶっちゃけどうでもいい。

 それよりヴェルを救わないといけない。

 俺はバチン! と自分で自分の頬をひっぱたいて気合を入れなおす。


「キッサ、サンキューな。マナは受け取ったぜ。次はどうすればいいんだ」

「……次は、そこの奴隷から力を受け取って下さい」


 そう言ってキッサは立ち上がろうとするが、うまく行かず、結局這いずるようにして壁際まで行き、女の子座りでその壁によりかかる。

 上気した頬に焦点の定まってない目。まるで酒で酔いつぶれてるみたいだ。

 キッサは、艶っぽいしぐさでほうっ、とため息をつくと、


「……すみません、本当にギリギリまでエージ様にさし上げたので、私はもう身体が動かせないです……しばらくこのまま休みます」

「わかった、キッサ、ありがとう、感謝するぜ」

「こちらこそ、ありがとうございます――エージ様が初めての相手で、よかった……エージ様となら、副作用も怖くないです――」


 副作用? 

 ああ、この方法は危険だとか頭がおかしくなるとか言ってたな。

 しょうがない、俺の仕える騎士様の命のためだ、なんだって受け入れるさ。


「ええと、じゃあ、次は……」


 俺は次に、部屋の隅に控えている、奴隷少女に目をやった。
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