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第三章 隕石が産まれるの

59 金貨千枚

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 ちっ、と舌打ちをし、あからさまに不機嫌な顔をする首領。

 剣を納めると、


「お前を殺しても石貨一枚にもなりゃしない、いいよ、こいつの術式を解いてとっととどっかにいきな。……そこの黒髪もいい値になるかもしれないし、帝都の騒乱さまさまだ」


 ん?

 黒髪、というのはミーシアのことだろうか?


「ロフル族の子供の奴隷なんて、価値がないはずよ!」


 縛られたまま、ヴェルが大声をあげた。


「うるせえ、奴隷は黙ってな!」


 手下の一人がヴェルの顔面に蹴りを入れる。

 固い靴の裏で思い切り蹴られたヴェルの鼻から、つう、と血が一筋流れ落ちる。痛そうだな……。

 ロフル族ってのは、つまり、ミーシアみたいな黒髪で黒い瞳の種族なんだろう。

 皇帝であるミーシアがロフル族ってことは、おそらく、帝国の中枢を占める民族はそのロフル族なのかもしれない。

 数が多ければ奴隷も多いってことだろうか?

 この世界の奴隷というのは、種族や血筋でそうなるものではないらしい。

 首領は、ぽたぽたと鼻血を地面に落とすヴェルをつまらなそうに眺めながら、


「お前らも帝都から逃げ出してきたんだろうから知ってるだろ? 帝都で反乱が起きたんだよ」と言う。

「それは知ってる、だから西に逃げてきたんだ」


 俺がそう答えると、首領は驚くべきことを言った。


「宰相のエリン公とイアリー家の当主が、皇帝陛下をかどかわして退位させ、帝位を簒奪しようとしたんだそうだ」

「はぁっ!?」


 ヴェルが抗議の声をあげたが、またもや蹴りをくらっている。痛そう。

 っていうか、なんだよ、俺たちの方が反逆者にさせられているのかよ。


「……騒ぎが起こったとは思っていたが、そんな話だったとは知らなかったな」


 俺がそう言うと、首領は得意気に続ける。


「ははん、あたしらの情報網をなめてもらっちゃ困るよ。皇帝陛下とイアリー家の当主が個人的に仲が良い、ってのは帝国中が知ってることだが――」


 へえ、そうなのか、有名人は交友関係も知られてるんだな、まあ有名人の交友関係の話題ってのはいつの時代、どこの国でも庶民の娯楽になるもんだ。


「――どうも、皇帝陛下とイアリー家の当主はそれだけじゃなくて、ねんごろな仲……わかるだろ? そういう関係だったらしい……それで今回の簒奪劇は、皇帝陛下と『つがい』になりたいイアリー家の当主と、帝位を簒奪したいエリン公が絵を書いたんだってよ。まあ、イアリー家は上級貴族だがマーキ族だから、皇帝とは格が違う。法を守るなら、マーキ族は皇帝の子どもは産めても皇帝に子どもを産ませることはできないからな。それに、皇帝陛下の気持ちだってわからんでもないさ、今の皇帝、実の母親と姉を暗殺されてるんだもんな、皇帝陛下も地位を投げ出したくなるってもんさ」


 ……暗殺。

 それは、初めて聞いた。

 ヴェルは顔面血まみれにして首領を睨みつけ、ミーシアは聞いていないかのように顔を伏せてピクリともしない。

 首領は続ける。


「エリン公は魔王軍まで使って帝都を掌握しようとしたが、結局捕まって処刑されたそうだ。ただ、イアリー家の当主は皇帝を言葉巧みに騙して連れ去って、今は行方しれずらしい。おそらく皇帝陛下を奴隷かなにかに偽装させてイアリー家の領地に連れて帰るつもりだろうって話だ」

「ずいぶんと、詳しいな」


 詳しすぎるだろこいつ。おかげでヘンナマリが今回の反乱にどう正当性をもたせているのかがわかったが。どっからそんな情報を得てるんだ、山賊のくせに。


「ふふん、ほら、あれをみてみな」


 自慢気に首領が指差したのは、キッサたちと同じハイラ族なのだろう、白髪紅目の女だった。

 馬並の大きさの、六本の脚を持つ犬の魔獣、フルヤコイラがそいつによりそっている。

 それだけじゃない。

 その足下に、何羽もの鳥が地面をついばんでいた。もちろんただの鳥ではない、大きさはそんなでもないが、俺たちを襲ったゾルンバードと同じように、くちばしに牙がはえている。おそらく、魔獣の一種だろう。


「伝書カルト……」


 キッサが呟く。


「お、お前もハイラ族だから知ってるみたいだね。あの魔獣は一日で千カルマルトは飛び、かなりの重量の荷物も運べる。あいつが操れば大陸中の人間と自由に連絡がとれるんだ、あたしらの情報が早いのもこいつのおかげさね」


 なるほど。

 それで、帝都で反乱が起きたことを知り、帝都から逃げてくるであろう人々を襲おうとここで待ち伏せしてたってわけか。

 しかし、まさか俺たちが逆賊にされているとはな。


「で、だ。皇帝不在の帝国政府としては、逆賊のエリン公も処刑したことだし、いったん皇帝陛下には帝都に戻っていただきたいそうだ。退位は認めるから、マゼグロンクリスタルを平和的に次の皇帝に渡して欲しいんだと。……で、西に向かうロフル族の子供の奴隷はね、皇帝陛下かもしれねえから、帝都に連れていって面通しするとそれだけで銀貨三枚、もし皇帝陛下だったら金貨千枚をくれるんだそうだ。……まさかとは思うが、お前、イアリー家の騎士じゃあ、ないよねえ? もしそうだったら人生最高の幸運ってやつだけどさ」


 くっそ、こいつ、まじで幸運な奴らだ、いや、俺たちが不幸なのか?

 まさかはいそうですというわけにもいくまい。

 俺は努めて冷静に、


「イアリー家の騎士ってのは俺と同じガルド族なのか? 違うだろ?」と言う。

「ああ、違うさ。金髪のマーキ族だ。お前がイアリー家の当主なわけがねえ。だけど、騎士様も奴隷に変装してるってことも、あるよなあ? そして、部下を奴隷商人にしたてあげる――ありそうなことさ」


 首領はヴェルの顔を見て目を眇めた。

 マーキ族……ヴェルみたいな金髪碧眼の民族のことだろう。

 そういえば、この世界や帝国の民族構成ってどうなってるんだろう。あとでキッサに訊いてみよう、……この場を生き残れたら、の話だが。

 首領は固太りした大きな身体を揺らして、


「皇帝陛下を誘拐したイアリー家の当主ってのが……十代後半のマーキ族。それに――」


 今度は俺の顔を舐めるように見る。


「――ガルド族に似た、従者を一人連れているそうだ……まさか、このロフル族の奴隷が皇帝陛下ってことは、ないよなあ?」




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