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第四章 兎とナイフ
71 応射
しおりを挟む振り向いて崩された岩をみる。
レーザーに貫かれた部分は、奇妙な光沢を放つ滑らかな曲面を見せていた。
衝撃で破壊されたというよりも、高熱で溶かされたように見える。
「くっそ、これがリンダって奴の能力か――」
これじゃ岩を盾にした意味が半減だ。
万が一にもミーシアにこれが直撃するようなことはあってはならない。
アウトレンジからの先制攻撃どころじゃない、逆にこっちが意表をつかれた形だ。
俺たちが動揺している間にも敵は距離をつめてくる。
リンダの攻撃だけではなく、他の騎兵たちが騎射で放つ矢までもが俺たちを狙う。
法力によってその威力を増幅された、青く光る矢。それらが、俺たちにむかって降り注いできたのだ。
「大丈夫よ!」
ヴェルが叫ぶのが聞こえた。
「岩を砕けるほどの力を持つのは一人だけよ、あれにだけ気をつければいいだけの話!」
確かにその通りかもしれない。
雨のように降り注いでくる青い矢は、白髪のハイラ族、山賊団の副首領――パミーヤというらしい――の展開する法術障壁に妨げられている。
どうやら敵の攻撃力よりもパミーヤの防御力の方が勝っているようで、障壁に当たった矢はその場で破裂音とともに消え去っていく。
パミーヤをミーシアの近くに配置したのは、彼女が法術障壁の能力持ちだったからだ。
パミーヤにしてみれば、人質にされている自分の妹を守るには、全力で法術障壁を展開しなければならない。そしてそれはそのままミーシアを守ることにもつながる。
この辺は、実は俺の采配だ。
信用できない人間を味方にするときは、利益を合致させておくほうがいいし、裏切る気が起きないような配置にしておく方がいい。
首領と副首領、それに人質の妹はそれぞれ別の場所に配置していて、裏切ればそのうち誰かの安全が保証できないようになっている。裏切らず活躍できれば、爵位と領地をもらえる。
人質と褒賞をもって他人を操ってるのだ。
うーん、少年マンガの主人公みたいな純粋な心って奴が俺には存在しないみたいだ、実に残念ではある。
我ながら俺って人間不信だよな、と思うけどな。
さて、戦闘だ。
青い矢はパミーヤの障壁で防げるのだが、数十秒おきに襲ってくる例の赤いレーザー光線はさすがにそうはいかない。
破格の貫通力を持っていて、パミーヤの障壁をあっさりと透過し、俺たちを守る岩を削っていく。
だが俺たちも守勢にまわっているだけではない。
「私たちの左翼へと方向転換! そのまま騎射を続けてきます! 距離三〇〇!」
キッサの声に、ヴェルが反応する。
「応射しなさい! あたしもいくわよ! ……ゆけ、我が魂の雷!」
赤き鎧を身にまとった金髪の女騎士は、暗闇の草原に向かって剣をふるう。
その剣先でバチン、と火花が散ったかと思うと、その火花は一瞬にして眩しいほどの巨大な青い炎となった。
炎、というよりも、放電現象、といったほうが近いだろうか。
その眩しさにおれも一瞬目を眇めた。
まさに雷そのものだ。
周囲が一瞬明るく照らし出され、遠くにいる敵の騎兵たちの影までも映し出す。
バリバリ! とヴェルの雷は大きな音とともに空気を引きさいて敵の方向へと襲いかかっていく。
当然敵も法術障壁を展開していて、騎兵たちの影に届く前に、ヴェルの攻撃はかき消される。
だが影だけとはいえ、敵の騎士団の隊列が乱れるのがわかった。
おそらくヴェルが本気の全力を出せば、この障壁も用意に破壊できるのだと思う。そのことを敵も知っているのだろう。だから浮足だっているのだ。
だけど、戦いはこれからもずっと続くし、ヴェルの法力はできるだけ節約していかなければならない。
今、目の前の敵を倒すのに法力すべてをつぎこむわけにはいかないのだ。
ただ。
一人だけ、その法力の節約をしなくてもいい人物が俺たちにはいる。
いうまでもない、俺自身だ。
俺は粘膜直接接触法の副作用を受けない体質だし、俺に法力を受け渡してくれる人さえいれば、ほぼ無限に法力を発揮できるのだ。
最悪、敵の人間を捕獲して無理矢理キスしてしまえばいいのだ。なんてことだ、これじゃまるで俺はエロゲーの主人公じゃねえか!
子供の頃あこがれていたヒーローは空条承太郎だったのに、どうしてこうなった。
やれやれだぜ。
だがしかし、人間理想がどうあれ、結局は自分ができることをやるしかないのだ。
「エージ! あんたがあの障壁をやぶりなさい!」
ヴェルの鋭い声が飛ぶ。
「ああ、やってやるぜ!」
気力は十分だ。
なおもこちらへと騎射を続ける騎兵どもにむかって、俺は手の中の硬貨を握りしめ、能力を発動した。
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