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第一章
28 目的
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その日の夜。
グラブ市の町外れにある天幕――つまりテントだ――に、俺たちは向かった。
タニヤ・アラタロがそこで待ち合わせをしよう、といったのだ。
今日は天気がよく、空を見渡しても雲ひとつない。
月は出ていなかったが、空を埋め尽くす星々の光が俺たちを照らす。
満天の星空、とはまさにこのことだろう、東京に住んでいた頃はこんな圧倒的な星空を見ることなんて、一度もなかったな。
さて、タニヤ・アラタロのいう会わせたい人物とは一体誰なのか。
彼女のいったとおり、目印の大きな木の近くに、ぼろぼろの天幕があった。
その前に人影が二つ。
タニヤ・アラタロとその娘、ミエリッキ・アラタロだ。
「やあ、来たね」
タニヤが言う。
「ああ、場所はここで良かったんだな? こんな深夜に、こんな辺鄙な場所じゃなきゃ駄目だったのか? 途中で賊にでも襲われないかとヒヤヒヤしたぜ」
ふ、とミエリッキが笑って言う。
「あんたが賊ごときに遅れをとるわけないじゃない。火炎竜やハイトロールをあんなにあっさりと屠ったあんたがさ」
「そうさね」
タニヤがあとを継いでいう。
「だいたい、この時間、この場所を選んだのには理由があるのさ。あんたに会わせたい人物……その居場所を、他の奴らには絶対知られたくなかったからね」
いったいそれは誰なんだろう。
「さ、こっちだ」
タニヤに案内されて、俺たちは天幕の中へと入っていく。
遊牧民であるハイラ賊の天幕としてはかなり小さい方で、中の広さはせいぜい日本でいうところの八畳間くらいしかない。
その中に、タニヤとミエリッキ、そして俺たち――俺とキッサとシュシュ、それにサクラとイーダ――は入っていく。
天幕の中にはランプが照らす二つの人影。
ボロボロの衣服をまとった老婆と、小さな子供。
子供の方は老婆の膝に頭をあずけてすやすやと眠っている。
なんだ?
タニヤが俺に会わせたいといっていたのはこの老婆か?
「さあ、エージ、紹介しよう」
タニヤは少し笑いを含んだ声で言う。
「この方こそ、タル・ルミシリール・ヴァケラ・クッコラ殿、そしてその玄孫のミルヤ・クッコラちゃんだよ」
「はあ?」
誰だ、それ?
っていうか、
「ルミシリール……?」
ルミシリールとはターセル帝国において、荘園の所有を認められた上級貴族の称号のはずだ。
ってことは、この老婆はターセル帝国の貴族だってのか?
帝国から見れば戦争状態にあるはずの獣の民の国に、なぜそんな人物が……?
「おや……? エージ、ピンとこない顔をしているね」
「……タニヤ、この方はどなただ……? 俺は聞いたことない名だが……」
「はは、名前も知らずに探しに来たのか、いくらなんでも抜けてるね、あんた。この方こそ、ハイラ族の族長、カルビナ・リコリに軟禁されていたターセル帝国の元宮廷法術士長……そう、あんたらが『婆さま』と呼ぶ人物、その人だよ」
……!?
え、なんだって?
この老婆が、俺たちがこの国に来た最大の目的の人物、『婆さま』だってのか?
「ちょっとまってくれ、タニヤ、婆さまはカルビナ・リコリに誘拐されて……」
「そのとおり」
ニヤリと笑ってタニヤが言う。
「たしかに、ほんの一ヶ月まで、カルビナ・リコリによってこのグラブ市の官邸で軟禁されていたよ。その情報は入っていたんだ。さて、この私はカルビナ・リコリの敵さ。奴とは命を狙い合う仲だしね。カルビナ・リコリの目的がなんであれ、私は奴にとって嫌がらせになることはなんでもやるさね」
「つまり……?」
混乱した頭で俺は言う。
「つまりね、」
ミエリッキが少し誇らしげに胸をはってこう言った。
「一ヶ月前、私が官邸に押し入って奪還してきたのよ」
うおおおい!
まじかよ、そんなことになっていたのか。
そんな情報、全然入ってきていなかったぞ。
「当たり前さ、秘密にしといたからね。カルビナ・リコリにしても、そんな自分の恥になることを周りに知られるのは嫌だろうし」
と。
そこに、老婆……婆さまが初めて口を開いた。
「ふん……私にとっちゃあ、私を監禁する相手がかわっただけじゃ。むしろ、そこそこ居心地のいい官邸からこんな古い天幕に連れてこられて迷惑しとるよ……おぬしら、私をどうしたいんだい? 何度もいったが、おぬしらの内輪もめに私の法術の力を貸す気はねえぞ」
低くて凄みのある声。
そして、眼光鋭く俺を睨んだ。
「ん……? おぬし、ガルド族……じゃないのお。……もしや、男か……?」
さすが伝説の元宮廷法術士長、ひと目で俺の正体を見破ったな。
俺は、婆さまの前に膝をついて頭を下げた。
「申し遅れました。私の名前はエージ・アルゼリオン・タナカ……。ヴェル・アルゼリオン・レイラ・イアリー卿の依頼により、あなたをここから救い出しにきた者です」
「アルゼリオン……? ターセル帝国の騎士じゃと? それに、ヴェル・ア・レイラじゃと? つまり、ターセル帝国からの救出隊か……? こんな老いぼれのために……? 陛下に申し訳が立たぬ……」
「ミーシア皇帝陛下におかれましては、今回の件についてはご存知ありません。ヴェル卿と私の独断でございます。……個人的にお願いしたいこともありまして」
そう、そのお願いこそが、最大の目的だったのだ。
グラブ市の町外れにある天幕――つまりテントだ――に、俺たちは向かった。
タニヤ・アラタロがそこで待ち合わせをしよう、といったのだ。
今日は天気がよく、空を見渡しても雲ひとつない。
月は出ていなかったが、空を埋め尽くす星々の光が俺たちを照らす。
満天の星空、とはまさにこのことだろう、東京に住んでいた頃はこんな圧倒的な星空を見ることなんて、一度もなかったな。
さて、タニヤ・アラタロのいう会わせたい人物とは一体誰なのか。
彼女のいったとおり、目印の大きな木の近くに、ぼろぼろの天幕があった。
その前に人影が二つ。
タニヤ・アラタロとその娘、ミエリッキ・アラタロだ。
「やあ、来たね」
タニヤが言う。
「ああ、場所はここで良かったんだな? こんな深夜に、こんな辺鄙な場所じゃなきゃ駄目だったのか? 途中で賊にでも襲われないかとヒヤヒヤしたぜ」
ふ、とミエリッキが笑って言う。
「あんたが賊ごときに遅れをとるわけないじゃない。火炎竜やハイトロールをあんなにあっさりと屠ったあんたがさ」
「そうさね」
タニヤがあとを継いでいう。
「だいたい、この時間、この場所を選んだのには理由があるのさ。あんたに会わせたい人物……その居場所を、他の奴らには絶対知られたくなかったからね」
いったいそれは誰なんだろう。
「さ、こっちだ」
タニヤに案内されて、俺たちは天幕の中へと入っていく。
遊牧民であるハイラ賊の天幕としてはかなり小さい方で、中の広さはせいぜい日本でいうところの八畳間くらいしかない。
その中に、タニヤとミエリッキ、そして俺たち――俺とキッサとシュシュ、それにサクラとイーダ――は入っていく。
天幕の中にはランプが照らす二つの人影。
ボロボロの衣服をまとった老婆と、小さな子供。
子供の方は老婆の膝に頭をあずけてすやすやと眠っている。
なんだ?
タニヤが俺に会わせたいといっていたのはこの老婆か?
「さあ、エージ、紹介しよう」
タニヤは少し笑いを含んだ声で言う。
「この方こそ、タル・ルミシリール・ヴァケラ・クッコラ殿、そしてその玄孫のミルヤ・クッコラちゃんだよ」
「はあ?」
誰だ、それ?
っていうか、
「ルミシリール……?」
ルミシリールとはターセル帝国において、荘園の所有を認められた上級貴族の称号のはずだ。
ってことは、この老婆はターセル帝国の貴族だってのか?
帝国から見れば戦争状態にあるはずの獣の民の国に、なぜそんな人物が……?
「おや……? エージ、ピンとこない顔をしているね」
「……タニヤ、この方はどなただ……? 俺は聞いたことない名だが……」
「はは、名前も知らずに探しに来たのか、いくらなんでも抜けてるね、あんた。この方こそ、ハイラ族の族長、カルビナ・リコリに軟禁されていたターセル帝国の元宮廷法術士長……そう、あんたらが『婆さま』と呼ぶ人物、その人だよ」
……!?
え、なんだって?
この老婆が、俺たちがこの国に来た最大の目的の人物、『婆さま』だってのか?
「ちょっとまってくれ、タニヤ、婆さまはカルビナ・リコリに誘拐されて……」
「そのとおり」
ニヤリと笑ってタニヤが言う。
「たしかに、ほんの一ヶ月まで、カルビナ・リコリによってこのグラブ市の官邸で軟禁されていたよ。その情報は入っていたんだ。さて、この私はカルビナ・リコリの敵さ。奴とは命を狙い合う仲だしね。カルビナ・リコリの目的がなんであれ、私は奴にとって嫌がらせになることはなんでもやるさね」
「つまり……?」
混乱した頭で俺は言う。
「つまりね、」
ミエリッキが少し誇らしげに胸をはってこう言った。
「一ヶ月前、私が官邸に押し入って奪還してきたのよ」
うおおおい!
まじかよ、そんなことになっていたのか。
そんな情報、全然入ってきていなかったぞ。
「当たり前さ、秘密にしといたからね。カルビナ・リコリにしても、そんな自分の恥になることを周りに知られるのは嫌だろうし」
と。
そこに、老婆……婆さまが初めて口を開いた。
「ふん……私にとっちゃあ、私を監禁する相手がかわっただけじゃ。むしろ、そこそこ居心地のいい官邸からこんな古い天幕に連れてこられて迷惑しとるよ……おぬしら、私をどうしたいんだい? 何度もいったが、おぬしらの内輪もめに私の法術の力を貸す気はねえぞ」
低くて凄みのある声。
そして、眼光鋭く俺を睨んだ。
「ん……? おぬし、ガルド族……じゃないのお。……もしや、男か……?」
さすが伝説の元宮廷法術士長、ひと目で俺の正体を見破ったな。
俺は、婆さまの前に膝をついて頭を下げた。
「申し遅れました。私の名前はエージ・アルゼリオン・タナカ……。ヴェル・アルゼリオン・レイラ・イアリー卿の依頼により、あなたをここから救い出しにきた者です」
「アルゼリオン……? ターセル帝国の騎士じゃと? それに、ヴェル・ア・レイラじゃと? つまり、ターセル帝国からの救出隊か……? こんな老いぼれのために……? 陛下に申し訳が立たぬ……」
「ミーシア皇帝陛下におかれましては、今回の件についてはご存知ありません。ヴェル卿と私の独断でございます。……個人的にお願いしたいこともありまして」
そう、そのお願いこそが、最大の目的だったのだ。
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