王子様な彼

nonnbirihimawari

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隆太郎サイド STORY.10 一番ほしい、大切な存在

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 今日は朝っぱらから思い切り顔面を鞄ではたかれた。
 『今日』という日の出だしとしては……まあ、ちょっとついていないかもしれないけれど、そんなに問題はないと思う。とにかく決戦は放課後だ。

 いつも通りの朝、いつも通りの学校風景――『今日』という日はまさにいつも通りに始まった。
 俺に笑いかける美緒。そのくせちょっとしたことに怒って、拗ねて、そんなくるくると変わる彼女の表情は俺の瞳を楽しませる。
 俺は、美緒がほしい。
 彼女のすべてが、頭の先からつま先まで、心も身体もそのすべてがほしい。
 多分、もう限界なんだと思う。こうやって美緒の側にいることが、俺が心の中で何を思っているのかなんて知らないで、純粋な笑顔を向ける美緒の側にいることが。このままじゃきっと、俺は美緒を傷つけてしまうことになる。
 正直、美緒に気持ちを伝えるのは少し怖い。
 受け入れてもらえなかったら、拒絶されてしまったら、その先、自分がどうなってしまうかなんて想像もできない。
 それでも。
 これは今しなくちゃいけないことなんだと思う。どうして、なんて理由を聞かれても分からないけれど。
 ただ、俺の全部が美緒を求めていることだけは分かるから、自分の正直な気持ちに従ってあとは突き進むだけだ。


*      *      *


 初っぱなから出鼻をくじかれてしまった。俺が勝手に孝明に嫉妬して、美緒に八つ当たりをしてしまったと言われればその通りだけれど、それでも、あの光景を目の当たりにしてひどく腹が立った。
 他の男が美緒に触れるのは許せない。
 勝手なことを言っているのは分かっている。そんなのは孝明の勝手だし、俺がどうこう言えることじゃない。
 でも、あいつが美緒の髪に触れているのを見たらカッと全身が燃えるように熱くなった。今すぐ飛び出して、美緒をあいつのもとから連れ去りたかった。
 寸前のところでそれを止めたのは、自分にそんな資格がないことを分かっていたからだ。
 本当に俺は馬鹿だ。
 美緒にひどい言葉を投げつけてしまった。彼女が俺を一番に理解してくれる人だったのに、自分の気持ちが伝わらないからといってあんなことを言ってしまった。
 あの髪飾りはきっと孝明から美緒への誕生日プレゼントだろう。この前街で会ったときにあいつが妙に言葉を濁した『いろいろ』、というその意味。今日あの髪飾りを見て瞬時に理解した。
 もどかしい想いは俺も孝明も一緒だ。いや、きっと俺よりも孝明の方がその想いは強いのかもしれない。
 少なくとも俺の方が美緒の近くにいるから。

 5限目が始まったあとも俺は美緒に謝ることができなかった。こんな子どもの自分が情けなくて、彼女の顔すら見ることができなかった。
 そうしてあっという間にやってきた放課後、部活をしながらその場にいない孝明をずっと意識していた。今日突然入った図書委員をやっぱりあいつはいつものように選んだ。
「お前、今日は特段に変だぞ」
 俺の挙動不審さは雄介にそんなことを言わせるぐらいひどかったらしい。
 振り切りたくても振り切れない雑念に強く頭を振った。今日の昼休み、美緒から無理矢理奪ったあの髪飾り……あれは、制服のポケットに入ったままだ。
「悪い。もう、大丈夫だから」
 罪悪感が胸を焦がす。
 孝明はこんな俺を許してくれるだろうか。


*     *     *


 オレンジ色に輝く坂道を自転車で駆け上る。この辺一帯は昔山だったんだと、思い出したように母はよく話していた。
 俺がこの町へやってきたのは2歳の時だ。県内での引っ越しだった。父方の両親の土地がまだまだ余っているからということで、誘われるまま家を建てたらしい。
 俺が越してきたばかりの頃は、ここは本当に田舎町といった風景だった。竹林がそこら中にたくさんあって、ちっこい身体でタケノコ探しに行ったのをよく覚えている。泥だらけになっては母親に怒られ、それでもタケノコ探しは諦められなくて、何度も何度も繰り返し山に登っていた。
 ここが変化し出したのは小学校に入ってからだった。近くに大きなスーパーができて、少しずつ山は削られていった。それでも少し坂を下れば一面の田園風景が広がっていたりした。今はもう高層ビルやマンションになってしまっているけれど、その風景の中をゴン太はよく散歩していた。

「ねえ、どこ行くの?」
 先ほどから、美緒はそればかりを聞いてくる。
 前方へしかと向ける視線。にやにやとした笑みが止まらない。別に、美緒をいじめるのが楽しくてにやにやしているわけじゃない。さっき。美緒が口にしたその言葉が、俺の表情をこうもだらしなくさせるのだ。
 自転車の籠の中に入っている、美緒から渡された紙袋。こそっと中身を見たらケーキだった。しかもホールで、むちゃくちゃおいしそうだ。

――隆太郎のために作ったから。

 あのとき、美緒は確かにそう言った。
 俺のためだけに作ってくれるなんて。バレンタインでもそんなことはない。
 美緒はいつも紙袋いっぱいに手作りチョコを詰めて持っていくのだ。友チョコ、というらしいが、それを女子同士で交換し合うらしい。俺が美緒からもらうチョコは彼女がそれとは別に作った違うものだけれど、それでも、やっぱり俺だけのためにという言葉は貴重だ。
 あれは中3のときだった。バレンタインの前日、俺はある光景を見てしまった。
 たまたまだった。部活の休憩中、汗のかいた顔をタオルで拭こうとしたら、それを教室に置いてきたことに気が付いた。顧問の教師に許可を取って、急いで教室に向かった俺は、辿り着いた目的地から話し声が聞こえて、ドアの側で立ち止まってしまった。
 美緒の声。そして、あの飯嶋の声だった。

――……佐藤はさ、明日、誰かにチョコあげるの?
――うん。女の子同士はみんな、チョコ交換するよ?
――いや、そうじゃなくて……。あー、まあいいや。成瀬にはあげるの?
――隆太郎? うん、隆太郎には毎年あげるよ。あれでも一応お世話になってるしね。
――ふーん……。
――うん?
――じゃあ俺にもちょうだい。
――え?
――俺も、よく佐藤のお世話してるだろ?

 冗談を言うように、飯嶋は笑って言った。美緒も笑った。お世話ってひどいなあなんて言いながら、くすくすと笑った。
 結局教室に入ることもなく、タオルを取ることもなく、体育館に引き返した俺は少なからず動揺していた。美緒は分かっていない。飯嶋が美緒のことを好きで、だからあんなことを言って――それなのに、何も知らない美緒はただ無邪気に笑うだけだ。
 いらいらしていた。きっと、明日美緒は何も知らないまま飯嶋にチョコを渡すだろう。彼女にとって断る理由はない。そして俺にも止める権利はない。
「あれ、お前タオルは?」
「忘れた!」
 不思議そうに尋ねてきた雄介に、半ば八つ当たりのように言葉を返して、すでに引いてしまった汗をそのままに俺は練習に没頭した。
 そして次の日。美緒は朝から転んだ。紙袋の中身を道路にぶちまけて、俺はそれを避けようとしてこけそうになった。散らばった可愛らしい飾り付けのしてあるチョコレート。その中に交じって2つ、それらと違うものがあった。
 帰り際、美緒からチョコレートをもらった。もらったにも関わらず、俺は空になった紙袋を見て、マックスに機嫌が悪くなった。紙袋をたたんで鞄の中にしまう美緒に、あのチョコを飯嶋に渡したのかと問いただしたかった。けれどそれで「あげた」という答えが返ってきてしまったらと思うと、怖くて聞くことができなかった。結局、俺の中で何も解決することなく、俺たちは無言の帰り道をともにした。
 別れ際美緒が何か言った気がしたが、俺はそれどころじゃなく彼女の顔を見ることもしないまま自宅へと向かった。後からものすごくこれを後悔することになるんだけれど。このときの俺は、腹の底からふつふつとわき上がる怒りをどうにかすることに必死だったのだ。
 あれはちょうど風呂上がりだっただろうか。姉が俺の部屋を訪ねてきたとき、その手にあるものを見てひどく驚いた。
「ちょっと、あんたちゃんとこれ美緒からもらってきてよね。わざわざ届けてくれたのよ?」
「え? でも紙袋の中空だっ――」
 た、というところであるひとつの可能性が浮かんできた。教室で、紙袋を鞄の中にしまう美緒。その前に何か鞄の中にしまっていなかっただろうか? もしかして、あのときのあれがこのチョコレート?
 俺はもしかしなくとも、ひどい勘違いをして、それで美緒にあんな態度を取ってしまったんじゃないだろうか。
 さっとクリアになった頭の中、今までくすぶっていた怒りはあっという間に身をひそめて、俺は姉の言葉を聞くこともなく家を飛び出した。
 美緒はもういなかった。角を曲がるごとにあの長い髪揺らす美緒の後ろ姿を探したけれど、見付けられないまま彼女の家に辿り着いた。2階の左隅の部屋。そこに、灯る明かりと探し求めていた人影を見付けた。

 本当に俺はどうしようもない。
 勝手に怒って、美緒を悲しませて、今日だって彼女をあんなふうに泣かせてしまった。笑顔を守りたいなんて思っているくせに傷つけて、いつも笑って許してくれる美緒に甘えているのだ。
「美緒」
 だけど、手を伸ばして。それで彼女が俺の手を取ってくれる限り、俺は永遠に美緒を手放すつもりはない。ここで振られようがなんだ。何回でも告白して、いつか絶対美緒の『一番』になってやる。
「こっち来いよ」
 ふわりと羽のように軽い美緒は、俺の腕の中にすっぽりと収まった。首に巻き付けた腕にぎゅっと力がこもり、美緒が怖がらないようにそっと地面に降ろす。

――海、ここからも見えないねえ。

 先週、何気なく美緒がこぼしたこの言葉。そのあとすぐに俺は海の見える場所を探しにいった。見当は付いていた。まだ小学生の頃、俺は休日によくゴン太を連れてそこら中を探索しまわっていた。新しい発見があるたび今度はここに美緒を連れてこようと思うのだけれど、俺の行くところといえばフェンスをよじ登ったり、草が鬱そうと生えた中を進んだりとちょっと野性味が多いところばかりだったので、まだうまく歩くことのできなかった美緒を連れて行くには無理があった。

 隣で、美緒が息を呑んだ。夕日に照らされて遠く見える海がきらきらと茜色に輝く。東の空はもう少し暗いけれど、夜の帳がおりてくるこの時間帯はそれさえも美しく空を彩らせる材料になる。
 美緒を見つめた。じっと、瞬きも忘れて、食い入るように美緒は前方を見つめていた。
 すごくきれいだった。切り取られた絵のように、何だか、俺の手の届かないところに行ってしまいそうな、そんな気がした。
 美緒はどんどんきれいになる。真っ直ぐ前を向いて、迷いのない純粋な瞳で、誰に甘えることなく自分の足で歩いていく。そんな彼女が好きだ。でも、同時に怖くなる。いつか美緒は俺を置いて遠く届かない場所に行ってしまうんじゃないか、触れることも、見つめることさえもできなくなりそうで、怖くなる。
 不意に美緒がこちらを向いた。目が合って、少し慌ててしまった俺に、彼女は小さく笑った。
「ここ、隆太郎が見つけたの?」
 俺を覗き込むようにして、尋ねてくる。
 小さく頷いた。隠すことじゃない。俺は、今からもっと重要な、今まで必死に押し隠してきた彼女への想いを告げるのだ。
「……美緒、誕生日だろ」
「え?」
「だから、美緒、誕生日だろ」
「え……」
 驚いたように目を見開いたあと、美緒は花が咲くようにふんわりと嬉しそうに微笑んだ。
 そして。
 とんっと胸に触れたぬくもり。背中に回った小さな手が俺の身体をきゅっと包みこんだ。突然の出来事に少し足をよろめかした俺は、ただ驚いて、美緒の頭のてっぺんを見つめることしかできなかった。

「隆太郎、大好き」

 大好き。
 告げられた言葉は、ずんっと心臓の奥を突いた。意味を理解するまで数秒の時間を費やし、はっと意識を取り戻したのは美緒の腕にますます力がこもり、幸せそうに笑むその姿を見たときだった。
「今の、ほんと?」
 信じられない。
 勢い任せに美緒の両肩を掴んだ俺は、じっと美緒を見つめて問いかけた。大好き。初めて言われた言葉。そして、その意味は俺の望んでいる意味なのか。
「友達、とかじゃなく男として好きなの?」
 こくん、と美緒は頷いた。
 これ、俺の勢いにのせられて頷いただけとかじゃないよな?
 呆然と美緒を見つめて、しばらく言葉を失った。これが夢なら覚めないでほしい。
「……やべぇ」
 ぽつりとそんな言葉が漏れる。やばい、嬉しすぎる。嬉しすぎて思考がどうにかなりそうだ。ぱちぱちと瞬きを繰り返しこちらを見る美緒。感極まった俺は心任せに彼女を抱きしめた。
「あーやっべぇ! 俺も美緒のことすっげえ好き! うはーもー嬉しすぎて死ぬうぅ」

 いつも通りに始まった『今日』という日。
 この日、俺はこの世で一番大切で、愛しくてたまらない存在を手に入れた。 
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