王子様な彼

nonnbirihimawari

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隆太郎サイド STORY.11 永遠 

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 12年。
 美緒と知り合って12年が経つ。
 初めて彼女と言葉を交わしたときのことは今でも鮮明に思い出すことができた。春のぽかぽかとした陽射しの中、外で行われた体育の授業。それまで通っていた幼稚園とは桁違いのグラウンドの広さに胸を躍らせ、きょろきょろと辺りを見回していたとき、木陰にひとりぽつんと座る美緒の姿を見付けた。
 話しかけたのは、ただ、単純に気になったからだった。
 みんな元気よくはしゃぎ回っているのに、その輪に加わらないで遠くから見つめているだけの姿。先生も気づいているのに何も言わない。離れたところに座る美緒と、ドッジボールをするクラスメイトたち、そのふたつを何度か交互に見たあと、俺は外野を抜け出して美緒のもとへ駆けていった。
 ゆらゆらと揺れる木漏れ日が瞳に映り、美緒が顔を上げた瞬間、俺は不思議に思っていた純粋な疑問を投げかけていた。答えをもらったあとは、しばらくの間言葉を失った。走るのはあんなにも気持ちがいいのに。びゅんびゅんと風の切る音はどんなときでも心をすかっとさせてくれるのに。
 ――この子にも、それを教えてあげたい。
 そう思った。

 初めて会ったときのこと――人の第一印象をここまで覚えているのは美緒だけだ。長い黒髪に透けるような白い肌、ぱっちりとした大きな瞳、そのすべてが俺の視線を奪い、離さなかった。
 どうしてだろう。
 どうして、美緒は俺を好きになってくれたんだろう。

――俺の、どこが好き?

 付き合い始めたころ、美緒にそう尋ねたことがあった。俺としては純粋な疑問だったのに、どうしてか、かなり怒られた。
「そーゆー恥ずかしいこと真顔で聞かないでっ」
 美緒って恥ずかしがり屋なんだよな。そのくせ妙に甘えてくるときもあって、そのギャップがたまらなくかわいい。俺の腕の中でほっと身体の力を抜き、安心しきったように身を預けてくるその姿は絶対誰にも見せたくない。
「じゃあ聞くけど、隆太郎はわたしのどこが好きなの?」
 お返しとばかりにそう聞き返してきた美緒は、そんな恥ずかしいことを言えるわけがないというように俺を見上げてきた。
 けれど俺の表情を見て、すぐに自分が地雷を踏んだと気が付いたらしい。慌てたように今のなし! と叫んだ彼女にかまわず、俺は口元をだらしなく緩めて唇を開いた。
「優しいとこも、照れ屋なとこも、全部好きだよ。きちんと自分の考えを持ってるとことか、外見のわりにしっかりしてるとことか、とにかく、全部好き」
「が、外見のわりに……?」
「うん。なんか美緒って弱そうじゃん」
「し、失礼なっ」
 反論してくるものの、その顔は耳まで真っ赤だった。やがて恥ずかしさにたえられなくなったのか美緒は俺の胸に顔をうずめてきた。
 結局、美緒はその問いに答えてくれなかったけれど、そのときの俺は十分満足していた。抱きしめる彼女のぬくもりは確かだ。それは言葉よりも俺の心を温かく満たしてくれた。


*    *    *


「隆太郎って相当鈍いよな」
 練習が終わったあと、部室でそう漏らしたのは孝明だった。
「佐藤も鈍いけど、お前も同じくらい鈍い。俺、毎日お前ら見るたびあほだと思ってたし」
「あほ、ねえ」
 ひどい言われようだ。ユニフォームを脱ぎ、シャツのボタンを留めながら俺はちらりと孝明に目を向けた。
 孝明は、案外呆気なく復活を遂げた。
 部活を休んだ次の日にはけろりとした表情を見せ、俺に笑顔まで向けてくる始末で、その日一晩頭を抱えるほど悩んでいた俺の方がひどく面食らったほどだ。
「佐藤ってほんとお前が好きでたまんないって顔してるもん。ま、お前も佐藤がいなきゃ死ぬってくらい好き好きオーラ出てるけど」
 くくく、と孝明は噛みしめるような笑いを漏らした。
「へー、隆、やっと佐藤と付き合い始めたんだ」
 そこに割り込んできたのは雄介だった。がばっと肩を抱かれ、それにつられて後ろを見やれば、何故か部室にいる部活仲間全員が驚いたような顔で俺を見つめていた。
「えー!」
 複数に渡る驚愕の声は耳に痛いほど響いた。
 こんなに驚くくらい、俺と美緒が付き合ってるって変なことか?
 少なからず気分を害し、顔をしかめると、部活仲間でもありクラスメイトでもある宮田が嵐のように迫ってきた。
「おっまえ、佐藤と付き合ってたんじゃないのかよ?!」
「……は?」
 何訳の分からないことを言ってるんだ。眉をひそめて、付き合ってるって言ってるだろ、と声を低くすると奴はぶんぶんと首を振った。
「そうじゃなくて、高校入ったときからだよ! もうずっと佐藤と付き合ってるんじゃねーの?」
「は? 何言ってんの?」
 付き合ってたわけないじゃん、と言うと、宮田は目をまん丸にしたまま固まってしまった。
「こいつが佐藤と付き合い始めたの、つい2週間くらい前だよ」
 付け足すように孝明は言った。俺と孝明、そして雄介を省く部員全員が、唖然とした表情を作っていた。
「マジでー!」
「嘘だろ?! 俺、よくは知らないけど、隆がいっつも一緒に帰ってるあの髪のながーいかわいい子だろ! 付き合ってなかったのかよ?!」
「信じらんねー! あの子、ずっとお前の彼女だと思ってた!」
 ぎゃあぎゃあわめき散らす部員たちは俺に口を開く隙も与えない。孝明と雄介を見れば、ふたりしてげらげら笑っていた。
「隆ってバカだろ」
 ひとりがそう言うと、続けざまにみんなこくこくと頷く。
「破滅的バカ」
 それに、俺は何も言い返すことができなかった。


「俺ってバカらしいよ」
「ふーん……って、何それ」
 呆れたように美緒が言った。
 学校帰り立ち寄ったファーストフード店。買ったばかりのハンバーガーを三口で食べ終えるともうひとつの方に手を伸ばす。バリバリと音を立て、包装紙を剥がしていると、妙に前からの視線を感じて顔を上げた。
「ねえ、いつも思ってたけど……隆太郎、それ、ちゃんと噛んでるの?」
 そう言う美緒はいまだにちまちまとハンバーガーを頬張っている。食べる量は俺の方が歴然と多いのに、食べ終わるのは美緒の方が倍は遅い。
「うん」
 頷いた。
「味、分かるの?」
「そんなの気にしてない。つーか腹がふくれれば何でもいい」
「ふーん……」
 ソフトドリンクを飲みながら、美緒はじっと俺を見つめていた。
「隆太郎がおばかなのはもともとだよね」
「は?」
「早食いの人ってバカなんだって」
 何がおかしいのか、美緒は下を向いてくすくす笑っていた。
「ゆりちゃんが言ってた」
「はあ? そんなの信じてんのかよ」
「うん。ゆりちゃんの言うことって結構当たってない?」
 実際、結構当たっていたりするからうんともすんとも言えなかった。
 うちの姉貴はどうも母親の性格を譲り受けたらしい。まさしく人生を直感で生きているという感じだ。何をやるにも行き当たりバッタリで、それでいてやることがいちいち大きい。
「……それじゃあ男は全員バカか」
 そうだ、早食いがバカだっていうのなら俺の周りの男は全員バカだ。ファーストフード店にこればみんな俺みたいなものだし、それ以上の奴だってたくさんいる。
「あはは、それも言ってたよ。世の中の、男は、全員バカ! って酔っぱらいながらげらげら笑ってた」
 そう言って、姉の声色を真似る。
「ゆりちゃんってほんと面白いよね」
 にこにこ笑う美緒は、どうしてかあの変人姉貴が大好きだ。

 美緒が食べ終わる頃には外はもう真っ暗だった。チカチカ光る店のライトは本来その役目を果たす外灯よりも道を明るく照らす。今流行りの曲が自然と耳に飛び込んでくる。隣を歩く美緒はそれに合わせてふんふんと鼻歌を口ずさんでいた。
「隆太郎は明日も部活だよね?」
 自転車置き場がやっと視界の端に見えてきた頃、美緒は思い出したようにそんなことを尋ねてきた。
「ああ、試合も近いし」
 たとえ次の日が祭日でも、最近の俺には関係ない。夏休みに行われる試合はもうすぐ目の前でぐうたら休んでいる暇はないのだ。
「見に行ってもいい?」
「試合を?」
「ううん、明日の練習」
 え、と声を出して驚いてしまった。試合を見に来たことはあっても、練習を見に来たことは一度もないんだから当たり前だ。
「急に、なんでまた」
「んー、何となく」
 小さく顔をうつむかせ、美緒は恥ずかしそうに笑う。
「隆太郎、キャプテンでしょ? その活躍ぶり見たいよねえって前から優花と話してたんだ」
 どこかからかうようにそんな台詞を口にするものの、美緒の顔は夜の中でも分かるくらい真っ赤だった。

 ……かわいい。
 ほんと、マジでかわいすぎて心臓に悪い。こいつ俺のこと殺す気か、と時々本気で思ってしまう。

 気付けば道のど真ん中で美緒のことを抱きしめていた。といっても人通りはまったくないに等しいから恥ずかしがることはない。と俺は思うのに、案の定美緒はじたばたと腕の中で弱々しく暴れる。
「りゅ、うたろ……っ」
 身体の抵抗と同じく、声の抵抗も弱々しい。
 ふっと笑みがこぼれてそのこめかみにキスを落とした。驚いたように突如ぴたりと固まる美緒の身体。外灯に映し出される彼女は耳まで真っ赤で、きゅっとその指先が俺のシャツを掴んできた。
「顔、上げて」
 俺の言葉に、美緒はいやいやをするように小さく首を振る。長い髪がそれに合わせてさらさらと揺れた。
 美緒が好き、愛しい――
 この気持ちは一生消えることはないと俺は自信を持って断言できる。小さい頃から一緒にいて、美緒をずっと見てきて、だからこそ、自信を持っていえる。
「美緒」
 名前を呼ぶと、ぴくりと彼女の肩が揺れた。そっと、顔を上げる。大きな瞳に俺を映し、恥ずかしさに泣き出しそうな顔で俺を見つめる。
「大好き」
 耳元でささやくと、美緒は小さく身体を震わせた。
「わ、たしも……」
「……うん」
「わたしも……隆太郎が、好き。大好き」
 何度聞いてもこの言葉は俺の胸を大きく震わせた。切なさに似た痛み。愛しさと優しさを生みだし、美緒を永遠にこの腕から離したくないと思う。

 側頭部に触れた手は、美緒の髪を撫でながらやがて頬へと辿り着いた。もう何度も味わった彼女の唇が俺を誘う。そっと顔を近づけると、美緒は自然と瞼を閉じた。

 永遠に続けばいい。
 この時間が、この想いが、このぬくもりが。
 美緒さえいれば俺はこの先もずっと前を見続けて走っていける。振り返ることはあっても立ち止まることはない。

 永遠の願いを込めて、もう一度キスをする。抱きしめるこのぬくもりは、ずっと、この先も永遠に俺だけのものだ。 
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