王子様な彼

nonnbirihimawari

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側にいるのに

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  STORY.3 側にいるのに 2  

「ちょ、隆太郎?」
 現在。4限目の数学の授業が終わり、楽しい昼休み――のはずが。
 何故かわたしは隆太郎に追いつめられていた。
 まれに見る隆太郎のブリザードだ。4限目が始まってから妙に隆太郎の視線、しかも怒りの視線を感じるなあと思っていたら、授業が終わってすぐに近くの空き教室に引きずり込まれてしまった。
「だから、何なんだってば……」
 そんな無言ですごまれても、こっちは訳が分からない。
 隆太郎が近付いてくる。反射的に、わたしは後ずさる。近付いて、後ずさって、近付いて、後ずさって……とうとう壁際まで追い込まれてしまった。
「美緒」
「ん? ……きゃっ」
 呼ばれて顔を上げた、と思ったら。突然隆太郎がわたしの頭を押さえ込むように覆い被さってきて、わたしは短い悲鳴を上げた。
「な、何なのよお」
 ここで抱きしめられる、とかならちょっとは分かるような気がするけれど、頭を抱え込まれるっていったい何?
「黙ってろ」
「んん、なにー? って髪引っ張らないでよっ」
「うるせ」
「いた、いたいってば! 隆太郎、ちょっと何してんのっ」
 がっしりと抱え込まれているせいで何が起こっているのかまったく分からない。
 視界は真っ暗。でも、押さえこまれているシャツから隆太郎の匂いがして、わたしの心臓は馬鹿みたいに音を立てていた。朝だって、放課後だって、自転車に乗っているとき隆太郎に抱き付いたりするけれど、あれは自分からしていることだし、そうしなきゃいけない状況だし。
 とにかく、この心臓がどうにかなる前に離してほしい。
 解放されようとわたしがじたばたもがいると、隆太郎はやっとその腕を解いてくれた。
 そして。
「ああっ」
 さっきと変わったことは、わたしの髪型。三つ編みはほどけているし、隆太郎に抱え込まれてたせいで髪はぐしゃぐしゃだし、それに、日詰くんからもらったあの髪飾りもない。
「何するのよーっ。もーほんと何なの? 新手の嫌がらせ?」
 あまりの仕打ちのむかっときてわたしは声を荒げた。けれど隆太郎はそんなわたしを無視するかのようにそっぽを向いたままむすーとしているだけだ。
「美緒が悪いんだろ」
 そして、口を開いたかと思うとこれ。
 はっきりいって訳の分からないわたしは思い切り顔をしかめた。
「何が悪いの? わたし、隆太郎に何かした覚えないよ」
「…………」
 無言。
 むっすーとしたまま、隆太郎は黙り込む。そして、いらいらしたようすで髪を掻き上げながら大きくため息をついた。
「気安く、男に髪を触らせるな」
 は?
 と。
 思い切り惚けた顔をさらしてしまった。
 男、というと、日詰くん。髪を触らせるな?
「そんなの、隆太郎だっていつも触ってくるじゃない……」
 触る、というよりただぐしゃぐしゃにかき混ぜているだけだけれど、まあ触っているのには変わりないだろう。
 すると隆太郎はがばっと顔を上げて、むっとしたように口を開いた。
「俺はいーの!」
 ……何とも理不尽な言葉だ。
「だって、日詰くん美容師志望だよ?」
 相変わらず隆太郎はむっとしている。
「それに親切な人だし、今日だって髪飾り……」
 ぴたり、とわたしは言葉を止めた。そういえば、あの髪飾りはどこへ姿を消したんだろう。
 視線をさまよわせると隆太郎の手の中にピンクのものが見えた。ここに来るときは何も持っていなかったから、その手の中にあるのが日詰くんからもらった髪飾りだろう。
「髪飾り、返して?」
 手を差し出すと、隆太郎はむっと眉をひそめ、手の中にあったものをズボンのポケットに突っ込んだ。
「だめ」
「…………」
 だめってどこぞの小学生じゃないんだから……。
 わたしは大きくため息をついた。隆太郎はときどきこう子どもっぽいところがある。
 ……沈黙。

「……美緒は、俺のことぜんっぜん分かってない」
 不意に。
 隆太郎が、感情を抑え込んだような声で言葉を漏らした。
 苦しそうな声。隆太郎にそんなことを言われて苦しむのはわたしの方なのに、言葉をこぼす隆太郎の方がひどく息苦しそうだった。

 ゴンちゃん、を思い出した。
 隆太郎が昔飼っていた犬のゴンちゃん。
 わたしの前でしか見せなかった、隆太郎の苦しそうな表情。

 絶対にもう、隆太郎にそんな表情はさせない。
 そう誓ったのはわたしだった。あの日、涙をこぼす隆太郎を抱きしめながら、わたしも隆太郎のように強くなりたいと願った。
 もう、絶対に隆太郎に苦しい思いはさせたくない。そう思った。
 でも、今、隆太郎はあのときと同じようにひどく苦しそうな表情をしている。
 わたしのせいで。苦しい思いはさせない、そう誓ったのはわたしなのに、わたしが隆太郎にそんな表情をさせている。


 無言で去っていく隆太郎の背中をわたしはただぼんやりと見送った。分かっていない、隆太郎のその言葉が、わたしの胸にきつく突き刺さっていた。
 どうしてそんなに苦しそうなの?

 ゴンちゃん。
 犬のゴンちゃん。
 ゴンちゃんなら、分かるのかな。
 ゴン太は俺のことよく分かってる、そんなふうに隆太郎が自慢していたくらいだから、ゴンちゃんなら分かるのかもしれない。

 窓の外を見ると、空にはあの日と同じ薄い三日月が上っていた。太陽が輝く青い空の上に、ひっそりと浮かび上がる三日月。
 わたしはそれに目を細め、そっと瞼を閉じた。 
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