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2話:境界の子
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葵がまだ 六歳の頃。
天夜戸村の秋は、いつもよりやけに早かった。
空気が冷たく、夜風が吹くたびに竹林がざわめき、それがまるで子どもたちのすすり泣きのように聞こえる季節。
村の大人たちは顔を曇らせ、子どもたちは妙におとなしくなる。
それが“秋祭りが近い”という合図だった。
葵はその意味を知らなかった。
その日までは。
村の広場に集められた子どもたちが輪になり、
歌いはじめる。
「か~ってうれしい、はないちもんめ」
「ま~けてくやしい、はないちもんめ」
葵は震えていた。
周りの子が、みんな葵を見ていたからだ。
普通は笑い合う遊びなのに、
この時だけは誰も笑っていなかった。
葵の手を握っていた子が小声で言った。
「葵ちゃん、ごめん……」
「え、なにが……?」
次の瞬間、じゃんけんに負けた子のほうから叫び声が上がった。
「……葵ちゃん、いらない」
その瞬間、輪の空気が凍りついた。
“いらない”。
その言葉は、子どもの口から出たとは思えないほど重かった。
葵は、意味がわからず首をかしげた。
でも本能だけは理解していた。
───言われてはいけない言葉だ。
「じゃあ、葵ちゃん“あげる”!」
別の子が叫び、輪から手を離した。
すぐに、大人たちの足音が近づく。
地面に落ちる影。
葵の肩をつかむ硬い手。
「やだ……やだよ……!」
葵は叫んだ。
でも子どもたちは、まるで“決まった脚本”を見ている観客のように黙っていた。
泣いている子すらいなかった。
連れて行かれた先は、神社の奥の古い建物。
「はないち匁堂」と呼ばれる場所。
そこは湿っていて、土と血の匂いが混ざっていた。
葵は泣き続けた。
声が枯れても泣き続けた。
でも大人は何も言わない。
ただ無表情で灯油ランプの光を揺らし、暗い廊下を進むだけ。
建物の奥には、複数の古い木箱が積まれていた。
蓋の隙間から何か黒いものが乾いたようにこびりついている。
「おとなしくしていれば、痛くないよ」
その言葉が余計に恐怖を膨らませた。
葵は喉が痛くなるほど泣きながら、母の名前を呼んだ。
でも返事はなかった。
───母さんは来ない。
その事実が、六歳の心にはあまりにも残酷だった。
葵は悟ってしまったのだ。
“自分は本当に、いらない子なんだ” と。
大人に抱えられたまま、畳のない土の部屋に放り込まれる。
薄暗い中、壁にびっしりと“爪の跡”が残っていた。
点々と、
無数の細い指跡が、
壁の上から下まで。
それはまるで、多くの子どもたちがここで“出口を探した”証のようだった。
葵は震えた。
涙が止まらなかった。
「ここで少し待ってなさい。
すぐに済むから」
そう言って大人たちは部屋を出ていった。
扉の隙間から漏れるランプの光がゆらゆら揺れる。
足音が遠ざかる。
───“すぐに済む”。
何が?
何が“済む”というの?
その疑問が頭を埋めた時だった。
部屋の奥の闇から、
カサ……カサッ……と何かが動く音がした。
葵は凍りついた。
「……だれ?」
返事はない。
暗闇の奥に、小さな白い形が二つ浮かんだ。
おそるおそる視線を上げる。
それは“目”だった。
人間のものにしては、あまりに黒すぎる目。
次の瞬間、闇の中から“声”がした。
「───ここへ、おいで」
それは幼い声だった。
男の子とも女の子ともつかない声。
闇の奥から、もう一つ。
「いらない子はねぇ……“こっち”に来るの」
ガリ……ガリガリ……
土を掻く音。
葵は後ずさる。
足が何かに触れた。
触れた感触は、骨のように硬かった。
その上に布がかぶさっている。
(いやだ、やだ……なに……?)
震える手で布を払う。
───それは、
古い子どもの頭蓋骨だった。
その瞬間、葵は声にならない叫びを上げた。
暗闇の中から、複数の影が立ち上がる。
背丈の小さな影。
顔のない影。
口だけが裂けて笑っている影。
かつて“いらない子”とされた子どもたちの怨念。
「オマエも、こっちに来るんだよ」
「ずっと一緒。ずっといっしょ。ずっと、ずっと……」
怨念が近づく。
匂いが生臭い。
声に湿気がある。
葵は泣き叫び、必死で扉に手を伸ばした。
だが、その瞬間───
怨念の子どもたちが葵の“背中”を支えた。
押し倒すのではなく、守るように。
「……え?」
怨念の一つが、耳元で囁いた。
「葵ちゃんは、こっちじゃないよ。
まだ、向こうの子だから」
その声は優しかった。
優しさの形をしていた。そう感じた。
扉がガタガタと揺れる。
大人たちが戻ってきた音。
怨念の子どもたちは葵を囲み、影となって葵を外へ押し出した。
闇の中に残された声が揺れる。
「いって……
でも、また会うよ」
葵は外に転がり出るように逃げた。
そのまま山の奥へ、必死に走った。
後ろでは、はないちもんめ堂が淡く赤く光っていた。
翌朝、葵は村はずれの竹林で倒れているところを見つけられた。
大人たちは驚愕した。
「……なんで生きてる……?」
「いらない子は……処理されたはずだろ……」
しかし匁家の長老だけは、
葵の顔を見て静かに言った。
「この子は“選ばれなかった子ら”に救われた。
……器になる可能性がある」
村の人間は凍りついた。
その日から葵は、村中から“特別視”されるようになる。
生き残った奇跡の子。
しかしその実体はただひとつ。
───人間でも怪異でもない、“境界の子”
そして、“いらない子”として死ぬはずだった葵を
唯一救った怨念。
葵は忘れなかった。
暗闇の中で自分を抱きしめてくれた小さな手。
その暖かさ。
あれは、生者のものではなかった。
葵はその日から、毎晩、同じ夢を見る。
闇の中で、目だけが黒く光る子どもたちが、
校庭をぐるぐる回りながら歌う夢。
「か~ってうれしい……
ほしい、ほしい……
ま~けてくやしい……
いらない、いらない……」
そして夢の最後、怨念の子が葵の耳に囁く。
「葵ちゃん……
今度は“選ぶ側”になってね?」
葵は目を開ける。
涙で枕が濡れている。
葵は思う。
───もし次の“ほしい子”が現れたら、自分は何をするのだろう?
そして今、瑞希が来た。
葵の胸が痛む理由は、あの“夜”からずっと繋がっていた。
天夜戸村の秋は、いつもよりやけに早かった。
空気が冷たく、夜風が吹くたびに竹林がざわめき、それがまるで子どもたちのすすり泣きのように聞こえる季節。
村の大人たちは顔を曇らせ、子どもたちは妙におとなしくなる。
それが“秋祭りが近い”という合図だった。
葵はその意味を知らなかった。
その日までは。
村の広場に集められた子どもたちが輪になり、
歌いはじめる。
「か~ってうれしい、はないちもんめ」
「ま~けてくやしい、はないちもんめ」
葵は震えていた。
周りの子が、みんな葵を見ていたからだ。
普通は笑い合う遊びなのに、
この時だけは誰も笑っていなかった。
葵の手を握っていた子が小声で言った。
「葵ちゃん、ごめん……」
「え、なにが……?」
次の瞬間、じゃんけんに負けた子のほうから叫び声が上がった。
「……葵ちゃん、いらない」
その瞬間、輪の空気が凍りついた。
“いらない”。
その言葉は、子どもの口から出たとは思えないほど重かった。
葵は、意味がわからず首をかしげた。
でも本能だけは理解していた。
───言われてはいけない言葉だ。
「じゃあ、葵ちゃん“あげる”!」
別の子が叫び、輪から手を離した。
すぐに、大人たちの足音が近づく。
地面に落ちる影。
葵の肩をつかむ硬い手。
「やだ……やだよ……!」
葵は叫んだ。
でも子どもたちは、まるで“決まった脚本”を見ている観客のように黙っていた。
泣いている子すらいなかった。
連れて行かれた先は、神社の奥の古い建物。
「はないち匁堂」と呼ばれる場所。
そこは湿っていて、土と血の匂いが混ざっていた。
葵は泣き続けた。
声が枯れても泣き続けた。
でも大人は何も言わない。
ただ無表情で灯油ランプの光を揺らし、暗い廊下を進むだけ。
建物の奥には、複数の古い木箱が積まれていた。
蓋の隙間から何か黒いものが乾いたようにこびりついている。
「おとなしくしていれば、痛くないよ」
その言葉が余計に恐怖を膨らませた。
葵は喉が痛くなるほど泣きながら、母の名前を呼んだ。
でも返事はなかった。
───母さんは来ない。
その事実が、六歳の心にはあまりにも残酷だった。
葵は悟ってしまったのだ。
“自分は本当に、いらない子なんだ” と。
大人に抱えられたまま、畳のない土の部屋に放り込まれる。
薄暗い中、壁にびっしりと“爪の跡”が残っていた。
点々と、
無数の細い指跡が、
壁の上から下まで。
それはまるで、多くの子どもたちがここで“出口を探した”証のようだった。
葵は震えた。
涙が止まらなかった。
「ここで少し待ってなさい。
すぐに済むから」
そう言って大人たちは部屋を出ていった。
扉の隙間から漏れるランプの光がゆらゆら揺れる。
足音が遠ざかる。
───“すぐに済む”。
何が?
何が“済む”というの?
その疑問が頭を埋めた時だった。
部屋の奥の闇から、
カサ……カサッ……と何かが動く音がした。
葵は凍りついた。
「……だれ?」
返事はない。
暗闇の奥に、小さな白い形が二つ浮かんだ。
おそるおそる視線を上げる。
それは“目”だった。
人間のものにしては、あまりに黒すぎる目。
次の瞬間、闇の中から“声”がした。
「───ここへ、おいで」
それは幼い声だった。
男の子とも女の子ともつかない声。
闇の奥から、もう一つ。
「いらない子はねぇ……“こっち”に来るの」
ガリ……ガリガリ……
土を掻く音。
葵は後ずさる。
足が何かに触れた。
触れた感触は、骨のように硬かった。
その上に布がかぶさっている。
(いやだ、やだ……なに……?)
震える手で布を払う。
───それは、
古い子どもの頭蓋骨だった。
その瞬間、葵は声にならない叫びを上げた。
暗闇の中から、複数の影が立ち上がる。
背丈の小さな影。
顔のない影。
口だけが裂けて笑っている影。
かつて“いらない子”とされた子どもたちの怨念。
「オマエも、こっちに来るんだよ」
「ずっと一緒。ずっといっしょ。ずっと、ずっと……」
怨念が近づく。
匂いが生臭い。
声に湿気がある。
葵は泣き叫び、必死で扉に手を伸ばした。
だが、その瞬間───
怨念の子どもたちが葵の“背中”を支えた。
押し倒すのではなく、守るように。
「……え?」
怨念の一つが、耳元で囁いた。
「葵ちゃんは、こっちじゃないよ。
まだ、向こうの子だから」
その声は優しかった。
優しさの形をしていた。そう感じた。
扉がガタガタと揺れる。
大人たちが戻ってきた音。
怨念の子どもたちは葵を囲み、影となって葵を外へ押し出した。
闇の中に残された声が揺れる。
「いって……
でも、また会うよ」
葵は外に転がり出るように逃げた。
そのまま山の奥へ、必死に走った。
後ろでは、はないちもんめ堂が淡く赤く光っていた。
翌朝、葵は村はずれの竹林で倒れているところを見つけられた。
大人たちは驚愕した。
「……なんで生きてる……?」
「いらない子は……処理されたはずだろ……」
しかし匁家の長老だけは、
葵の顔を見て静かに言った。
「この子は“選ばれなかった子ら”に救われた。
……器になる可能性がある」
村の人間は凍りついた。
その日から葵は、村中から“特別視”されるようになる。
生き残った奇跡の子。
しかしその実体はただひとつ。
───人間でも怪異でもない、“境界の子”
そして、“いらない子”として死ぬはずだった葵を
唯一救った怨念。
葵は忘れなかった。
暗闇の中で自分を抱きしめてくれた小さな手。
その暖かさ。
あれは、生者のものではなかった。
葵はその日から、毎晩、同じ夢を見る。
闇の中で、目だけが黒く光る子どもたちが、
校庭をぐるぐる回りながら歌う夢。
「か~ってうれしい……
ほしい、ほしい……
ま~けてくやしい……
いらない、いらない……」
そして夢の最後、怨念の子が葵の耳に囁く。
「葵ちゃん……
今度は“選ぶ側”になってね?」
葵は目を開ける。
涙で枕が濡れている。
葵は思う。
───もし次の“ほしい子”が現れたら、自分は何をするのだろう?
そして今、瑞希が来た。
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