Seele―目が見えるようになったのは奇跡ではなく、罰だった―

真紀

文字の大きさ
1 / 14
序章

op.0 『見えたのは赦されない自分の姿だった。』

しおりを挟む



 達哉たつやこうに一歩近づいて低く言った。
 見えたのは赦されない自分の姿だった。

「おれは、おまえの声が好きだった。あの頃は、世界で一番おまえの歌が好きだったよ」
 
 言って奥歯を噛みしめた達哉に、光が唇を震わせた。それでももう言葉は出せなかった。

(おれは)

 おれは、達哉が好きだった歌声もなくして、
 もう、
 からっぽで。
 

 ―――双子の弟・和沙かずさがいなくなって、光はその目をもらった。
 けれど見えるようになった世界は、思っていたものと違った。

 あれほど見たいと望んだ親友の目は、いつも自分を蔑み、嫌悪した。
 歌声どころか呼吸だって喉の奥で凍りつく。
 達哉の前で、こんな目をしたのは、生まれてはじめてだ。怖い。
 
 達哉が、優しい声で、ささやくように言い聞かせる。

「和はおまえが大嫌いだった。憎んでた。だからおまえに目をくれたんだよ」

「……」

「おまえに、『この世界』を見せてやるってね」
 
 いつもするようにしっかりと言い聞かせ、まっすぐ光を見つめる。
 血の気のない顔のまま、光はゆっくりと、床に突っ伏した。
 
「い、や……」
 過呼吸を起こしながら光が床を這って、達哉から離れる。
 だけどもう動けずにそのままで、うずくまって耳をふさいだ。
 
 聞きたくないのに―――大好きな人の、冷たい言葉なんか聞きたくないのに。
 
 ゆっくりと顔を上げる。怖くても怖くても、逃げられない。
 
 ああ、
 ……ああそうか。
 
 達哉、未来永劫赦されることなどないんだね。おれは、あなたに赦されることはないんだね。
 
 光の目が見えない頃、光を一番大切に扱ったのは達哉だった。
 強く厳しくあたたかく、達哉が世界で一番、本当に光を大切にしていた。

 目が見えない光に、たくさんのことを教えてくれた達哉。
 雪が積もったこと、花が咲いたこと、鳥が傍にいること、星が綺麗なこと、教えてくれるのはいつも達哉だった。
 達哉が、光に教えた最後のものだった。
 
 おまえは、二度と赦されることはないということ―――
 
 ストンと、全部、折れた。
 

「どうしてこんなに似ているんだ」
「……っ」
「どうして、こんな同じ姿で―――」
 
 達哉の目から涙が溢れた。空気を求めて開いた光の唇が、小さく『ごめんなさい』と動く。
 ごめんなさいごめんなさい。泣かないで。
 
 神様、どうしておれは、和沙じゃないんだろう?
 
 
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 何度謝ったところで暴力は止まないと知りながら、その言葉を口にするしかできない光は、ただ蹴られながら土下座のように頭を下げていた。

 ごめんなさいしか言わない光。彼はすべてを理解していた。
 
 泣いて叩かれるのはそれが和沙の目だから。
 弾いて叩かれるのはその音が和沙の音と違うから。
 触れて叩かれるのはその手が汚れているから。
 
 そんなこと全部もう分かっていて、それを自分ではどうすることもできず彼は途方に暮れている。

 
 血の気の引いた指先が、それでも、暴力をふるう相手に向かって必死で伸ばされる。
 届かないのに、その人を求めて指が彷徨う。
 自分が一番好きだった、あたたかな場所を求める。
 達哉の目が見えた。虫けらのように扱われて、思った。
 達哉おれはあなたの目にどう映っているの。

「達哉、もう、もう」

 うわごとのような命乞いをする光を、渾身の力で蹴り上げ、ベルトのバックルで打ち据えた。

「おまえのせいだ。おまえの」
「っ……」
「おまえが歌うからっ……!」

 低い声で言う達哉のその声が、涙で揺れる。
 怒られるだけだったらいいのに、達哉が泣くから、
 目が見えない間、触り方で気持ちを伝えてくれていた達哉が、自分を殴ってくるから。

「もう、歌いません、歌いません」

 もうろくに歌ってなどいないのに、床に平伏しながら光が許しを請う。
 誰かを、悲しませてしまうくらいなら、歌など―――

「ごめんなさいっ……も……赦して……おれなにもしてな……」

 息ができないから、言葉が、詰まる。

「なにもしてない? ほんとに?」

 達哉がその目を細め、光の心臓を掴んだ。
 
 なにもしていない?
 光が歯を食いしばって、奥歯がきしんだ。
 


 ひとを、殺した―――
 


 ベルトを振り上げたところまでは見た。あとは、心が追い付かなくなった。
 おかしいな。せっかく見えるようにしてもらったのに。
 もう、なにも見えない。
 息が、できない―――
 ひどく打たれながら、思った。
 

 ただ、思った。
 神様、いい子になります。
 達哉の言いつけを、守ります。
 もう二度と誰にも迷惑はかけません。ちゃんと一人でいます。

 だからどうか、和沙を返してください―――

 達哉の足が、ただもう一度光を蹴った。

 和沙。明日は達哉に、叩かれませんように……
 それが叶わないのなら、
 どうか明日はちゃんと、
 はやく、壊れてしまいたい……
 

 光が、冷たい床の上でやっと目を閉じた。
 意識を手放す前に、思った。
 達哉―――おれがいなくなれば、
 達哉あなたは苦しくなくなるの?
 
 目が見えない間おれはどうやって生きていたの
 目が見えない間おれはどれほどみんなに迷惑をかけていたの
 目が見えない間―――


 
 和沙
 和沙、和沙あのね。
 もしも赦されたとしてもおれは、おまえの傍にはもう帰らないから
 だから心配しないでね。
 和沙、
 心配しないでね……
 

 もしもまたあなたの傍に生まれ変わってしまったとしても、

 決してあなたを愛したりしない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...