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序章
op.0 『見えたのは赦されない自分の姿だった。』
しおりを挟む達哉が光に一歩近づいて低く言った。
見えたのは赦されない自分の姿だった。
「おれは、おまえの声が好きだった。あの頃は、世界で一番おまえの歌が好きだったよ」
言って奥歯を噛みしめた達哉に、光が唇を震わせた。それでももう言葉は出せなかった。
(おれは)
おれは、達哉が好きだった歌声もなくして、
もう、
からっぽで。
―――双子の弟・和沙がいなくなって、光はその目をもらった。
けれど見えるようになった世界は、思っていたものと違った。
あれほど見たいと望んだ親友の目は、いつも自分を蔑み、嫌悪した。
歌声どころか呼吸だって喉の奥で凍りつく。
達哉の前で、こんな目をしたのは、生まれてはじめてだ。怖い。
達哉が、優しい声で、ささやくように言い聞かせる。
「和はおまえが大嫌いだった。憎んでた。だからおまえに目をくれたんだよ」
「……」
「おまえに、『この世界』を見せてやるってね」
いつもするようにしっかりと言い聞かせ、まっすぐ光を見つめる。
血の気のない顔のまま、光はゆっくりと、床に突っ伏した。
「い、や……」
過呼吸を起こしながら光が床を這って、達哉から離れる。
だけどもう動けずにそのままで、うずくまって耳をふさいだ。
聞きたくないのに―――大好きな人の、冷たい言葉なんか聞きたくないのに。
ゆっくりと顔を上げる。怖くても怖くても、逃げられない。
ああ、
……ああそうか。
達哉、未来永劫赦されることなどないんだね。おれは、あなたに赦されることはないんだね。
光の目が見えない頃、光を一番大切に扱ったのは達哉だった。
強く厳しくあたたかく、達哉が世界で一番、本当に光を大切にしていた。
目が見えない光に、たくさんのことを教えてくれた達哉。
雪が積もったこと、花が咲いたこと、鳥が傍にいること、星が綺麗なこと、教えてくれるのはいつも達哉だった。
達哉が、光に教えた最後のものだった。
おまえは、二度と赦されることはないということ―――
ストンと、全部、折れた。
「どうしてこんなに似ているんだ」
「……っ」
「どうして、こんな同じ姿で―――」
達哉の目から涙が溢れた。空気を求めて開いた光の唇が、小さく『ごめんなさい』と動く。
ごめんなさいごめんなさい。泣かないで。
神様、どうしておれは、和沙じゃないんだろう?
「ごめんなさい、ごめんなさい」
何度謝ったところで暴力は止まないと知りながら、その言葉を口にするしかできない光は、ただ蹴られながら土下座のように頭を下げていた。
ごめんなさいしか言わない光。彼はすべてを理解していた。
泣いて叩かれるのはそれが和沙の目だから。
弾いて叩かれるのはその音が和沙の音と違うから。
触れて叩かれるのはその手が汚れているから。
そんなこと全部もう分かっていて、それを自分ではどうすることもできず彼は途方に暮れている。
血の気の引いた指先が、それでも、暴力をふるう相手に向かって必死で伸ばされる。
届かないのに、その人を求めて指が彷徨う。
自分が一番好きだった、あたたかな場所を求める。
達哉の目が見えた。虫けらのように扱われて、思った。
達哉おれはあなたの目にどう映っているの。
「達哉、もう、もう」
うわごとのような命乞いをする光を、渾身の力で蹴り上げ、ベルトのバックルで打ち据えた。
「おまえのせいだ。おまえの」
「っ……」
「おまえが歌うからっ……!」
低い声で言う達哉のその声が、涙で揺れる。
怒られるだけだったらいいのに、達哉が泣くから、
目が見えない間、触り方で気持ちを伝えてくれていた達哉が、自分を殴ってくるから。
「もう、歌いません、歌いません」
もうろくに歌ってなどいないのに、床に平伏しながら光が許しを請う。
誰かを、悲しませてしまうくらいなら、歌など―――
「ごめんなさいっ……も……赦して……おれなにもしてな……」
息ができないから、言葉が、詰まる。
「なにもしてない? ほんとに?」
達哉がその目を細め、光の心臓を掴んだ。
なにもしていない?
光が歯を食いしばって、奥歯がきしんだ。
ひとを、殺した―――
ベルトを振り上げたところまでは見た。あとは、心が追い付かなくなった。
おかしいな。せっかく見えるようにしてもらったのに。
もう、なにも見えない。
息が、できない―――
ひどく打たれながら、思った。
ただ、思った。
神様、いい子になります。
達哉の言いつけを、守ります。
もう二度と誰にも迷惑はかけません。ちゃんと一人でいます。
だからどうか、和沙を返してください―――
達哉の足が、ただもう一度光を蹴った。
和沙。明日は達哉に、叩かれませんように……
それが叶わないのなら、
どうか明日はちゃんと、
はやく、壊れてしまいたい……
光が、冷たい床の上でやっと目を閉じた。
意識を手放す前に、思った。
達哉―――おれがいなくなれば、
達哉あなたは苦しくなくなるの?
目が見えない間おれはどうやって生きていたの
目が見えない間おれはどれほどみんなに迷惑をかけていたの
目が見えない間―――
和沙
和沙、和沙あのね。
もしも赦されたとしてもおれは、おまえの傍にはもう帰らないから
だから心配しないでね。
和沙、
心配しないでね……
もしもまたあなたの傍に生まれ変わってしまったとしても、
決してあなたを愛したりしない。
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