Seele―目が見えるようになったのは奇跡ではなく、罰だった―

真紀

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第一章

op.1『喜びを伝える歌声』

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 遠くで自分を呼ぶ声に、光は気づかなかった。

 今日は空の青がひときわ綺麗だ、多分。

 雲の白が、鮮やかにくっきり浮いている。

 多分。

 いい天気だ。手を広げて歌っていると、指先になにか触った。くすぐったい。小さな足。多分。

 嬉しくなって、その足を驚かさないように、少しだけ声を大きくした。


***************************************************************




「あー聞こえてねーなあいつ。しかしまぁ、よくこんな朝っぱらから歌なんか歌う気になるよな、声楽科の人間って。七時だぞ」

 達哉たつやが呆れながら、庭に向かって叫ぶ。

「光―! おーい」

「あー達っちゃん、無理無理。ダメだありゃ。光ちゃんガチモードで歌ってる」

「ええ?」

 達哉が窓から身を乗り出した。

「ああ……鳥がきてるのか」

 庭の真ん中で気持ちよさそうに歌う光の周りに、たくさんの鳥が集まっていた。

 一緒に歌っているつもりなのか、光の声に合わせて賑やかに鳴いて、しっかり光の邪魔をしている。

「すごいな。今日の鳥は、低音高音ちゃんと揃ってる」

 委員長がしみじみ言う横で、達哉は顔を上げないまま笑った。

「そりゃあ、光の周りで歌うんだったら、そのレベルじゃないとな」

 達哉の方がなぜか得意げに言うから、委員長がこっそり笑った。まさか鳥が光の歌声に合わせることは出来ないが、光の方が鳥のさえずりに調を合わせたらしく、綺麗な音楽が聴こえる。

「それにしたって今日はまた、ずいぶんたくさん集めたなぁ。まだ喉開いてないだろうに」

 呆れたような達哉の言葉に、ネクタイを締めながらどれどれと和沙が窓から顔を出した。

「おお……これまた……本人はあんなに集まってるって知らないだろうけどね」

「もし見えたらきっとホラーだぞ」

 委員長が言って、三人が吹き出す。和沙の身支度が整い、鞄を持った。

「おまたせ」

「あー、もうちょい聴かせて」

 達哉が言って窓辺で頬杖をついたから、委員長も和沙も一緒に窓から光を見下ろす。

「……ほんとに綺麗な歌声」

 委員長の呟きに、もう誰もなにも言わない。ふと気づくと、いくつかの窓から同じように何人かが光の歌を聞いていた。

「朝聞くのにはいいよね。光ちゃんの歌声は“喜びを伝える声”って有名だから。聞いた? 光ちゃんこの前の課題、クリア出来てないんだってよ。外国の軍歌なんだって。声楽科のみんなが、珍事って笑ってた」

「ああ…あいつは、そういうの途端に下手だよ。気持ち全然入らないからな。ものすごい無表情で歌いやがるの。死んだ魚みたいな目で」

 軍歌に苦戦する光の姿を想像して達哉が吹き出す。

「それにしても、なんでこの時間に歌うかなーあいつ。放課後ならずっと聴いてられるのにもったいねー」

 文句を言いながら達哉は本当にうっとりと光の歌声に耳をすませる。

「時も場所も選ばないから、あの人の歌は」

 和沙がおかしそうに言って、腕時計をつつく。

「このあとも練習あるから、まだ聴けるから達哉、諦めて」

「んー」

 達哉が諦めて、もう一度大きな声を出した。

「光! 学校行くぞ!」

「はーい」




 光が二階を見上げて返事をする。

 鳥たちが一斉に飛び立った。

「またね!」

 羽音のする方に向かって光が声をかける。




 全盲の光には見えなかったけれど、空気のにおいと陽ざしで解る。

「いい天気」

 多分。

 もう一度空を見上げた。

 いい天気だった。



***************************************************************



 目を開けても暗闇が終わらない。

 朝がくるたび悔しくて、本当はいつも、悲しかった。

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