Seele―目が見えるようになったのは奇跡ではなく、罰だった―

真紀

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第一章

op.2『赦される数』

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 光の朝は、いつも少しだけ静かだ。

 なにもないひんやりした空間で歌うのは、光にとっていちばん楽な時間だった。なにも期待されない時間だからだ。

 けれど学校へ向かえば、その静けさは簡単に壊れる。



 光は、普通の高校生でいたかった。

 ただ、それを誰も許してくれなかった。



 光の歌は、何度も『一等賞』の表彰を受けていた。和沙のピアノもだ。

 二人は負けることが許されていなかった。

 光と和沙にとって、その称号は単なる栄誉ではなく、生きるために手放せないものだった。

 その座を守ることは、二人にとって、誰にも見せられない必然だった。


***************************************************************




 学校に着いたところで職員に声をかけられ、一本の筒を手渡された。オーケストラの練習用のAホールに入って、シワにならないように注意しながら、和沙は筒からそのポスターを取り出した。下方向へ伸ばすように開いて見せると、周りから歓声があがる。



「わーキレイキレイ」

「光、綺麗に撮れてるよ」



 新しく発売されるCDの、宣伝ポスターだった。

 見えていないので着せ替え人形のように着せられただけの真っ白なタキシードは、背景のグランドピアノに映えて鮮やかに浮き立ち、その周りをクラシックのポスターにありがちなお決まりの金色の花文字が飾って、なかなか美しいポスターだった。



 和沙が光の手をとって、ポスターの表面に触らせる。



「前回のCDの時よりおれは好きだよ。タキシードの色と髪の色が綺麗だ」



 説明されて、光はふぅんと笑った。



「よかった。変じゃないならなんでもいいや」

「光がモデルだぞ。変なわけないだろ。光の顔は世界一カッコイイんだから」

「和沙……双子のおまえが言うな」



 その場にいた生徒が笑い出す。



「光、チラシもらっていい? CD買いにいくから」

「あ、CDおれの部屋にたくさんあるから、持ってってくれたら」

「いーの。店で買いたいの。高凌こうりょう生みんな同じだろうよ。店で”こいつおれの友達なんスよ~”っていいながら買うのが気持ちいいんだぜ」



 髪をくしゃっとされて、光は所在なさげにうつむいた。



「ありがとう……」



 誰かが自分を誇りに思ってくれているなら、それは嬉しい。嬉しくて隣の和沙の腕をそっと掴んだら、和沙がその手をポンポンと叩いてくれた。


***************************************************************




 光たち四人が通っている高凌学院の正式名称を、光はいまだにフルで正しく言えたためしがない―――言う気もない。



 日本中の音楽家なら誰でも知っている名門校で、その正式名称は「私立高凌芸術大学音楽学部付属高凌学院高等部」。だが、校内で学校名を十人に訊けば、大体十通りの答えが返ってくる。



 高校から入試を受けて入ってきた子と違い、光たちのように幼稚舎から高等部まで高凌学院しか知らない子も多く、彼らは高凌貴族と呼ばれる。彼らはそれこそ生まれた時から音楽家になる為に育てられてきた。



 光は声楽、和沙はピアノを専攻していた。高凌は専攻ごとにクラス分けされていなくて、実技のときだけ全員が自分の専攻教室へ移動するスタイルだったが、高凌学院唯一の一卵性双生児である光と和沙は、『同じ顔が教室内に二つあると不便だ』という理由から、幼稚舎の頃から一度も同じクラスになったことがない。



 Aホールの壁に貼られた、光の新しいポスター。その横には、そこそこ大きなコンクールの案内が貼られてあった。



 双子は、今回も上位入賞を期待されていた。

 いったいいくつ『一等賞』をとれば赦してもらえるのか、もう分からない。

 いくつ勝てば、ここにいていいと言ってもらえるのだろう。

 いくつ勝てば、捨てられなかったことになるのだろう。

 いくつ勝てば、

 神様は、あの日を間違いだったと言ってくれるのだろう。



 ポスターの中の光の笑顔から、コンクール要綱に目線を動かして、和沙はゆっくりと窓の外を見た。



 それとも―――

 いくら勝っても、自分たちは最初からいらない子だったのだろうか。
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